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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年11月号

NHKにおける
放送のバリアフリー化への取り組み

唐木田信也

“人にやさしい放送”を目指して

地域や年齢、所得の違いや障害の有無により、情報を利用できる人と利用できない人の間に生じる情報格差を解消していくことは、世界共通の課題である。NHKは、多くの人ができるだけ等しく、かつ廉価に情報社会の発展の恩恵を受けられるようにする「情報バリアフリー」への取り組みが公共放送の大切な役割だと考え、字幕放送や解説放送等を毎年着実に充実させるとともに、技術開発にも取り組み“人にやさしい放送”の実現を目指している。

字幕放送は「おしん」から始まった

NHKの字幕放送は、昭和58年10月に朝の連続テレビ小説「おしん」に実験的に付与したものが最初である。そして昭和60年11月、朝の連続テレビ小説「いちばん太鼓」から本放送を開始した。

それから20年以上を経た現在では、ドラマやドキュメンタリー、娯楽番組等、放送前に収録が終了している収録済番組に対する字幕の付与は総合テレビで100%(7~24時)となっている。これらの番組では、分かりやすい字幕放送を目指し、複数の出演者が画面に登場する際に誰の声の字幕なのかを明確にするために、人ごとに文字の色を変えたり、字幕の表示位置を人物に合わせて左右上下にふり分けたりする等、さまざまな工夫を凝らしている。

一方、生放送番組への字幕付与は平成12年3月の「ニュース7」が最初である。現在は、「NHKニュースおはよう日本」「昼のニュース」「ニュース7」「ニュースウオッチ9」等のニュース、「オリンピック」「ワールドカップサッカー」「大相撲」「プロ野球」等のスポーツ中継、さらに「紅白歌合戦」「思い出のメロディー」「NHK歌謡コンサート」といった生放送のステージ番組にも付与している。

生放送番組への字幕付与は、音声を瞬時に字幕化しなければならず、収録済番組に比べて人手や設備の負担が大きい。たとえば「ニュース7」は、高速ワープロを使い放送を視聴しながら字幕を入力しているが、30分間の番組に6人の入力オペレーターと複数のチェック担当者が毎日携わっている。ニュースの内容を高速ワープロで入力し、さらに固有名詞、人名・地名、同音異義語等をチェックし正しい内容で放送するプロセスをほんの数秒間で行うという、品質管理が極めて難しい作業である。

また、長時間にわたるスポーツ中継は音声を認識して字幕に変換する装置を使っているが、実況中継や解説に歓声等が混じり変換が難しい。そのため、別のアナウンサーが静かなスタジオで番組の音声を聞きそれを再度発話し、その声を装置で字幕に変換するという手法をとっている。

音声認識技術は開発が進み、明瞭な発音の場合はほぼ完全な字幕変換ができる段階まできているが、不明瞭な話し方やアドリブ、雑音の中での音声等に対してはまだ十分な対応ができず、さらなる技術開発に取り組んでいる。

総放送時間に対する字幕付与率は、平成20年度で約48%(総合テレビ、計画値)であり、今後は生放送の番組への付与を増やしていかなければならない。効率的な字幕付与を可能にする音声認識の技術開発にも精力的に取り組むが、諸課題の解決には一定の時間が必要である。字幕放送は段階的に着実に増やしていきたいと考えている。

解説放送は“もうひとつの番組”

解説放送は平成2年度に朝の連続テレビ小説「凛凛と」から始まり、ドラマや教育番組を中心に番組のジャンルを広げながら付与番組を徐々に増やしている。しかし課題も多い。番組に解説を付けるためには解説放送用の台本を新たに作る必要がある。目の不自由な方々が音声だけで状況を理解する助けにするため、映像情報をきめ細かく、かつ短く的確に伝えること、解説を詰め込みすぎず番組の音楽や効果音を生かしたものにすること等が重要であり、たとえば、ドラマの解説放送のためには新たなラジオドラマの台本作りに近い作業をしなければならない。

また生放送では、放送直前まで映像が決まらなかったり本番での出演者のアドリブがあったりして、本編の音声に重ならないように解説を付与することが難しい。そのため、生放送番組への解説付与は一部の特集番組にとどまっている(北京パラリンピック大会では、生放送の競技ダイジェスト番組に解説放送を付与)。

総放送時間に対する解説放送の付与率は、平成20年度計画値で総合テレビ約4%、教育テレビ約9%である。解説放送は副音声を使うため、アナログ放送で解説を付与する番組はモノラル音声の番組に限られてきたが、デジタル放送では、ステレオ音声の番組に解説を付けることが技術的に可能である。NHKでは、地上デジタル放送用のテレビが相当数普及していると予想される平成22年度(アナログ放送終了の前年)から本格的に解説放送の拡充に取り組むこととしたいと考えている。

災害時はさまざまなメディアで情報を提供

自然災害や事件・事故の際の緊急報道は、NHKの重要な役割のひとつである。障害者の方々に必要な情報を正確にお届けできるよう、さまざまな取り組みを行っている。

たとえば、昨年7月16日に発生した新潟県中越沖地震では、字幕放送は「昼のニュース」「ニュース7」「ニュースウオッチ9」の三つのニュース番組で、通常は合計100分間の字幕を付与するところをその3倍近い278分間にわたり付与した。

また災害発生時のテレビの画面では、地震の震源や規模、津波の到達予想時刻や予想される高さ等の情報や、交通、電気といったライフラインの状況等を文字や地図を多用して分かりやすく伝えている。さらに、情報を伝えるアナウンサーや記者は、冷静にゆっくり的確に、かつテレビであっても音声だけで情報がきちんと伝わるように話すことを基本としている。たとえば「ご覧のように」という表現は使わず「○○に設置したカメラの映像では大きく横に揺れている様子が…」と状況が分かるような伝え方を心掛けている。

こうした放送に加えて、最近は地上デジタル放送のデータ放送やインターネットでも災害関連情報を提供している。前述した新潟県中越沖地震や、今年6月に発生した岩手・宮城内陸地震の際には、当該のNHK放送局ごとに、データ放送やインターネットに地震関連の項目やページを直ちに設け、被災状況や被災地で役立つ生活関連情報等を提供した。地震以外でも台風や大雨の際には各地のNHKが、データ放送やインターネットで最新の情報をきめ細かく伝えており、今年からはワンセグのデータ放送でもこうした情報の提供を開始した。さらに、テレビのニュース速報をパソコンや携帯でも見られるよう検討を進めている。

NHKのホームページでは、パソコンや携帯電話の音声読み上げソフトに対応できるようテキスト情報のみのページを設けている(http://k.nhk.jp/)。ここではニュースや番組情報、番組案内等を掲載しているが、前述した地震、台風、大雨の災害情報も各地のNHKごとに提供している。

しかし、緊急時の特設ニュースのすべてに字幕を付与することは現段階では難しいことをご理解いただきたい。災害時は一つひとつの情報が生命、財産に関わることも多く、間違った情報(同じ発音の違う人物や同じ発音の違う地名等)を表示して混乱を招く恐れもある。緊急時の正確な字幕放送のための字幕入力体制や品質管理体制の確保が課題である。

情報バリアフリーの実現に向けた研究

NHK放送技術研究所では人間の視覚や聴覚に関する研究成果と最新の技術を組み合わせ、情報バリアフリーに向けた技術開発に取り組んでいる。効率的な字幕付与に向けた音声認識技術の開発の取り組みについては前述したが、テレビ画面に表示されるニュース速報(地震や津波等の緊急気象情報)の文字情報を、自動的に音声化する技術の開発も進めている。また、目の不自由な方々が音声や触覚、拡大表示によってデータ放送を受信できるような端末を試作し、容易な操作でサービス内容を理解できるシステムの開発は、実際にサービスを必要としている方々と連携を図りつつ進めている。

おわりに

NHKはこの10月に公表した「3か年経営計画」において、放送と通信の融合が進む時代には、放送を軸にインターネット等さまざまなメディアを使い、いつでも、どこでもNHKのコンテンツを見たり聞いたりできるようにしたいとの方針を示した。こうした基本方針のもとで情報バリアフリーをさらに進展させたいと考えており、今後も各方面のご意見をお聞きしながらさまざまな施策に取り組んでいく。

(からきだしんや NHK編成局計画管理部)