音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年11月号

「目で聴くテレビ」の取り組み

高田英一

1 聴覚障害者の願いに応える

「目で聴くテレビ」の対象は音声が聞こえない、また聞きにくい聴覚障害者である。聴覚障害者には、ろう者、難聴者が含まれる。

ろう者は、主として手話をその言語およびコミュニケーション手段として10万人以上といわれる。難聴者は主として字幕を必要として、600万人以上と推定されている。

難聴者は補聴器を付けることで音声が聞き取れると一般に理解されているが、音声と言葉(言語)の聞き取りは別の問題であって、補聴器では音声は聞こえても言葉が聞き取れない、聞き取りにくいという人は多い。おおむね聴力が30db以上になると、聞き取りに困難を感じるのが実情である。

「目で聴くテレビ」は、そうした聴覚障害者を対象に分かる映像、必要とする情報を届けるのが目的である。

2 「目で聴くテレビ」の発足

1998年1月17日、それは「阪神・淡路大震災」発生の日であった。全国の目はこの大震災に注がれたが、この時、聴覚障害者が唯一頼りとしたNHK「手話ニュース」番組が、安否情報に変更され、聴覚障害者は貴重な情報源を失った。

全日本ろうあ連盟など聴覚障害者関係団体はすぐさま、報道機関、関係官庁に手話ニュースの復活を訴え、間もなくそれは復活したが、緊急時に障害者の存在がいかに軽視されるかを示したものといえる。

この経験を踏まえ、公的な情報保障の充実を求めるとともに、いつ起こるか分からない災害に備えて、折からスタートした回線数の多い通信衛星(以下、CS)放送を利用する障害者専用放送局、「NPO法人CS障害者放送統一機構」(以下、統一機構)を立ち上げた。この統一機構がCSを使って放送する番組が「目で聴くテレビ」である。

その特色は、放送番組に常時、字幕・手話が付加されていることである。「目で聴くテレビ」の視聴には、株式会社アステムの開発した聴覚障害者情報受信装置「アイ・ドラゴン」の接続が必要であるが、「アイ・ドラゴン」は障害者日常生活用具に指定され、障害者手帳所持者は無料あるいは一部負担で支給され、それは、「目で聴くテレビ」の開始以来10年を経て1万世帯に普及した。

また、「目で聴くテレビ」は2008年現在、テレビ神奈川、テレビ埼玉、KBS京都、三重放送などの民放に、その番組の一部を提供しているので、これらの放送エリアでは一般の人々も自由に視聴できる。

3 「目で聴くテレビ」の果たす役割

「目で聴くテレビ」の届ける映像、情報および「アイ・ドラゴン」の機能は次の通りである。

1.「目で聴くテレビ」

統一機構が自ら取材、製作する全国的な聴覚障害者関連ニュース、たとえば全国ろう者大会、全国難聴・中途失聴者大会、全国手話通訳問題研究集会など全国的なイベントなどを中継放送する。この放送はこれらイベントに参加できない人たちに貴重な映像を届け、喜ばれている。また、全国各地に設置された多くの聴覚障害者情報提供施設が製作し、提供する地方のニュース、史跡名勝、おいしいグルメなどの紹介やイベントが提供される。このようにして、聴覚障害者関連の放送文化、手話文化の振興と普及に貢献している。

しかし、「目で聴くテレビ」の本命は、大地震など大規模な自然災害の情報保障で、その対応は、予報予知、救助支援、復興支援の各段階に分かれる。

「目で聴くテレビ」は、被災地とそれを救援する全国の聴覚障害者および関係者に聴覚障害者関係の双方向に特化したオリジナルの災害情報番組を提供する。緊急災害放送にあたっては、被災地を含め、全都道府県にある全国聴覚障害者情報提供施設および聴覚障害者団体事務所などが取材した映像に、「手話・字幕」の付加した貴重な情報を届ける。このような情報保障によって救援、救助、復興支援が円滑に行われるようになる。

2.「クローズドキャプション」視聴チューナー

聴覚障害者には「字幕と手話」を付加することが必要であるが、それには難点があった。それは「字幕と手話」を必要とする人と必要としない人がいることである。後者にとって、常時字幕の映る画面は、たとえば外国映画のスーパー「オープンキャプション」のような場合を除いて目障りになる。そこで、とりあえず字幕についてだけは、必要に応じて映し、消すことができる方式「クローズドキャプション」が開発され普及した。

その結果、NHKを含む一般テレビ放送の字幕付加番組には、「オープンキャプション」と「クローズドキャプション」との2つの方式ができた。「オープンキャプション」ではテレビにそのまま字幕が映るが、「クローズドキャプション」は普段は字幕が隠されている。そしてこの「クローズドキャプション」方式の番組が圧倒的に多い。「アイ・ドラゴン」は、この字幕を映し出す機能を持っている。ただし、標準型の地上波デジタル放送テレビでは、この「クローズドキャプション」を見る機能は、テレビに組み込まれている。

3.「手話・字幕」を付加するPIP機能

PIP機能とは、ピクチャー・イン・ピクチャー機能の略称である。一般テレビ放送で「手話・字幕」が付加されていない番組に、「目で聴くテレビ」がオリジナルに製作した「手話・字幕」を、「アイ・ドラゴン」を通じて視聴する家庭などのテレビで合成する機能である。この画面では、テレビ放送画面は左上に縮小され、空いた空間の右側半分に手話通訳者を大きく見やすく写し、下側に字幕を映す。

また、このPIP機能は、一般の緊急災害情報の場合に役に立つ。緊急災害情報は突然なことなので「手話・字幕」が付加されるまで時間が掛かるか、付加されないこともある。「目で聴くテレビ」は、緊急災害情報の場合は、2時間以内に「手話・字幕」をPIP機能で保障するように努めている。

さらに、「手話・字幕」付加は基本的にキー局に限定されているので、地方段階では付加されることがない。そのため災害情報が長引く場合は、災害現地の地方局の番組に活用される

4. 緊急時のフラッシュランプ点滅

「アイ・ドラゴン」には、フラッシュランプが付属しており、緊急災害情報が放送される場面では、このランプが点滅して放送の開始を知らせる。

フラッシュランプ
写真 フラッシュランプ

4 地上波デジタル放送時代の課題

「目で聴くテレビ」は、基本的にその目標を達成した。今後の目標は番組内容の向上と視聴者の拡大である。

障害者は相対的に少数であり、しかもその分野もニーズも多様である。それが、障害者分野をエリアとする専門放送局が商業局として成立しない理由である。しかし、「障害者権利条約」の成立した今日、障害者の「完全参加と平等」のためにはすべての障害者を対象として放送し、理解できる機能を備えたテレビ放送、さらにそれとともにすべての障害者から国民全体に発信するテレビ放送は必須である。その点から言えば、聴覚障害者を対象とした「目で聴くテレビ」の収めた成果は、まだ端緒的なものに過ぎない。

たとえば、視覚障害者を対象とする「解説放送」は数少なく、アナログから地上波デジタル放送時代に移行にあたっても、「手話・字幕・解説放送」が拡大する見通しは明らかでない。知的障害者を対象とした分かりやすいテレビ放送もない。

特に緊急災害情報は聴覚障害者、視覚障害者のみならず、障害者全体にとって保障されなければならない。身体障害者、知的障害者、精神障害者、内部障害者などすべての障害者は日常生活に困難を抱えていて、それは災害時に倍加される。

家屋が損傷した場合も含めて避難所への避難と避難所生活には、たとえば車いすの移動、車いす用のトイレの使用、常備薬の不足と補給、介助者の必要、公的機関への依頼と手続き等々訴えがでてくる。しかし、それら少数者のニーズに対応することは、緊急の混乱時では容易に対応できない。

このようなニーズを広く外部に訴え、広く外部からの支援を導入するために障害者に特化したテレビ放送が必要になる。

多様な分野の障害者の特性を考慮して、障害者に情報を提供するとともに、また一般視聴者に障害者に関わる情報を提供する。それは障害のあるなしに関わらず、人々が相互理解を深めるために必要なことである。

(たかだえいいち NPO法人CS障害者統一機構理事長)