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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年11月号

NHK「週刊こどもニュース」の取り組み

西入利雄

「週刊こどもニュース」は、大人の世界の日々のニュースを「こども」にわかりやすく噛(か)み砕いて伝えるファミリー向けニュース情報番組である。毎週土曜日の午後6時10分から6時42分まで、総合テレビで全国放送している。

キャッチフレーズは“目からウロコ”。模型やCGアニメ、寸劇、紙芝居などを駆使して、こどもの素朴な目線で政治・経済・社会・国際問題など世の中の出来事や意外な一面を解きほぐしていく。家族(父母と3人のこども)の設定の出演者で放送を開始して15年になるが、“そうだったのか”“わかりやすい”と、こどもだけでなく学生からお年寄りまで幅広い世代に好評を頂(いただ)いている。

「週刊こどもニュース」の真骨頂は、『理解のバリアフリー』を一貫して目指している点である。『理解のバリアフリー』とは、平たく言えば“だれでもわかる”ということ。番組のメイン視聴ターゲットは小学校高学年から中学生なので、その世代のこどもたちが理解できるレベルでの放送を常に心掛けている。しかし、こども向けだからといって、内容に手抜きは一切していない。“わかりやすく、しかも深く”をとことん追求し、それが結果として、お年寄りなど大人の方々にも支持されているのではと思う。今回はこの『理解のバリアフリー』について解説してみたい。

表現・言い回しの工夫

ニュースや番組において最も大切なことは正確に伝えることである。簡潔でわかりやすい表現や言い回しは必要だが、わかりやすさのために正確さを欠いてはならない。結果として「大人のニュース」には、専門用語や堅苦しい言い回しが溢れている。そんな中、こどもにわかりやすくするためにどう表現するか? そのことに番組スタッフは四六時中頭を悩ませているといっても過言ではない。こどもが聞き慣れない専門用語や大人の言葉をやさしく噛み砕いて、かつ正しく表現することは、実は至難の業なのである。

みなさんは、以下の言葉を小学生にもわかるように説明することができるだろうか? 「収賄」「金利」「賞味期限」。

番組では、それぞれこのように言い換えて放送した。

(収賄)「公務員が、おごってもらったりプレゼントをもらったりしたお返しにひいきすること」
(金利)「借りたお金を返すとき、そのお礼として払うお金の割合」
(賞味期限)「おいしく食べられる期限」

「収賄」では、賄賂・ワイロをどう言い換えるか苦心した。キーワードは“おごる”と“ひいき”。こどもたちが家庭や学校などで実際に見聞きすることになぞらえることで、決着させたのである。「金利」では、“お礼”がキーワード。モノの貸し借りの本質(原点)を踏まえて、この言い方に行き着いた。

難しい言葉をそのまま伝えるのはたやすい。深く考えず、言葉を受け売りすればいいからだ。しかしそれをやさしく正しく伝えようとすると、まず物事の本質、つまりそもそも何なのかをきちんと理解していないと、うまく言い換えることができないのである。

国会での答弁などを紹介する時には、思いきって言い切ることもある。「遺憾に思います」は「すいません」、「不適切な処理」は「ごまかしていた」などなど。わかりやすくすることは、あいまいさを排することでもある。こども向けに真摯(しんし)に表現しようとすることが、事の本質を浮かび上がらせ、広く理解を助けることにもつながるということが、わかっていただけるだろうか。

見せ方の工夫

前段がソフト面での工夫とすれば、こちらはハード面での工夫である。「週刊こどもニュース」では、他の番組よりも大きめのテロップ(字幕)を使う。しかも出す時間を長めにし、漢字には基本的にふりがなをふる。いずれも視認性を高め、こどもの理解を助ける目的である。VTRのインタビューでちょっと難しい表現や聞き取りにくい部分があれば、できる限り発言を補足してテロップを出すことにしている。

番組の目玉のひとつに、模型がある。お父さん役のキャスターがニュース解説に使う、とっておきの舞台装置なのだが、これにもさまざまな工夫がある。まずはどういう設定でどのように構造を見せるか、模型のコンセプトに頭をひねる。たくさんの情報や複雑な因果関係などを整理してどうビジュアル化し、シンプルでインパクトのあるものにするか。ここでも“物事の本質(そもそも)を見極める力”が問われることになる。きちんと本質をつかみ、伝えることを明確にしないと、わかりやすくてアピール力のある模型はできないのである。

番組ではそこに、手触り感のある模型ならではの楽しさや遊び心も隠し味に加えるようにしている。外資系ファンド・スティール・パートナーズが大株主として日本の株主総会に発言を強めているニュースを取り上げた際は、株の説明を「会社を作ったり会社が新しい仕事を始めたりするためにお金を出してくれた人に、その証拠として渡すもの。売ったり買ったりできる」とした上で、株券を満載した黒船に乗ったアメリカの船長が平和ボケした日本の株主総会に突入してくる動きをつけた模型を作った。

どういうコンセプトで模型化するかを決め、仕掛けを作りこむ際も、わかりやすさの工夫をしている。形や色の使い分け、レイアウトなど、ぱっと見ただけで基本的な構造や状況が理解できるようにバランスや統一感に気を遣っている。この模型は昔から手作りテイストいっぱいで、放送直前まで細かい部分を修正したり、仕掛けの出し入れタイミングを確認したりして、見やすいようにしている。

“こどもたち”の監修

さまざまなわかりやすさの工夫をした上で生放送に臨むわけだが、本番前日に「週刊こどもニュース」ならではの大切なプロセスがある。それが、出演者のこどもたちによる内容チェック。用意したニュース原稿を実際に読んで聞かせたり、模型の説明をお父さんが実演してみたりして、こどもたちが本当に理解できているかを確かめる。そこで“××がわからない”という声が上がれば、スタッフ一同で該当箇所の表現を考え直すのである。

実はこのチェックが曲者(くせもの)で、我々大人には思いもよらない所を突っ込まれたりする。コムスン事件のニュース解説で、元会長はもともとディスコやレストランを経営していたと説明したところ、こどもたちは“ディスコ”を知らなかった。その一方で、ケータイ小説の話題で、“サイト”をどう言い換えようかと悩んでいたら、そのままでもわかるとのこと。現代っ子たちはインターネットやゲーム関係には滅法(めっぽう)強い。

そんなこんなで素朴な疑問や質問が出るたびに、これならどうだと表現を練り直していき、その積み重ねでわかりやすさのグレードが上がっていく。現在の出演者のこどもは小3、小5、小6。特に次男役の小3は知らないことだらけで(年齢的に当然といえば当然だが)、お父さん役のキャスターがにわか先生として社会や理科の基礎知識を補足することもしばしばである。

番組では、出演者の彼らが理解できなければ放送を見ている人たちも理解できないと位置づけて、毎週このチェック作業を繰り返している。そこで制作者の我々が見落としていたことや至らなさが次々と指摘される様は、大いに勉強になり、爽快でさえある。そういう意味で3人のこどもたちは、かわいくも手ごわい“バリアフリーの尖兵”といえる。

“わかりやすい”にゴールはない。さまざまなニュースが押し寄せる中、毎週の生放送で何にどう光を当て、深めていくか。今日も『理解のバリアフリー』を求めて、試行錯誤が続く。

(にしいりとしお NHKチーフ・プロデューサー)

「週刊こどもニュース」ホームページ
http://www.nhk.or.jp/kdns/