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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年12月号

解説・裁判員制度

小野寺明

1 はじめに

裁判員制度は、国民の中から選ばれた6人の裁判員が、刑事裁判に参加し、3人の裁判官とともに、被告人が有罪か無罪か(犯罪事実の認定)、有罪の場合どのような刑にするか(量刑)を決める制度です。裁判員制度は平成21年5月21日から実施されます。

2 裁判員制度導入の理由・意義

これまでの裁判は、検察官や弁護士、裁判官という法律の専門家が中心となって、膨大な資料をもとに慎重な検討がされ、詳しい判決が書かれ、高い評価を受けてきました。その反面、専門的な正確さを重視する余り審理や判決が国民にとって理解しにくいものであったり、一部の事件とはいえ、審理に長期間を要する事件があったりして、刑事裁判は近寄りがたいという印象を与えてきた面もありました。

また、現在、多くの国では刑事裁判に直接国民が関わる制度が設けられており、国民の司法への理解を深める上で大きな役割を果たしています。そこで、日本でも、平成16年5月21日に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立し、裁判員制度が導入されました。

裁判員が参加することにより、裁判の進め方やその内容に国民の視点、感覚が反映されていくことになる結果、裁判全体に対する国民の理解が深まり、司法が、より身近なものとして信頼も一層高まることが期待されています。

3 外国の制度との比較

アメリカやイギリスなどで採用されている「陪審制」は、基本的に、犯罪事実の認定(有罪か無罪か)を陪審員のみが行い、裁判官が法律問題(法解釈)と量刑に関する判断を行う制度です。陪審員は、事件ごとに選任されます。

ドイツ、フランス、イタリアなどで採用されている「参審制」とは、基本的に、裁判官と参審員が一つの合議体を形成して、犯罪事実の認定や量刑のほか法律問題についても判断を行う制度です。参審員は、任期制で選ばれる点に特色があります。

裁判員制度は、裁判員と裁判官が合議体を形成するという点では参審制と同様です。ただし、裁判員は事実認定と量刑を行い、法律問題の判断は裁判官のみで行う点で参審制とは異なります。他方、裁判員が事件ごとに選任される点では陪審制と同じです。このように、裁判員制度は、参審制・陪審制のいずれとも異なる日本独自の制度だと言うことができます。

4 裁判員制度の対象となる事件など

裁判員制度は、地方裁判所で行われる第一審の刑事裁判に導入されます。裁判員裁判の対象事件は、一定の重大な犯罪であり、たとえば、殺人罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、危険運転致死罪などがあります。

刑事裁判は、全国で毎日行われており、平成19年には地方裁判所だけで約9万8千件の刑事事件の起訴がありました。国民の皆さんの負担も考え、国民の皆さんの意見を採り入れるのにふさわしい、国民の関心の高い重大な犯罪に限って裁判員裁判を行うことになったのです(ちなみに、平成19年の裁判員裁判の対象となる事件の数は、約2600件でした)。

裁判員裁判を行う裁判所は、地方裁判所のすべての本庁50か所(各都道府県の県庁所在地のほか、函館、旭川、釧路)、一部の地方裁判所支部10か所(八王子(実施時までに立川市へ移転予定)、小田原、沼津、浜松、松本、堺、姫路、岡崎、小倉、郡山)です。

5 裁判員の選ばれ方

(1)裁判員候補者名簿の作成、候補者への通知等の送付(毎年の12月ころまで)

選挙権のある人の中から、翌年の裁判員候補者となる人を毎年くじで選び、裁判所ごとに裁判員候補者名簿を作ります。この名簿に載った方には、その旨を通知します(なお、この通知を受けた段階では、すぐに裁判所に来ていただく必要はありません)。また、この通知とともに、「調査票」も送付します。調査票では、就職禁止事由(=裁判員の職務に就くことができない人)や1年を通じた辞退の希望の有無やその理由についてお聞きし、明らかに辞退が認められるような場合には、翌年を通じその方に裁判員をお願いすることはありません(この原稿をお読みの方やその家族の方の中には、これらの通知等をすでに受け取られている方もいるかもしれません)。

(2)裁判員候補者の選定、選任手続期日のお知らせ等の送付(裁判の6~8週間前)

平成21年5月21日以降、裁判員裁判の対象となる事件が起訴された場合、起訴された事件ごとに、裁判員候補者名簿の中から更にくじでその事件の裁判員候補者を選び、裁判所に来ていただく日時等をお知らせします。また、「質問票」をお送りして、具体的な裁判の日程を前提に改めて審理に参加することについての支障の有無などを確認します。くじで選ばれる人数は、事件ごとに異なりますが、3日以内で裁判が終了する約7割の事件では通常、1件あたり60人程度です。

(3)選任手続(裁判の当日)

裁判所で、裁判員候補者の中から裁判員を選ぶための手続を行います(通常は、裁判当日の午前中)。裁判長から、事件との利害関係がないか、辞退を希望する場合にはその理由などについて簡潔に質問されます。その上で、最終的には、くじにより裁判員を決定します。

1年間で裁判員になる確率は、1件につき補充裁判員2名を合わせて選任するとして全国の有権者約5000人に1人です(平成19年の事件数を前提に推計)。また、1年間で裁判員候補者になる確率は、全国の有権者約350人に1人です。

なお、裁判員候補者または裁判員として裁判所に来た方には、日当と交通費が支払われます。日当の具体的な金額は、裁判員の場合は1日あたり1万円以内、裁判員候補者の場合は1日あたり8000円以内で、選任手続や、審理・評議(後でご説明します)にかかった時間に応じて支払われます(裁判所が自宅から遠いなどの理由で宿泊しなければならない場合には、宿泊料も支払われます)。

6 裁判員を辞退できる場合

裁判員制度は、広く国民の皆さんに参加してもらう制度ですが、国民の皆さんの負担が過重なものとならないようにとの配慮から、法律や政令で次のような辞退事由を定めており、裁判所からそのような事情に当たると認められれば辞退することができます。

1 70歳以上の人

2 学生、生徒

3 一定のやむを得ない理由があって、裁判員の職務を行うことや裁判所に行くことが困難な人(たとえば、1.重い病気またはケガ、2.親族・同居人の介護・養育、3.事業上の重要な用務を自分で処理しないと著しい損害が生じるおそれがある、4.父母の葬式への出席など社会生活上の重要な用務がある、5.妊娠中または出産の日から8週間を経過していない、6.重い病気またはケガの治療を受ける親族・同居人の通院・入退院に付き添う必要がある、7.妻・娘の出産に立ち会い、またはこれに伴う入退院に付き添う必要がある、8.住所・居所が裁判所の管轄区域外の遠隔地にあり、裁判所に行くことが困難であるなどの場合。)

7 裁判員の役割

裁判員の主な役割は、次の3つです。

(1)公判に立ち会う:裁判員に選ばれたら、裁判官と一緒に、刑事裁判の法廷(公判といいます)に立ち会い、判決まで関与することになります。

公判では、主に、証人や被告人に対する質問が行われます。裁判員から、証人・被告人に質問することもできます。このほか、証拠として提出された物や書類も取り調べます。

(2)評議、評決を行う:証拠をすべて調べた後、被告人が有罪か無罪か、有罪だとしたらどんな刑にするべきかを、裁判官と一緒に議論し(評議)、決定(評決)します。

議論を尽くしても、全員の意見が一致しない場合、評決は、多数決により行われます。有罪か無罪か、有罪の場合にどのような刑にするかについての裁判員の意見は、裁判官と同じ重みを持ちますが、裁判員だけによる意見では、被告人に不利な判断(被告人が有罪か無罪かの評決の場面では、有罪の判断)をすることはできず、裁判官1人以上が多数意見に賛成していることが必要です。

(3)判決宣告に立ち会う:評決内容が決まると、法廷で裁判長が判決を宣告し、裁判員としての仕事は終了します。裁判員はこの判決宣告にも立ち会います。

なお、評議の際の裁判員や裁判官の意見の内容、多数決の人数などの「評議の秘密」と、事件の記録から知った被害者など事件関係者のプライバシーに関する事項、他の裁判員の名前などの「職務上知り得た秘密」は守秘義務の対象となりますが、公開の法廷で見聞きしたことであれば基本的に話しても問題ありませんし、裁判員として裁判に参加した感想を話すことも問題ありません(守秘義務が課されているのは、裁判の公正さやその信頼を確保するとともに、評議で裁判員や裁判官が自由な意見を言えるようにするためです)。

8 迅速で分かりやすい裁判へ

国民の皆さんに裁判に参加してもらうのですから、裁判員裁判は、迅速で分かりやすいものでなければなりません。裁判員裁判では、「公判前整理手続」により、公判での審理に先立って、裁判官、検察官、弁護人が一緒になって、1.真に争いがある点(争点)はどこかを絞り込み、2.争点を立証するためにはどのような証拠が必要か、それらの証拠をどのような方法で調べれば裁判員にとって最も分かりやすいか、などを検討し、3.公判の日程をどうするか、証拠調べにはどのくらいの時間を当てるかなど、判決までのスケジュールを立てます。これにより、裁判は迅速で充実したものとなり、また、裁判員は大量の証拠書類を読まなくても、公判での審理に臨むだけで事件の判断ができるようになります。

裁判員裁判では、約7割の事件が3日以内に終わると考えられます。なお、1日のスケジュールは、事件によって異なりますが、たとえば、午前9時30分ころに裁判所に来て、昼食時間や休憩等をはさんで午後5時ころまで裁判や評議、打ち合わせを行うといったスケジュールになります。

9 終わりに

裁判所は、裁判員法の成立以降、検察庁や弁護士会その他の関係機関とも連携して、裁判員制度を円滑に実施するためのさまざまな準備作業を行ってきましたが、いよいよ制度の実施も間近となり、より一層の準備作業に取り組んでまいります。国民の皆さんのご理解とご協力をお願いいたします。

なお、裁判員制度について詳しくお知りになりたい方は、最高裁判所・裁判員制度ウェブサイトをご覧ください。http://www.saibanin.courts.go.jp/

(おのでらあきら 最高裁判所事務総局刑事局付)