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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年12月号

聴覚障害者への対応と課題

田門浩

聴覚障害者の情報保障

聴覚障害者のコミュニケーション方法は多種多様です。手話その他の非音声言語によるものと、日本語を活用するものとに区分されます。後者は、筆記、口話、聴覚活用などがあります。一人ひとりの聴覚障害の種類・程度、聴力を失った年齢、教育歴などによって異なります。手話をコミュニケーション手段とする人々には手話通訳、筆記の場合は要約筆記(パソコン要約筆記も含む)、聴覚活用を必要とする人々については磁気ループなどの補聴援助システムにより、コミュニケーション保障が図られます。裁判所は、聴覚障害者本人の要望に適合した方法でコミュニケーションを保障する必要があります。

手話通訳、要約筆記は保障されるか

手話通訳者、要約筆記者などの人的支援については法律に明確に規定されています。刑事訴訟法176条「耳が聞こえない者又は口のきけない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳をさせることができる」という規定と、刑事訴訟規則125条「証人が耳が聞こえないときは、書面で問い、口がきけないときは、書面で答えさせることができる」という規定がそれです。最高裁判所も手話通訳や要約筆記者を手配し、証人尋問や評議の内容などを手話で伝えたり、要約筆記者が要約して示したりして支障のないように配慮する旨明言しています。

なお、最高裁判所によりますと、法廷での証人尋問や被告人質問を瞬時に文字化する音声認識システムを開発するとのことです。ただ認識の正確度には課題があるようですし、評議の場での裁判官や裁判員の発言内容を音声認識システムで認識することはないようです。このため、要約筆記者や手話通訳者が必要であることには変わりありません。

録音テープの問題

最高裁判所は、証拠の録音テープなどを見聞きすることが事実認定に不可欠な場合には裁判員法の欠格事由に当たるとして聴覚障害者を選任しないケースもあり得るとも言っているようです。裁判員法14条3号は「心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者」は裁判員になれないと規定しています。しかしながら、録音テープに録音された音声はすべて文字化すれば聴覚障害者でも問題ないはずです。文字化しても対応できない事態としては、音の大小高低が重要な場合とかあるいは物音とかが考えられますが、音の大小高低については、それが分かるグラフを作れば良いわけです。また、物音については耳の聞こえる人にもどういう音なのか分かりづらいのです。聴覚障害者だけが不可として欠格事由とするのは合理的な根拠はないのです。

いずれにしても「職務の遂行に著しい支障」が生ずるはずがないので、録音テープを取り上げて欠格事由とすることはできないのです。

聴覚障害者、手話通訳者、要約筆記者等が音声を聞き取れやすいような環境作りを

次に、聴覚障害者の中にもある程度音声が聞き取れる方々や補聴器、人工内耳を使用すれば音声が聞き取れる方々もいます。また、要約筆記者、手話通訳者も、音声が聞き取りにくいと作業が困難です。音声を聞き取れやすいようにする環境作りが必要です。また、聴覚障害者が自分で音声を聞き取る場合には、補聴援助システムを整備する必要があります。

裁判官、検察官、弁護人の発言の際、その声が小さいと聞き取りが困難です。発言の内容が分かりにくい場合も聞き取ることが難しいのです。裁判官、検察官、弁護人には、声の大きさに配慮したり、裁判員に分かりやすい内容で発言したりするような工夫が必要です。裁判員の参加する刑事裁判に関する規則第42条は「検察官及び弁護人は、裁判員が審理の内容を踏まえて自らの意見を形成できるよう、裁判員に分かりやすい立証及び弁論を行うように努めなければならない。」と規定しています。聴覚障害者が関与する裁判は、特にこの点に考慮する必要があります。

評議の場も同様の配慮が必要です。裁判長が評議の場でこの点について裁判員に配慮をしてもらうようにする必要があります。裁判員の参加する刑事裁判に関する規則第50条には「裁判員から審理の内容を踏まえて各自の意見が述べられ、合議体の構成員の間で、充実した意見交換が行われるように配慮しなければならない。」と規定されていますが、このためには、他者の意見の内容を聴覚障害者本人あるいは要約筆記者等が聞き取れるようにしなければならないのです。

聴覚障害者が積極的に審理・評議に参加しやすいような環境作り

裁判に参加する人々の同時発言を避けるような取り組みが必要です。

また、図面や書類を見るのと同時の議論も避ける必要があります。手話通訳や要約筆記を見るのと同時に図面等を見るのは極めて困難です。図面や書類に基づいて議論をするときは、まず図面や書類を見る時間を作り内容を確認した上で、発言をしたり議論をしたりする必要があります。

さらに、手話通訳者や要約筆記者による通訳の際には、音声による発言を聞いてその内容を理解した上で作業を進めることとなります。従って、どうしても音声による発言と手話による通訳との間にタイムラグが出てきます。このため、ある発言に対する要約筆記、手話通訳が終わらないうちに次の発言が始まるとなると、聴覚障害者が発言する機会がなくなってしまいます。このため、評議の場においては、一つの発言が終わったら、次の人が挙手した上で発言をする等の工夫をする必要があります。また、日常使い慣れない言葉の使用は極力避ける必要があります。

手話通訳者、要約筆記者の位置

手話通訳者が聴覚障害者の向かい側の位置になるようにしっかり、発言者に近いところに配置するのが望ましいです。聴覚障害者は手話通訳者の通訳を見るのと同時に、聴者と同様に発言者の表す表情、身振りも確認できるようにした方が、その発言内容をより一層理解しやすいからです。特に、法廷における被告人・証人の供述、証言については、手話通訳と同時に被告人・証人の表情、身振りを同時に見る必要があるのです。もしこれが不可能であれば、それぞれの発言者の中間に位置するような場所に配置するのが望ましいのです。

要約筆記者については、スクリーンを使う場合は聴覚障害者がスクリーンを見やすい位置に、また、ノート等を使う場合は聴覚障害者の隣に座る位置を確保する必要があります。この場合にも、発言者の表す表情、身振りも確認できるようにする必要があります。

部屋の照明にも配慮が必要です。手話通訳者、要約筆記者が逆光となる状態は避けるべきです。このため、カーテンを閉めるなどの工夫が必要です。

手話通訳者、要約筆記者の人数、技術の保証、研修、報酬

裁判員裁判は、朝から夕方まで続けて、しかも数日間連続して審理が行われるのが通常です。交代無しで一人の手話通訳者、要約筆記者が担当するのは不可能です。また、研修体制を整備して裁判員裁判に対応できる手話通訳者、要約筆記者を養成するとともに、技術基準を明確化すること、報酬体系を整備することが必要です。

裁判員、裁判官の手話通訳者、要約筆記者に対する理解

裁判員は一般市民から選任されるので、聴覚障害者と初めて出会う人々も多いと思われます。裁判所が裁判員に対して、要約筆記者、手話通訳者とはどういう役割をもつ人か、どういう点で配慮が必要かを十分に説明する必要があります。裁判員が要約筆記者や手話通訳者に対して余計な気遣いをしたり、また、聴覚障害者に顔を向けずに要約筆記者や手話通訳者の方を向いて話しかけたりしないようにする必要もあります。裁判官も同様です。

裁判所への連絡方法

裁判員候補者に選ばれた場合、裁判所に対しては、通訳人の確保を求めるなどの連絡が必要になります。裁判所への連絡方法も改善が必要です。ファクス及び電子メール等文字による連絡が可能となるような対策を講ずる必要があります。郵便による問い合わせには時間がかかりますし、障害のない人々は即時に電話で問い合わせができるのに対し、聴覚障害者には郵便による方法しかないのは差別です。

まとめ

裁判員裁判に障害者が参加することによって、司法機関が障害者に接する機会が増えます。そのためにも障害者に対する支援を保障していく取り組みが必要です。

(たもんひろし 弁護士)