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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年12月号

聴覚障害者が裁判員になるために

西滝憲彦

1 相談体制づくりから

本誌が発行される2008年12月に果たして何人の聴覚障害者に裁判員名簿登載の通知が届いているでしょうか。私のいる大阪は刑事裁判の件数も多く、裁判員候補の選ばれる確率も全国最高の211人に1人です。大阪聴力障害者協会の会員数は2000人近いので10人ほどが選ばれることになります。非会員や難聴者を含めると100人近くになるかもしれません。通知が届いた会員の皆さんたちが戸惑うことの無いように会報などで相談窓口をお知らせしています。聴覚障害者が身近なところで相談できるところは、聴力障害者協会のセンターや市役所の障害福祉窓口にいる相談員や手話通訳者、それに手話サークルなどでしょう。関係者が集まって、聴覚障害者が名簿登載通知にも裁判員候補呼出状にも無反応で、結果として罰金の対象にならないよう地域での学習会の取り組みを強めています。

なお、最高裁判所からの通知に記載されている裁判員候補者専用コールセンターは、電話相談になっているので役に立たないのです。せめてファクス番号も記載されて、文書によるやり取りができるようにしてほしいです。

2 手話・文字表示による情報保障

聴覚障害者が裁判員の候補者として呼び出しを受け、最初の面接のときからコミュニケーションが成立する手だてが必要になります。呼出状と質問票はまだ公表されていませんが、手話通訳や要約筆記通訳の配置希望を伝えることができる様式になっているでしょうか。伝えられずに面接に出席して、手話通訳等がいないために『帰ってよろしい』と裁判員候補から外されるようなことがあっては踏んだり蹴ったりです。裁判所は聴覚障害者への情報保障の体制をしっかり作るべきです。

現在、各地の聴覚障害者協会から全日本ろうあ連盟に寄せられている情報では、長崎県の裁判所が地元の協会に30人の手話通訳者の名簿提出を依頼したとの情報や、福井県での模擬裁判の手話通訳に協会の推薦する通訳者が対応したとの情報、あるいは和歌山県でも模擬裁判の手話通訳を手話通訳士協会支部が対応するなどの情報があります。

裁判所が聴覚障害者への対応を地域協会と協議しながら進めていることは評価できます。手話通訳をスムーズに配置するには、協会や情報提供施設等が実施する現存の派遣ルートに乗った取り扱いが実際的・効果的・効率的であり、全日本ろうあ連盟も最高裁判所に要望しています。

3 手話通訳士を基本として

平成元年に厚生大臣が公認する資格として手話通訳士試験が始まり、現在2000人以上の有資格者が全国で活躍しています。今までの書面による立証が中心の裁判から、被告人や証人への質問が重視され、評議で裁判官と裁判員が議論を交わすなど、裁判員制度では手話通訳の果たす役割のウエートが増します。全国的な手話通訳水準を保障するためには手話通訳士の資格を有する人が基本になります。

日本手話通訳士協会は「すべての人々の基本的人権を尊重し、これを擁護する」「専門的な技術と知識を駆使して聴覚障害者が社会のあらゆる場面で主体的に参加できるように努める」など7項目の倫理綱領を定めており、人が人を裁く法廷においても裏づけのある通訳技能や倫理姿勢により十分責務を果たすものと考えています。

また、政見放送以外に受け皿のなかった手話通訳士が司法においてもその能力を発揮することは、社会的に評価された資格として今後、あらゆる分野への手話通訳保障の拡大発展につながっていくものです。

4 研修の保障を

裁判員制度に従事する手話通訳者が職務の適切な執行のために研修の場を保障することも重要です。専門的な法廷用語の知識や手話表現の訓練、模擬法廷での実習などを通していつでも公判に対応できるように備えておかねばなりません。最高裁判所の法廷通訳制度では「法廷通訳セミナー」や「法廷通訳フォローアップセミナー」などを全国規模で実施していますが、手話通訳者についても全国手話研修センターで実施できるよう研修制度の確立を求めていきます。また、聴覚障害者裁判員候補者もともに研修ができれば研修の効果は倍増するでしょう。

現在、日本手話研究所において「法廷用語の日常化に関する最終報告書」(日本弁護士会)をもとにした分かりやすい法廷手話語彙の研究を行っています。重厚難解だった司法の言葉が、この作業を通して聴覚障害者にも分かる身近な言葉になることを期待しています。

5 裁判員制度は市民的平等の試金石

今までの法廷手話通訳の配置は、被告や証人が聴覚障害者であり刑事訴訟法上も公判運営のためにも、手話通訳配置は必然でした。しかし、裁判員制度では聴覚障害者は呼出状の質問票による辞退、面接時の辞退、くじ引きによる落選、検察官・弁護士による不選任、裁判官面接による「受けるかどうか」の最終意思確認など、聴覚障害者側からも裁判所側からも裁判員に選ばれなくて済む道は残されています。どちらの側にとっても不安・迷い・ためらいを感じるものです。選ばれたとして、3~4人の手話通訳者が3日間通して法廷に出席できる体制が全国で組めるかどうか、すなわち、わが国の聴覚障害者の司法参加への勇気、司法の側の障害者への偏見の有り無し、そして、手話通訳者の質・量ともの充実の度合いが試されることになるでしょう。

(にしたきのりひこ 全日本ろうあ連盟)