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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年12月号

裁判員制度に望む

大久保常明

裁判員制度による知的障害のある人たちの司法への参加は、インクルージョンに向かって、社会参加へのさらなる道が開かれたと受け止めている。なぜなら、知的障害のある人たちは、どちらかと言うと、社会から一人前の人間としてみられず、権利または義務の主体として認められてこなかったという現実があるからである。

すでに、同制度について、障害者関係の団体は協同して研修を行うとともに、障害者が参加していく上での課題や求められる配慮等についての研究、検討が進められてきている。育成会では、本人向け情報誌を発行しているが、裁判員制度について分かりやすく解説し、本人の意見も載せる取り組みもしている。また、親に対しても意見や要望を求めてみた。以下、主なものを紹介したい。

本人の意見

○理解するのが難しいので、分かりやすい説明をしてもらえるか、サポートしてもらえるのか不安である。

○裁判や会議に参加しているときに発作が起きたら、どうすればよいか。

○裁判員は難しくて、できればやりたくないと思うけど、知的障害がある人が裁判を受けたり、起こしたりするときは、その人たちの気持ちや行動がよく分かるので、裁判員になりたい気持ちもある。

○知的障害のある人が働いても給料をもらえなかったり、いじめにあったりしていた事件などは裁判員として参加したいと思う。

○障害のある人にサポートする人が認められた場合、だれが選んでくれるのか。できれば自分で選びたい。

などであり、裁判の流れや手続きなどを十分理解できないことや実際に裁判員に選ばれた場合の不安が感じられる一方、分かりやすい説明と相談できる支援者がいることで、参加してみたいという積極派もいる。

親の意見

○本人が裁判員制度の趣旨や内容を正しく理解し、人を裁くことについて責任を負う立場となることについて認識し、判断するレベルに至ることができるかどうか。

○裁判員としての適性について、障害の内容や程度により個別に判断する場合、知的障害のある人の適性を判断するには時間を要するように思える。

○選任手続には、保護者や支援者の同伴を認めてほしい。

○知識や経験、抽象的なことを考える力が乏しい知的障害のある人に対して、裁判中に用いる表現は、より平易な表現にしてほしい。

○裁判の内容をより分かりやすく伝えるための支援者の入廷や、障害に対する専門知識を持った要員を配置してほしい。

○知的障害のある人は誘導されやすいので、確認の手段は慎重にしてほしい。

○長時間、長期にわたる裁判となった場合、知的障害のある人の中には、精神的に変調を来す人もいるので、配慮をお願いしたい。

○裁判で知り得た情報を他に漏らすと法律違反になるが、知的障害のある人はそうしたことに対する認識が十分でないので、配慮をお願いしたい。

○裁判員に選ばれた際には、拒否できる権利を与えてほしい。

○真の権利擁護とは何かを再考する必要がある。単に、差別であるという観点から、裁判員への参加資格を得るべきではない。少なくとも、知的障害の重度の人は、裁判員制度から除外されてもよいのではないか。

などとなっており、同制度の趣旨には賛同できても、わが子が本当に社会的責任を果たせるのかという心配とともにさまざまな課題も提起している。

以上から主な課題を整理すると、

○選任手続での知的障害のある人への支援者の同伴等の支援体制と配慮。

○第三者の介在が認められていない裁判での支援者の同伴などの支援体制。

○知的障害のある人にとっての裁判や評議の時間と集中力や体調。

○分かりやすい内容や表現の裁判資料。

○裁判員の障害特性などを知らされない弁護人、検察官の対応や配慮。

○障害への理解不足から危惧される知的障害のある人を排除しての議論や進行。

○知的障害のある人にとっての「守秘義務」の理解と遵守。

などが挙げられる。

インクルーシブな社会に向けて

まずは、裁判員の選任手続において、障害のある人たちへの配慮は具体的には定まっていないが、選ぶプロセスをきちんと踏み、可能な限りの手だてや配慮がなされた上で、最終的に裁判官の判断により裁判員に加われなかったとしても、こうした一連の取り組みこそが、インクルーシブな社会をつくる大切な過程といえる。

本年7月に東京地方裁判所において開催された模擬裁判の模様について、弁護士から「言葉のイメージをもっと大事にすることが必要。画(絵)を見せるだけではなく、そこから何を引き出すか、言葉での説明が大事で、意を尽くす言葉、エッセンスを出せるように心掛けたい」との感想があった。育成会としても、用語にルビを振るだけでなく、こうした観点が知的障害のある人たちにとっても最も重要であると考えている。

なお、裁判員制度では、「障害があるだけでは裁判員候補者から、徐外されることはない」とあるが、すでに選挙人名簿から徐外されている人(成年後見制度の被後見人である知的障害のある人)もいる。ぜひとも、制度の入口の部分で知的障害のある人たちが排除されないように願うものである。

(おおくぼつねあき 社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会常務理事)