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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年12月号

1000字提言

輝く笑顔の向こうに見える親の姿

大久保真紀

バケツをひっくり返したような雨に見舞われた直後、キラキラと輝く笑顔に出会った。

貴田みどりさん、20歳。亜細亜大学の2年生だ。全日本ろうあ連盟が創立60年を記念して映画を作ると聞き、雨の中、連盟を訪ねた。貴田さんはろう者。オーディションを受けて合格した出演者の一人で、リハーサルを終えて連盟の事務局に来てくれた。

連盟の方に手話で通訳してもらいながら、映画への意気込みなどを聞いた。貴田さんにお芝居の経験はない。得意なのはダンス。3歳のころからバレーを習い、高校からはジャズとかヒップホップにも挑戦。いまはダンス塾に通う。オーディションの誘いには「もっと視野が広がる。新しいチャレンジ」と思って飛び込んだという。「どうやって音楽に合わせて踊るのですか」。そんなぶしつけな質問に、貴田さんはにこにこしながら「振動を感じるのです。ほかの踊っている人たちの動きを見て、心を通わせていけば大丈夫です」と答えてくれた。

貴田さんは昨年秋からは半年ほど米国の大学に留学した。高校生のときにはろう者の交流でタイにも行った。「日本だけでなく世界を見るべきだ」と母親が背中を押してくれたという。「日本の文化も知らずに海外に行って恥ずかしい思いもしましたけど……」と肩をすくめながら、「今あるのは環境をつくってくれた母のおかげ」と繰り返した。

不意に『五体不満足』を著した乙武洋匡さんの母親の言葉を思い出した。手足がない赤ん坊に初めて会ったとき、「かわいい」とおっしゃったと聞いている。その言葉と態度は、乙武さんの堂々とした、前向きな生き方につながっているように思う。

障害の有無にかかわらず、子どもに失敗させないため、あるいは子どもが傷つかないようにと行動を規制するなど先回りしすぎる親もいる。親心ではある。が、本当にそれが子どものためになるかは分からない。どこかに親自身も傷つきたくないという気持ちがあることも少なくない。試されているのは子どもではなく親かもしれない。「いろんなことに挑戦したい」と話す貴田さんのまっすぐな視線に、勇気ある親御さんの姿が見えるような気がした。

話をするうちに、太ももから下がびしょびしょに濡れていたズボンも気にならなくなっていた。心にさわやかな風が吹き抜けたように感じた。

貴田さんの出演する映画のタイトルは「ゆずり葉」。河井酔茗の詩から連想してつけられたものだ。詩にはこんな一節がある。

世のお父さん、お母さんたちは/何一つ持ってゆかない/みんなお前たちに譲ってゆくために/いのちあるもの、よいもの、美しいものを/一生懸命に造っています

(おおくぼまき 朝日新聞編集委員)