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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年1月号

スウェーデンにおける知的障害者の政治参加

河東田博

残念ながら、まず、スウェーデンにおける知的障害者の政治参加は非常に困難だということから記さなければならない。国会・県議会・市議会に議員として選出されている知的障害者は皆無で、今後も選出される可能性がないと思われるからである。これは、4年に1回行われる総選挙(国・県・市レベルの選挙が同時に行われる)が政党を選ぶ比例代表制になっているため、各政党の比例区の候補者名簿に掲載されなければならないからである。スウェーデンでは組合や団体の組織率が非常に高く、組織の代表者(または組織から信頼される人)が各政党の比例区候補者名簿に登載されることが多く、知的障害者が候補者名簿に登載されることは現時点では考えにくいからでもある。

知的障害者が行政の各種審議会への委員として参加している例もほとんど見られない。審議会に委員として参加しているのも組織を代表する非知的障害者であることが多いからである。新法制定の国会聴聞会(たとえば、1985年)などで知的障害者による意見表明がなされた程度である。

しかし、もし広い意味での政治参加に「選挙権の行使とそのための支援のあり方」を含めることができれば、日本でも参考になるかもしれない。

スウェーデンの投票率の高さ(1998年81.4%、2002年80.1%、2006年82.0%)はよく知られているが、知的障害者の投票率はかなり低い(1998年31%)という結果が示されている(Kjellberg,2002年)。この結果を受けて、公的に分かりやすい選挙公報の提供が検討されるようになった。

分かりやすい選挙公報

現在、中央・地方の選挙管理委員会では分かりやすい選挙公報が多数用意されている。これらはインターネットでも取り出すことができる。A4版4頁の選挙公報は、分かりやすい文章で書かれ、文章の横には写真やイラストも付いている。文字情報は、スウェーデン語版と英語版が用意されている。字幕付き動画もあり、スウェーデン語版、英語版、トルコ語版、アラビア語版、イラン語版などがある。こうした選挙公報をスウェーデン最大の知的障害者関連組織 RiksfÖrbundet FUB(以下「FUB」)およびFUBの傘下組織Klippanも利用している。

分かりやすい選挙公報は、もともとイエーテボリの当事者組織 FÖreningen Grunden(以下「グルンデン協会」)のメディア部門が中央選挙管理委員会から委託を受けて作成した分かりやすい選挙用冊子を基にしている。この選挙公報には、選挙がいつ行われるのか、どのように確認作業がなされていくのか、だれが選挙権を得ることができるのか、だれを選ぶ選挙か、どのような手順で選挙を行うのか、投票用紙の書き方、投票箱への入れ方、などが示されている。

また、総選挙に向け全国各地のFolkhÖgskolan(国民高等学校)やVuxenskolan(成人学校)で選挙に関する講座を開講するようになる。こうした講座には、仕事や活動を休んで無料で最低週1回は参加できるようになっており、この講座で使われる教材(たとえば、絵カードやボード)も多数用意されている。

「組織運営への参画」で広がる政治参加

スウェーデンにおける知的障害者の政治参加ははなはだ不十分だが、知的障害者が選挙権を行使できるように、その支援体制だけは整えられるようになってきている。しかし、もし広い意味での政治参加に「組織運営への参画」を加えることができれば、政治参加の可能性は大きく広がっていくに違いない。そこで、「組織運営への参画」例を見ていこうと思う。

一つ目の例は、前述のFUBとKlippanである。FUBは会員28,000人を擁する知的障害者本人と親からなる組織である。はっきりした数は分からないが、FUBの20~25%が知的障害会員だと言われている。1960年代から今日に至るまで、FUBは圧力団体として政府に大きな影響力を行使してきており、各種審議会の委員も多数送り出してきた。今日では、43団体から成る障害者フォーラムを通して政治的活動を行っている。2年に1回行われるFUB総会は運動方針を決める大切な場で、代議員による表決・票決が行われる。代議員は選挙によって選ばれるが、知的障害者も代議員に立候補し、被代議員となることができた。かつて、多数の当事者代議員が総会で大活躍しているのを目の当たりにしたことがある。FUB内に総会で選ばれた複数の知的障害者が理事として参加していたこともあった。

1995年に知的障害者の全国組織Klippanが立ち上げられたため、FUB総会で活躍する知的障害代議員の姿は減ったが、代わりにKlippan総会の代議員として活躍するようになっている。ただKlippanはまだFUBの傘下にあり、FUBの影響を強く受けているため、本当の意味での独立組織とは言い難い面がある。FUBに参画できているのはKlippan会長だけのようである。しかし、知的障害者がFUBに参画しKlippan運営を続けていれば、FUBの社会に与える影響が大きいだけに、やがてKlippanで活躍する知的障害者がFUBの支援を受けて間接的に政治参加できる可能性だけはある。

もう一つは、2000年7月イエーテボリFUBから独立し、独自財源を持つ当事者組織となったグルンデン協会である。この組織は、理事(11人)全員が知的障害者であり、支援スタッフを雇用しながら各種事業を展開している。その意味でグルンデン協会は、前述のKlippanとは根本的に異なる。福祉事業体の現場の責任を持つ総合施設長を複数の当事者が担う仕組み(2人の支援者が支援)に変え、文字通り組織の運営と実際の活動を当事者主体に切り替えていったという点で「組織運営への参画」がかなりの程度まで進んできていると言える組織体である。

現在グルンデン協会では、グルンデン同様の組織を全国に数多く増やしていくために全国組織作り(参加:5団体)を行っている。社会庁からの公的資金援助が継続的に受けられるように3年後の全国組織化を目指しているが、全国グルンデン協会ができれば、前述のFUBやKlippanを凌ぐ強力な団体となり、知的障害者の政治参加の道も見えてくるに違いない。これまでも地元自治体の政党の討論会や予算に関する聴聞会に定期的に参加し、意見反映を行ってきているが、恐らくそれ以上の影響力と効果を発揮していくことであろう。

求められる人間関係の醸成とネットワーク作り

知的障害者の政治参加も組織運営への参画も、これらを可能にするためには、知的障害者への個別支援と社会的支援が必要であることが分かってきた。しかし、それだけでは不十分なことをKjellberg(2002年)の研究が示唆している。彼女が行った研究で、対象者を二つのグループ(「身近な社会問題に関心を持つ女性だけのグループ」と「社会問題だけでなく経済問題にも関心を持つ男女混合のグループ」)に分けて調査を行ったところ、1998年の総選挙で投票を行ったのは、前者が0%、後者が57%だった。両グループの投票率に大きな差が見られていたが、これは後者の人たちが親族や職員以外に地域に幅広い交友関係を持っていたためであった。そのため、Kjellbergは、地域社会の中で交友関係を広め、市民生活や社会的な問題を気軽に話し合える存在(立場)の人を確保しておくことによって、社会参加、そして、政治的な場面への参加が可能になるのではないかと強調していた。

彼女のこの考察は一考に値する。知的障害者には、政治参加への分かりやすい情報の提供だけでなく、日常の身近な人間関係の醸成とネットワーク作りこそが大切だということである。また、グルンデン協会での「組織運営への参画」への取り組みは、非知的障害者中心のものの考え方や価値観を転換することから政治参加・組織参画が可能になるのだということを教えてくれている。

(かとうだひろし 立教大学コミュニティ福祉学部教授)

参考・引用文献:

・Anette Kjellberg, 2002, Participation -Ideology and Everyday Life. LinkÖping University.

・河東田博(監修)「福祉先進国に学ぶしょうがい者政策と当事者参画」現代書館、2006年10月

・スウェーデン中央選挙管理委員会ホームページ・分かりやすい選挙公報
http://www.val.se./lattlast/

・Statistiska centralbyrån, 2007, Allmänna valen 2006. Del 1. Sveriges officiella statistik (SOS)