音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年1月号

すべての政見放送に手話通訳を

西滝憲彦

1 自らの意思で投票するために

私たち国民が政治に参加するためには、選挙を通して私たちの代表を議会に送ることが出発点です。どの候補者が自分たちの代表としてふさわしいかを政見を聞いたり選挙公報などを読んで判断し投票します。

聴覚障害者はテレビ政見放送が始まる前までは、立会演説会に手話通訳を付ける(1967年以降)ことにより候補者の政見を知り、投票に結び付けていました。しかし公職選挙法の改正により立会演説会は廃止され(1983年)、テレビ政見放送になっても手話通訳の付かない状況が続き、全日本ろうあ連盟が総力を上げて取り組む中で、ようやく参議院比例代表選挙政見放送に手話通訳が導入されました(1995年)。

2 急展開

福田内閣の増田総務大臣は、2008年7月1日の記者会見で「政見放送に手話通訳を付することができる選挙の対象を衆議院比例代表選挙にも拡大する」こと、その理由としては「高い技能を有した手話通訳士をどのように確保するかというのが課題であり、ブロック単位で手話通訳士を確保できる目途が立ったということ、もう少し手話通訳士の養成が進むと参議院選挙区選挙、知事選挙も可能になりそこも拡大に向かうことになる」と手話通訳士の全国的な増加が命運を握っているとする大臣の発表がありました。

全日本ろうあ連盟は、大臣発表を率直に評価するとともに、法制度の抱えている問題点を次のように指摘しています。

3 「法の下の平等」はどこに?

公職選挙法第150条(政見放送)では「公益のため、その政見を無料で放送する」と定めていますが、政見放送および経歴放送実施規定(総務省告示第543号)においては、政党から「手話通訳を付して政見を録画するよう申し込みがあったときは」手話通訳を付して録画すると規定し、政党の任意に委ねています。

これでは、聴覚障害有権者が自らの選挙権を行使するために候補者の政見を知る当然の権利を国は政党に委ね、国は聴覚障害有権者への政見放送提供の役割を放棄したことになります。「公益のため」の国の事業が憲法14条で定められた「法の下の平等」を守らず、「公益」の中に聴覚障害者は含まれないとする「障害に基づく差別」、「障害を理由とする区別、排除または制限」をしており、障害者権利条約にも違反する規定になっています。国はすべての政見放送に国の責任で手話通訳を付けるべきです。

4 手話通訳は選挙運動員?

同法第197条の2(実費弁償及び報酬の額)では「選挙運動に従事する者」として「専ら手話通訳のために使用する者」が位置づけられていますが、音声言語を手話言語に仲介あるいは翻訳する手話通訳者を「選挙運動員」とみなすことは、手話通訳をすることにより得票に結びつかせようとする発想であるばかりか、手話が音声言語の従属物とみなされ、権利条約の定義で示された言語的平等(音声言語と手話言語は対等)にも反しています。「公正・中立」の倫理を守る手話通訳士が特定の候補者の代弁者とみなされ、誤解を生じることになります。私たちは、手話通訳士の持つ高度な技能や知見を尊く重んじた扱いを公職選挙法に求めています。

5 政見放送手話通訳に公務員も

同法第136条の2(公務員等の地位利用による選挙運動の禁止)との関連になりますが、公正・中立である手話通訳士が前記の「選挙運動員」とみなされることにより、政見放送では公務員の手話通訳士が排斥されています。しかし、手話通訳士の多くは自治体や福祉・医療などで働く公務員であり、「選挙運動員」の位置づけは政見放送への参加を阻み、結果として、手話通訳付き政見放送の完全実施を遅らせる要因になっています。この点からも「選挙運動員」の位置づけは改正されるべきです。

6 国は責任を曖昧にしないで

政見放送を担う手話通訳士については、日本手話通訳士協会が研修を積み重ねています。しかし、衆議院比例代表選挙に手話通訳付き政見放送が拡大されたことにより、全国11の比例代表ブロックに対応した規模の研修の場が必要とされています。公職選挙法に規定された国の事業ですから、手話通訳士の研修も国の責任でふさわしい規模と予算で実施されなければならないものです。

そして、従来まで財団法人全日本ろうあ連盟(現在は社会福祉法人全国手話研修センター)において手話通訳士研修の教材として、その時々の社会的・政治的な用語を手話化する作業を行っています。政治問題になった「靖国参拝」「合祀」「分祀」のような普段使われない言葉や、「ワーキングプア」のような新語が政見放送収録時に候補者の口から出ても、手話通訳士が正確に伝えることができるよう手話表現の開発や基準化の作業は必要不可欠です。当事者団体の独自の財政で行われていますが、「手話は言語である」見地から国が補助をすべきです。

また、政見放送を円滑に実施するために、全日本ろうあ連盟・全国手話通訳問題研究会・日本手話通訳士協会で『三団体政見放送委員会』を設け、準備作業や渉外などにあたっています。国の事業であり必要な経費の補助を行うべきでしょう。

(にしたきのりひこ 全日本ろうあ連盟)