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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年2月号

障害者基本法の改正と今後に望むこと

新谷友良

はじめに

今回の障害者基本法(以下、基本法)改正は、平成16年改正の附則に従ったものと説明されているが、附則に言う「障害者を取り巻く社会情勢の変化」の第1番目に「国連障害者権利条約」(以下、障害者権利条約)の採択・発効を挙げなくてはならない。障害者を取り巻く世界の状況は大きく変わりつつある。憲法第98条第2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」としている。今回の基本法の改正に当たっては、何よりもまず「確立された国際法規」として障害者権利条約遵守の宣明が求められる。

障害の定義と障害者の範囲

基本法第2条は障害者を「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう」としているが、制限を加えているのは本人の機能障害であろうか?「完全かつ効果的な社会参加」を妨げている環境上の障壁であろうか?現実に障害があって日常生活や社会生活での制限を受けている者にとって、価値中立的な規定は役に立たない。障壁が除去され、参加が保障される制度や仕組みを生み出すダイナミズムを埋め込んだ規定が必要である。

70デシベルの平均聴力が聞こえの障害を決めているのではない。40、50デシベルであっても人の言っていることを聞き取れないことが障害であり、止まった電車の中で、車掌マイクのがなり声だけが響き、電光掲示板に情報が流れないことが障壁である。施策の公平性を維持するために障害者の範囲を数値化することが必要としても、間口は広くなければ見えるはずの障壁も見えてこない。

差別に関する規定と合理的配慮

基本法第3条第3項は「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」としている。障害を理由とした差別は、障害者権利条約を待たずとも憲法の規定に違反しており、直接差別の事例が繰り返されるとしたら基本法の実効性の問題となって、その規範力が問われる。障害者権利条約の発効を踏まえた今回の改正の課題は、差別の概念をより広く捉え、間接差別・合理的配慮をどのように基本法の中に書き込むかにある。

聞こえないことで差別と感じることの多くは間接的なものである。意図的な差別ではなく、無知や無関心、そして形式的な平等が結果としての差別を生み出している。講演会で聞こえないといって入場を断られることは少ないが、拡声マイクはあっても磁気ループの準備はなく、「前のほうに座ってしっかり聞いてください」と筆談されては困惑してしまう。政見放送への字幕付与は何度要求しても、「候補者間の公平を損なう可能性がある」として実現しない。マニアックな公平へのこだわりが、何百万人もの人の政見放送へのアクセスを阻害している。

間接差別は事例の顕在化が大きな課題となる。顕在化のためには障害に対する障害者自身と社会の意識向上が欠かせない。それとともに、差別の解消のための社会の側の歩み寄り、「配慮」が問題となる。差別をなくすために、何らかの「作為」が必要となってくる。その「配慮」「作為」を障害者権利条約に倣って「合理的配慮」の形で基本法に書き込むことが課題となるが、配慮主体によっては義務であるべきものを、「合理的」という形容詞に希釈してはならない。義務教育での必要な支援・サポートなどは端的な「配慮義務」であって、過度な負担の抗弁を許す「合理的配慮」ではない。

法の実効性の担保

基本法は理念法とされ、障害者週間の規定、障害者計画の策定、障害者施策推進協議会の設置など基本法固有の実体を持った規定もあるものの、多くはその具体化を個々の法律に委ねている。一方、身体障害者福祉法、障害者自立支援法などの個別法は、固有の制定経緯があり、独自の政策目的に従って策定されているとして、基本法との整合作業は不明なところが多い。

手話通訳・要約筆記者の公費派遣については、障害者手帳の保持を条件としている地方自治体がほとんどである。障害者手帳を受け取ることができず、「権利利益を侵害する行為」を受けたとして基本法を楯に市町村窓口に苦情を申し立てても、身体障害者福祉法の数値の前には門前払いに終わってしまう。障害者基本法は理念法であり権利法ではないことを承認しても、個々の法律に理念を貫徹できない基本法では法のヒエラルキーに問題が生じる。個別法に対する基本法の優越性を明記すべきと思う。

おわりに

日本の障害者施策において、障害者は一貫して施策の客体であった。障害者権利条約においては、障害者は施策の客体ではなく主体である。障害者基本法が高邁な理念を掲げていても、日々受けている差別の排除や不具合の是正を障害者自身が権利として要求し、実現する仕組みがなければ、障害者権利条約と基本法の隔絶は甚だしく、法規範として未整合と言わなければならない。残念ながら、昨年12月26日の障害者施策推進課長会議決定事項に差別是正、権利救済の仕組みは、盛り込まれていない。権利救済の仕組みがなく、裁判規範性のない法律が障害者にとってどのような意味を持つのか?障害者基本法と障害者権利法制との関係について、本格的な議論を始める時期が来ている。

(しんたにともよし 社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会常務理事・国際部長)