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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年2月号

ほんの森

孤を超えて―貧と病と学の余録

高沢武司著

評者 佐藤久夫

新宿書房
〒102―0073
千代田区九段北1―8―2―301
定価 本体1,800円(税別)
TEL 03―3262―3392
FAX 03―3262―3393

本書は、自伝的エッセイである。著者は社会福祉政策論の専門家で、『過渡期の社会福祉状況』(1973)、『社会福祉のマクロとミクロの間』(1985)、『現代福祉システム論』(2000)、『福祉パラダイムの危機と転換』(2005)等、新しい視点で多くの専門書を世に出してきた。日本社会事業大学で35年、岩手県立大学で10年近く教育研究に従事し、2006年に72歳で退職し若干の自由時間ができた結果の本書であろう。

不思議なことに社会福祉の教育研究の時期をすっぽりと抜かして、20歳頃までと退職後の体験・観察のみを描いている。

17歳までに結核等で親兄弟をすべて亡くし、自らも重症結核で死にかけ、片肺を切除してかろうじて生還した人物である。にもかかわらずであろうか、そのことによってであろうか、人を非難するカ所は一つもない。自然、動物、社会、戦争、医療、リハビリテーション、障害、人間、老いなどへの、「適度な距離感を伴った温かいまなざし」を随所に見る。

読み進める途中では、大変な観察力や記憶力にただ圧倒されるばかりだったが、読み終えてみて、この著者の本質的なスタイルは「書くこと」にあるのではないか、とふと感じた。「書くこと」「表現すること」「説明すること」が大きな目的あるいは喜びであって、その手段としての観察力や記憶力は、もともと素質はあったにせよ、使う中で伸ばしてきたのではないか、と。

たとえば「生活の中の歌」を、好んで歌う歌、知らずに耳から入ってきて覚えてしまう歌、強制的に歌わされる歌の3つに分けている部分がある(p188)。これなどは、ふと気がついたことを表現したのではなく、書きたい、現実・現象を整理して記述したいという欲求が先にあって、やや詳しく観察・分類した結果ではないかと思う。

そう思うと、評者のような凡人にも少しは近づけるかと希望が出てくる。書こうとすることに伴ってそのための能力が(少しは)伸びるのではないかと思えるからである。「しゃべる」にとどまらず「書く」ことの大事さを改めて教えられた本である(とはいえ、療養所時代からの膨大な読書と読書習慣が「書く」基礎であり、とても凡人には届かないが)。

第2弾も読ませてほしい。評者は、著者の「難解書」を敬遠してきたが、こうしたエッセイなら読みやすい。あるいは小説か。いずれにせよ著者の「書く」生活の航路はどうなるのであろうか。

(さとうひさお 日本社会事業大学)