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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年2月号

知り隊おしえ隊

スキーを楽しもう!

井上英年

はじめに…King of Sportsと言われるスキー

1922年、ノーベル平和賞受賞者のフリチョフ・ナンセンのスキー讃歌にスキーの素晴らしさを称(たた)え、次のような言葉が残されています。「あらゆるスポーツの王者に価するスポーツがあるとすれば、それはスキーをおいてほかにない。スキーほど筋肉を鍛え、身体をしなやかに、しかも弾力的にし、注意力を高め、巧緻性を養い、意志力を強め、心身を爽快にするスポーツはほかにない。晴れ渡った冬の日にスキーをつけ森の中へ滑走していく……これに勝る健康的で、そして純粋高貴なものがほかにあるだろうか。深々と雪に覆われた森や山の素晴らしい自然に勝る清らかな貴いものがほかにあるのだろうか」

またわが日本には四季があり、雪月花の言葉の如く四季の移り変わりとともにわれわれの日々の暮らしがあります。冬の到来とともに雪が日常の景色を覆いつくし、白い静寂の時が辺りを包む、そんなスキーシーズンの到来を肌身で感じる頃、私の心の中でスキーに対する期待感は止まらないのです。

スキーをやる前に

通常、スキーは健常者ではボウリングのできる程度の体力があれば行えるスポーツと例(たと)えられますが、障害を抱えた身では、想像以上の苦難を乗り越える力と体力を必要とします。路面の凍結への対応や寒さへの対応など、雪国で暮らす障害をもった方が行うすべての対応術を身に付けていなければなりません。

また体調管理の面では、冬に街に出る程度の寒さ対策等では、冬山において生死に関わることになります。これは健常者も同じことだと思いますが、保温機能の強化したウェアや発汗した汗が身体を冷やさない高性能の下着等で武装していないと、とても危険です。しかも雪山は寒い場所であり、トイレも必ずしも満足できる場所にあるとは限りません。身体が冷えて排尿の時間も早まり、人によっては水分のコントロールも必要となるでしょう。また障害によっては、体温調節が難しい方もおられると思います。寒い場所では低体温となり、過酷な状況であることに違いはないのですが、携帯型使い捨てカイロ等で体温を少しは温めることが可能です。決して快適とまでは言えませんが、工夫と綿密な準備の下で、スキーを楽しめる状態になるはずです。

私の経験上、障害が重度になればなるほど、準備や対応策に多くの時間を費やすことになります。また、準備するのは身体だけではなく、日常使用している車いすや杖にも準備が必要となります。車いすの大車輪には、マウンテンバイク用のタイヤ等のブロックパターンの大きいタイプ等を装着し、滑りやすい雪の路面に対応できるように工夫します。

雪国の路面の積雪や凍結による移動の難しさを私の経験からお話しします。ある冬の日、スキーを終えて一人で夕食を近くの食堂で済ませて、店の玄関から自家用車を止めている駐車場へ向かうほんの数十メートルの間で、私の車いすが雪と氷で滑ってしまい、降りしきる雪の中、身動きが取れない状況に直面した経験があります。その時は、持参していた携帯電話でレシートに書かれた食事した店に連絡を入れ、難を逃れた経験があります。自己責任ではありますが、気象条件等で街中でも危険が伴うことを改めて知った出来事です。

スキーの道具、楽しみ方

障害のタイプを車いす利用者とそうでない方に大きく分けてみます。車いすを使わない立位の方は健常者と変わらない方法で行ったり、アウトリガーという道具を用いてスキーを行います。

車いす利用者は、障害の程度によりチェアスキーとバイスキーに分かれます。重度の障害をもつ方等は、おおむねバイスキーを用いてスキーを行います。

スキーは冬山という大自然の中で行います。白銀の世界においては、健常者や障害者の分け隔てなく、粉雪が舞い降る同じゲレンデをそれぞれの能力に適した道具を用いて滑り、同じ時間を共有できる素晴らしいスポーツです。日常の世界では感じることのできない大自然の雄大さの前に、人は大自然の営みの中で生かされていることを学び、身をもって感じることができることでしょう。

また、車いす利用者にとって言えば、チェアスキーを行わない限り、山の頂上へ登ることは、現状では難しいでしょう。スキーを行うことで、壮大な山の景色を見ることが、唯一可能となる瞬間なのです。山の頂上に立ち、辺りを見回せば、雪を身に纏(まと)った山々が凛としてそびえ立っています。そこに吹く風や匂い、そして景色は、どんな芸術作品よりも価値のある美しさと、そして力強さを秘め、その姿に感動を覚えて、私はいつも心が洗われる感覚に陥ります。

また、冬山の厳しい気候の中で動物の足跡を見つけるたびに、生命の力強さを知ることができます。ほぼ毎日のようにウサギや鹿など数多くの動物の足跡をゲレンデでも観察することができ、運がよければ、動物たちを見ることができるでしょう。厳しさの中にある優しさと冬山の素晴らしさを一度は皆さんに体感していただきたいと思っています。そうすれば、あなたは、間違いなく冬山の虜(とりこ)になることでしょう。

チェアスキーについて

あまり知られていませんが、「チェアスキー」は日本の造語で、世界ではモノスキー、シッティングスキーと言います。数ある障害者スポーツの中で唯一、競技種目として認知される以前の創世記から世界と関わり、道具としての「チェアスキー」の完成度を世界の頂点にまで進化させてきたのが、『日本チェアスキー協会』です。

現在では、世界の中で、パラリンピック・スキーの頂点を決める大会であるワールドカップ等での日本人選手の活躍が日本の「道具としてのチェアスキー」の性能の高さを物語っています。そのことは、競技の世界で日本が数多くのメダルを獲得していることでも証明されています。しかも、世界において胸椎完全損傷者を滑らせたのは日本であり、現在の日本は、世界に先駆けて頚髄損傷者でもチェアスキーを行える等、その指導技術体系も世界トップクラスにあります。

おすすめのスキーエリア

障害をもつ身でスキー場を選ぶ基準として、1.指導者がいる、2.施設の設備が使用しやすい等、この2点を考慮してスキー場を選ぶと良いでしょう。近年、障害をもつ方にスキーを教えるスクールの数も増え、スキーを楽しませてくれる場所も増えています。

スキーが他の障害者スポーツと大きく異なるのは、プロフェッショナルの指導者が存在することです。受講にあたり必ず費用が発生し、他の障害者スポーツのように、無償で道具の貸与や技術指導が行われたりすることはなく、健常者がスキーレッスンで掛かる受講料と同様に、障害をもつ方も費用が掛かります。その内訳はレッスン費とレンタル費を含め、おおむね1日あたり多くて4万円程度です。

また、車いす利用者であれば、『日本チェアスキー協会』の地方クラブの普及活動も盛んに行われており、各地でスキー講習会等を実施しています。特に、重度の障害をもつ方等は、『日本チェアスキー協会』主催の日本チェアスキー大会への参加を推薦します。リハビリテーション工学のエンジニアや理学療法士や医師等、数多くのスタッフが運営にあたり、障害が重くてもスキーを楽しめる環境を整えている大会ですので、安心して参加していただけるはずです。

アフタースキー

スキーの楽しさは滑ることだけではなく、アフタースキーもスキーの楽しみの一部です。滑った後の冷えきった身体を温めることのできる温泉(お風呂)入浴も楽しみの一つでしょう。スキー場の近くに必ず存在する温泉は、地方ごとに泉質も異なり、極限にまで冷えきった身体で湯船につかりながら、仲間と語らうことにより、身も心も温まります。

スキーに行けば、ほとんどの場合、日帰りではなく宿泊をすると思います。気の合う仲間たちと夕食を済ませ、非日常の中において喜びを共有しながら、膝をつきあわせ酒でも酌み交わしながら、スキー談義に華を咲かせる等、スキーの楽しみは、尽きることはありません。

スキーはレジャーの一面も持ちあわせた冬のスポーツです。できるなら一人で行うより、なるべく仲間を誘い、厳しい大自然の中において、人と人のつながりを感じることのできる中で、共に喜びを共有しながらスキーを楽しんでいきましょう。

(いのうえひでとし 日本チェアスキー協会普及部長)

(日本チェアスキー協会HP)
http://www.chairski.jp/

【参考文献】日本スキー教程、財団法人全日本スキー連盟「スキーへの誘い」

【撮影地】長野県車山高原スキー場・長野県 志賀高原西舘山スキー場