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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年6月号

知的障害者入所施設の新体系移行をめぐって

樋口幸雄

進まぬ入所施設の新体系移行

障害者自立支援法は、平成18年4月に施行され、丸3年が過ぎた。同法は3年後見直しの附帯決議の上成立した経過があり、各障害関係団体は社保審・障害者部会の議論を踏まえ、その抜本的見直しについて取りまとめ作業を急いでいる。同法は、その成立過程の拙速が否めず、理念と制度設計のギャップが大きく、その運用にあたっての制度解釈が朝令暮改のように揺れ動くため、施行後3年経った今も流動的な印象を与え、利用者・家族・事業者もビジョンを描くことができないという現状である。

こうした状況ではあるが、今般の障害者自立支援法は明らかに従来の入所施設の概念を大きく変えるもので、入所施設の24時間対応機能を「住まいの場」と「日中活動の場」に分離分割しようとするものである。これを「施設解体」と捉え、従来の一体型運営にこだわり、移行措置延長を求め続けるか、施設内ですべて完結する生活を見直し、「施設の変容」によって施設利用者の生活を可能な限り普通の暮らしに近づけていこうとするノーマライゼーションのプロセスとして受け止めるのかによって、同法に対する評価が大きく分かれるところである。

しかし、この新体系への移行をめぐってはこうした運営理念の問題とは別に、経営上の問題がある。移行に伴う大幅な報酬減に対する不安が入所系事業所においては特に強く、移行を躊躇させている最大の理由となっているのも実情である。

先般、前年度比5.1%増の21年度事業報酬改定の内容が発表されたところだが、基本報酬ではなく、37項目にわたる新たな評価項目に加算されるものとなっている。これは明らかに介護報酬にならったもので、事務処理が煩雑なわりにその単価は低く、加算をより多く獲得できなければ増収につながらない、という非常に不安定なものとなっている。これでは経営基盤の安定や給与の引き上げに結びつけられない。また、国が言う「真に必要な施設」入所施設の地域における拠点的な役割を重視した基盤整備の構築につながるものともなっていない。

表1は入所系事業所の新体系移行状況だが、通所系事業所の7割近くが新体系に移行している状況に比べれば、入所系事業所の移行率の低さが歴然としている。

表1 入所系事業所の新体系への移行状況

  H20年
12月時点
H21年
4月時点
入所更生施設 1342 1250
入所授産 195 186
障害者支援施設 185 289
移行率 10% 16%

(日本知的障害者福祉協会調査)

基本報酬改定への要望事項

現時点で、入所系事業所が求める主な報酬上の要望事項は次の通りである。

(1)人員配置基準と基本報酬の見直し

施設入所支援ならびに日中生活介護の基本報酬が平均障害程度区分に基づくものから利用者個人の障害程度区分に基づく評価に変更された。しかしながら、その指定基準における人員配置基準は平均障害程度区分に基づいており、平均区分4未満は6:1、4以上5未満で5:1、5以上でようやく3:1となっており、これが基本報酬の根拠となっている。しかし、これでは措置費制度の下、一度も改正されることのなかった人員配置基準4.3:1をも下回るものである。これは4人部屋という居住環境、週2日の入浴を前提とした運営基準に基づいており、今般の報酬改定における基本報酬の設定に、この極めて低い人員配置基準であることは問題である。日中生活介護の人員配置加算や土日等の日中支援加算で一定の改善は図られたものの、指定基準そのものの見直しが必要である。

(2)昼夜の分離・昼と夜の施設機能の分化を示しながら報酬が伴わないことへの見直し

表2は、同法の主旨理念と制度設計(報酬)の乖離を端的に表している。

表2 障害者支援施設 横手通り43番地「庵」定員40人・生活介護1(障害程度区 分平均5.5以上)

  施設入所支援 40人
生活介護 40人
報酬単価
カバーすべき時間
128時間/週

40時間/週
職員配置数 10.9 12.6
人件費比率 49.5% 50.5%

※基準上配置すべき職員数(常勤換算)23.5人(1.7:1)2008年12月現在

「庵」では、平成14年の開所当初から昼と夜の職員のローテーションを無くし、昼夜を完全に分離した職員配置にしているため、この報酬上の矛盾を明確に把握している。夜間の報酬は極端に低く、実態に見合っていない。そこには夜勤者2人あるいは3人という配置基準しかなく、これでは朝夕の時間帯は保安要員のみとなり、不安定要素の多い朝夕の時間帯における生活支援は不可能といわざるを得ない。逆に言えば、通所単独の生活介護事業の利用者に比べ、職員が朝夕の支援に回る入所施設の利用者は、日中相当少ない職員配置で支援を受けることになる。また、この夜間の職員配置基準は労働基準法に抵触する背景となっていることから、夜間における生活支援が十分に行えるよう報酬基準を大幅に引き上げ、施設入所支援の実態に見合った人員配置基準を定めるべきである(表3~5)。

表3 デイケアの単位ごとの利用者および介護従事者数

グループ名 アトリエ ウォーキング 大地 創作 アトリエ3―1 アトリエ3―2 ショートステイ空床型 看護師その他 合計
利用者数 11 11 10     50
介護従事者数
(常勤換算)
2.2 2.0 2.0 6.1 2.9 1.9 2.0 1.9
1.7
22.6

表4 ナイトケア(ユニット)の単位ごとの利用者および介護従事者数

  夜勤者
(専門)
ユニット
(アシスタント)
合計
ユニット名 1丁目 2丁目 3丁目 4丁目 6丁目 7丁目 8丁目      
利用者数 5人 6人 6人 7人 5人 6人 5人     40人
介護従事者数
(常勤換算)
7.1 1.2 2.4 10.7
夜勤配置数 (2)

表5 スタッフの勤務時間帯

    10 11 12 10 11  
ユニットスタッフ   勤務時間   勤務時間  
ユニット夜勤 勤務時間   勤務時間
デイスタッフ   勤務時間  

同法の主旨はこの昼夜の分離にこそあるのではないか。従来の入所施設を明確に日中活動の場と分離し、より手厚い居住施設として位置づけることによって、漫然とした運営を続ける旧態依然とした入所施設を国の言う「真に必要な施設」に転換させる必須条件になると考える。

横手通り43番地「庵」の誕生

当法人はわが国の幾多の先達の実践に学び、この7年間、知的障害者入所施設における小舎制ユニットケアと職住分離に取り組んできた。「今できること」「今しなければならないこと」に取り組んだ手ごたえは十分に感じることができた。入所施設が現実に果たしている役割機能を踏まえ、現実的な視点に立って最重度者・強度行動障害のある人たちがどのような毎日を送るのがよいのか、現行制度の枠組みの中で、その生活の質を高めるために何がどこまでできるのか、施設運営のすべてを当たり前という視点で捉えなおし、形にしていったときに、横手通り43番地「庵」が生まれた。

これからの居住施設

「庵」が究極の理想というわけでは無論ありません。しかし現行の入所施設の枠組みの中でも「庵は措置制度の時代に開設した」ここまでできるという可能性を「かたち」にして見せることができたのではないか、発想の転換と柔軟な運営に徹することで、入所施設を「必要悪」と言わなくて済む、利用者本位のものに変えていくことは可能であり、それがわが国の現状に合った有効な方法論ではないかと考えている。

これからの福祉施設は「親亡き後」ではなく、最重度者や強度行動障害等のある人、より高度な支援を必要とする人たちへの居住生活支援の場としてのセーフティネットであり、その自立生活の拠点としての機能を明確にしていくことが必要である。障害者自立支援法の理念を踏まえ、完全小舎制という居住環境(ユニットケア)を標準化し、分譲方式やサテライト方式によってさらに施設の小規模化を図ることができれば、日本型の良い施設福祉が実現できるのではないかと考える。

新体系の移行については、こうした条件整備や法の見直しをした上で、十分に時間をかけて、進める必要がある。現在の入所施設の状況を一事業者の責任に帰してはならない。入所施設は時々の社会の要請を受け、その役割を果たしてきたのであり、北欧の国々が数十年掛けて脱施設化をしてきたように、急激な改革を押し付けるのではなく、利用者にしわ寄せが行かないよう建設的に、信頼感を大切にしながら移行を進めていかなくてはならない。

施設 種別 指定障害者支援施設 横手通り43番地「庵」(平成18年10月新体系移行)
区分 施設入所支援・生活介護 人員配置1.7:1 平均障害程度区分5.5以上
施設の概要
(短期入所を含む)
  1. 利用定員
    • 入所支援40人
    • 生活介護50人(40人は入所・10人は通所)
  2. 居室 全個室
  3. 日中活動の場
    • 隣接他市の中心街の商業ビルの2階1フロア(賃貸)約350m
    • 施設内多目的ホール・スヌーズレンルーム100m
    • 農園 約4000m
  4. 専ら介護に従事する職員数(常勤換算)
    • 支援職員
       33.3人(重度障害者支援加算のための加配を含む)
       1.7:1の場合、必要な職員数は29.4人
       デイ22.6人 ユニット10.7人
施設の特色
  1. 強度行動障害者・最重度者を受け入れる(地域福祉推進のセーフティーネット)
  2. ユニットケア実施(5~6人単位・完全分棟・完全個室)~ユニットスタッフ(住込み)配置
  3. 日中活動分離(場所も人も別)~デイスタッフの厚い配置
    遠い作業場所(日中はほとんどの方が施設外)
  4. 暮らしの営みのある毎日 ~プログラムで動くのではなく、五感に届く営みのサインに促され能動的に暮らす
  5. 週末帰宅実施~家族と連携・残留者の余暇の充実
  6. 施設全体がスヌーズレンルームに象徴される癒しの空間
  7. 臭いのしない施設~徹底した掃除
  8. ローテーションのない勤務
  9. 駅から徒歩圏内
  10. 遮音性の高い良質の建物
【強度行動障害とユニットケア】
○障害の重い人でも介護されているという受身な部分をできるだけ少なくすることで、能動性を引き出し、高め、利用者のエンパワメントの上に成り立つ生活を実現することが、ユニットケアの目的である。小規模で構造化された生活感のある住環境、利用者とスタッフとの程好い距離感、人と場所を変えての職住分離、週末帰宅による地域や家族との絶え間ない交流、という施設の運営コンセプトによる環境調整によって、困難な障害状況にある人達も、その複雑に絡んだ問題の糸が少しずつ解きほぐされ、問題となる行動が激減してきたことは特筆される成果であると考える。最重度者や発達障害等に起因した環境に対する不適応に苦しむ人たちへの自立支援やその行動の変容に向けての取り組みは、こうした小舎制によるユニットケアの施設でこそできるプログラムである、と確かな手応えを感じている。しかしながら、根本的な問題として、彼らの持つ耐性の低さは依然として残る問題であり、長期にわたり手厚い人的・物理的環境支援を必要としている。

(ひぐちゆきお 社会福祉法人京都ライフサポート協会 横手通り43番地「庵」施設長)