音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年6月号

障害者の「働く・暮らす」を考える
~障害者支援施設(入所施設)・就労支援事業所から~

叶義文

1 はじめに

昨年は百年に一度といわれる未曾有の経済不況の発生により、人々の雇用や生活に深刻な影響を与えた。その影響は、日頃より厳しい状況にあった障害当事者をはじめ、福祉施設や家族にも及んでいる。そのような状況の中、昨年度より障害者自立支援法施行後3年目の見直し議論が行われ、今年4月、新体制の下でのスタートが切られた。

ここ数年の度重なる制度変更と制度の複雑さゆえ、混乱と戸惑いを感じている事業所は多いことと思う。分かりやすい制度を目指すはずが、報酬体系だけをとってみても、本体報酬に加えて多くの加算が設けられ、細かい内容は分かりにくく複雑である。さらに、その加算についても1割負担が発生し、軽減措置はあるものの、事業所が加算を取れば、利用者の負担が高くなるといった何とも言えない矛盾した制度となっている。

最も残念だったことは、今回の制度変更では、「所得保障問題」「負担金問題」「就労支援のあり方」「住まい」「障害程度区分」といった本質論については、ほとんど手付かずの状態で先送りとなってしまったことである。

2 大牟田恵愛園の新体系への移行とその方向性

大牟田恵愛園は26年前に重度身体障害者授産施設(定員50人)として、大牟田の中心地から車で15分ほどの山の上に作られた。我々の20数年前からの願いは、施設が人里離れた山の上にあるのではなく、地域社会の中心に位置し、地域で共に暮らしていける状況を作っていくことであった。今回、我々が早い時期に新体系への移行を決意したのには、こういう願いがあったからであり、次のような理由によるものであった。

(1)「山の上の施設から地域へ」という思いの実現

(2)就労支援として、弁当事業に加えて、新たにレストラン・ショップ事業を立ち上げ、地域の人たちとの交流の中で、賃金保障ができる体制作り

(3)一般就労を目指す事業、継続的就労の場、生活介護等、事業の目的がはっきりしているので、各事業の充実に向け、迷わず全力で取り組める体制作り

(4)地域移行を希望する人たちの思いを実現するための住まいの場(福祉ホーム)作り

(5)生活介護事業を行い、夜勤体制を整えることにより重度障害者への支援の充実

(6)旧重度身体障害者授産施設では、支援費制度のスタートから毎年報酬は減り、約2000万円の減収

このような思いのもと、2007年1月、図1のように大牟田恵愛園は新体系に移行し、新たな事業所「たんぽぽ」・「福祉ホーム(つくしんぼ)」の新築(土地や建物のほとんどは自己資金または借り入れ)に踏み切った次第である。

図1 障害者自立支援法の下での新体系への移行
図1 障害者自立支援法の下での新体系への移行拡大図・テキスト

3 障害者の就労

新体系への移行における新たなチャレンジの一つは、就労継続支援事業A型を始めたことである。「A型」では、労働基準法適用のもと、障害者との雇用契約を結ぶ。仕事の内容は、弁当、レストラン事業等で、現在、時間給675円(1日5H)の賃金を支給している。

また、就労継続支援事業B型では、クリーニング事業、弁当・レストラン事業を中心に、月額約3万円の工賃を支給している。「B型」で働く人も、誇りを持って働き、年金と合わせて地域生活が可能となるような工賃支給(具体的には最低賃金の3分の1〈月3万~4万円程度〉以上)を目指して取り組んでいるところである。

できるだけ高い賃金・工賃を支払える体制にしていくため、工賃水準ステップアップ事業への参加や中小企業診断士との契約(3年前から)による経営改善、品質の向上、営業力強化等々に取り組んでいるところである。しかし、まだ黒字体制には行き着かず、さらなる事業振興が求められている。

もう一つのチャレンジは、「たんぽぽ」での就労移行支援事業の取り組みである。就労移行支援事業は、相談から始まり、基礎訓練、職場開拓、実習、マッチング、就職、職場定着と、2年間という期限(最長3年)の中で一般就労につなげ、職場定着させていくための事業である。基礎訓練の内容としては、清掃、クリーニング、調理・食器洗い、事務、販売、軽作業等であり、その訓練により働く習慣や職業人としてのマナー・ルール等を習得し、実習につなげていく。

担当スタッフには、一般就労・職場定着支援までの各プロセスにおける専門性が求められるばかりでなく、本気になって取り組んでいくことが重要である。また、障害者就業・生活支援センター、相談支援事業所、ハローワーク、行政等、各関係機関とのネットワークをいかに作っていくかもこの事業の重要なカギである。

4 3障害の受け入れ

大牟田恵愛園では、新体系への移行と同時に3障害の利用者を受け入れるようになった。もともと身体障害者の施設であったが、重複の知的・精神障害者も利用していたので、3障害の受け入れには、さほど抵抗はなかった。それでも、移行前には「知的・精神障害者の支援について」というテーマで専門施設の職員や相談支援事業所等から施設に来ていただき、職員対象の学習会も数回実施してきた。

「その人としっかり向き合い、受け入れること」この基本さえしっかり押さえておけば、大丈夫だろうと甘い考えを持っていたのだが、実際受け入れてみて、知的障害者の強いこだわりやパニックに対する対応、その受け入れができない利用者同士のトラブル、うつ・そう状態の時の関わり方や幻聴に対する対応等、どう向き合えばいいか結論が出ず、頭を抱えてしまうことも少なくない。しっかり向き合ってきちんと話せば通じるだろうという思い込みは、ことごとく打ち砕かれたように思う。一方、仕事の現場では、障害の特性等の違いにより、得意分野(細かい仕事が得意な人、力仕事が得意な人、持続力がある人等)が異なり、作業工程の中で協力しながら仕事を行う場面も見られる。

3障害の利用者を受け入れる施設となり、問われること、考えさせられること、教えられることの連続である。しかし、それは決してよくない状態ではなく、人と人とが共に生きていく上で重要なことのように思える。そういう意味でも、今の状況を前向きに受け止め、利用者としっかり向かい合っていくことができればと思っている。

5 障害者の住まい(障害者支援施設より)

入所施設である大牟田恵愛園で、これまで議論してきたことは、地域社会から離れた場所に、障害者だけが集められ生活せざるを得ない状況、そして4人部屋でカーテン1枚のプライベートの中、家族でもない初めて出会う人たちとの共同生活を強いられるという状況は改められるべきであること。また、働く場と暮らす場が同一敷地内で、毎日24時間、同じ人と顔を合わせて暮らさなければならないことの問題性であった。そのような中、私たちが目指してきたことは「障害があろうがなかろうが地域社会の中で共に暮らしていける社会を実現していくこと」であり、「施設生活から地域生活への自立支援」であった。

このような理念を持ちながらも、今回の障害者自立支援法の「地域移行の考え方」には強い違和感を覚えてしまう。それは、地域移行と叫ぶ一方で所得保障問題は棚上げ、負担金は増え、ヘルパーの利用時間制限が設けられ、地域生活の要であるはずの相談支援事業所は市町村事業のままで、財源的保障もない。地域生活移行と叫びながら、地域生活の基本となる体制作りが欠落していると言わざるを得ない。

本来「暮らし」を考える際に重要なことは、その人が「どこで、だれと、どういう暮らし」を希望(選択)するのかということである。そのためには、選択できるだけの住まいが必要であるし、本人の意向を尊重した上で、ケアマネジャー(第三者等)の介入も視野に入れ、その人に適した暮らしの場を検討していくことが重要である。

6 課題と今後の展望

「一人一人の尊厳が守られ、社会の一員として当たり前に働き(活動し)、暮らしていける社会の実現」私たちの目指すところはここにある。この視点から、障害者の就労における課題と展望については考えるとき、次のようなことの解決が急務である。

(1)一般就労を進めること

  • 日本の法定雇用率は1.8%で、ヨーロッパ諸国と比較してあまりにも低すぎる(フランス6%、ドイツ5%、オーストラリア4%、韓国3%)。
  • 日本の場合、重度障害者を雇用すると2人分がカウントされるので、実質の雇用状況は平成19年で1.14%に過ぎない。

(2)働くことを希望するすべての人が一般就労できるわけではない。一般就労は難しいが、働くことを希望する人たちが相当数存在することをまず認識すること

(3)一般就労が難しい人たちの「働く場」として、就労継続支援事業B型を明確に位置付け、そこで働く人たちへの賃金保障体制を確立(賃金補填等)すること

(4)企業や官公需から授産施設等へ適正で安定的な仕事が入る仕組みを作ること

  • 企業から授産施設等に仕事を出した場合の税制優遇制度、みなし雇用制度の創設
  • 企業が障害者を雇用したり、授産施設等に仕事を出した場合の公契約の優先制度の実施
  • 米国(NISH)が国を挙げて実践しているような官公需優先発注システムの確立

一般就労を目指す人たちへの支援は重要な課題である。しかし、決して「一般就労至上主義」であってはならない。一般就労、就労継続支援事業、授産施設等、どこで働こうとその人が誇りを持って働き、地域社会で暮らしていける賃金が保障されることが重要である。

先月、我々の法人では「グループホーム・ケアホーム設立に向けた検討委員会」を立ち上げた。施設入所者の地域移行や、高齢化した家族との同居生活からグループホーム等への移行等を実現していくためである。入所施設においては、少しずつ入所定員を減らし、グループホーム・ケアホーム・公営住宅等での暮らしに移行できればと願っている。

「働く・暮らす」というテーマは、人が生きていく上で欠くことができない重要な課題である。障害者自立支援法施行後3年の見直しが終わり、その最も重要な本質論が棚上げされている状況の中、次の改革が目の前に迫っている。その改革に向けて、今度こそ財源論だけに振り回されるのではなく、真に人権の視点に立ち、現場の実態を正確に把握した抜本的改革となることを切に願いたい。

(かのうよしふみ 社会福祉法人キリスト者奉仕会 大牟田恵愛園施設長)