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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年6月号

1000字提言

手の中の読書

高橋玲子

全盲の私は、これまでずっと音訳(朗読)図書があまり好きではありませんでした。肉声で読まれる音訳図書には、どうしても読み手のカラーや解釈がにじんでしまうからです。登場人物の雰囲気や声、作品全体の風合いなど、読み進めながら自分のイメージを創りあげていく楽しさは何にも代えがたいし、音訳図書では、もしうっかり途中で眠ってしまったら、あとでその位置まで戻るのもたいへん。読み進める速度もあまり自由にはならないし、大切だと思ったところに印をするのも難しい……などなど、さまつな理由はたくさんありました。

ところが、そんな私の長年の価値観に、最近大変革が起こりました。片手に収まる、とても小さな音訳図書再生機が登場したのです。iPodほどスマートではないけれど、液晶画面の無いバー型携帯電話のような外観のその機器には、扱いやすく工夫された種々の操作ボタンが配置され、手にはとてもやさしく、まるで楽しいおもちゃのような質感です。

インターネット上には、全国の点字図書館の蔵書を検索できる、会員制の電子図書館があります。作成されている音訳図書のデータは、真夜中でもパソコンで「オンラインリクエスト」すると、全国どの点字図書館にあっても、たいてい数日中に家のポストにCD-Rが届きます。最近では、直接データをダウンロードできる音訳図書も増えてきました。

そのようにして入手した図書たちを、パソコンを介してこの小さな再生機に保存すれば、それはもうどこへ行くにも私と一緒。これまでは、本1冊分だってなかなか持ち歩けなかったのに、望めば50冊分のデータだって片手の中に収めて、自由に選び聴くことができるのです。このデータはDAISYという特別の形式でできていて、一般のCDプレイヤーなどでは聴けない代わりに、好きなページに飛んだり、項目ごとに移動したり、しおりを付けたり、再生速度を変えたりなどなど、読書をたやすくしてくれるさまざまな操作が可能です。

そんな便利さに惹かれ、しぶしぶ音訳図書に親しむうちに、私はこれまで毛嫌いしていた読み手の方たちのさまざまなカラーに魅力を感じるようになりました。多くの場合、そこには作品への愛があり、音訳の喜びがあり、良い音訳をしようとする静かな意気込みがあり、生身の「人」が生きています。

電子化された点字図書をダウンロードし、点字ディズプレイで読みながら、それを点訳してくださった方たちの存在を想うことさえ忘れかけていた最近の私。新しい小さなおもちゃを通して、自分の読書環境が、いかに多くの方たちの愛と努力に支えられているかを、とても温かな形で思い出させていただきました。

(たかはしれいこ (株)タカラトミー社会環境課)