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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年8月号

生活不活発病(廃用症候群)
―ICF(国際生活機能分類)の「生活機能モデル」で理解する

大川弥生

1 生活不活発病(廃用症候群)とは

廃用症候群とは学術用語であり、廃用によって生じる全身の体や頭の働きの低下をいいます。

しかし「廃用」という表現は難しく、耳で聞いただけでは分かりにくいと思います。これは(体の機能を)用いない・使わないこと、すなわち生活が不活発なことの意味です。

また「廃」という字が分かると、「廃業」「廃棄物」「廃人」などの言葉が連想されて、当事者には不快感をもたれる方が少なくありません。

さらに内容的にも「用を廃した」(全く使わなくなった)場合のみに起こるものであって、軽度あるいは中等度の使用低下ならば起こらないかのような誤解をまねく危険もあります。

そのため、「生活が不活発」という原因と、予防・改善には「生活の活発化」が鍵ということが分かりやすい「生活不活発病」という用語が適切と思われます。現にそのような用法が公的な文書においてもしばしば見られるようになってきています。

2 予防し改善できるもの

「使わない機能は衰える」というのはいわば常識ですが、それが及ぶ範囲が思いも及ばないほど広く、また低下の程度も驚くほどに大きいのです。

「障害があるから(仕方がない)」、「年だから(衰えてきた)」、「病気だから…」と思っていることが「生活不活発病のためではないか?」、「(少なくとも)それが加わっているのではないか?」と考えてみてください。

「生活が不活発」なことが原因なのですから、「生活不活発病」が生じることは「仕方がない」ものではなく、防げるし、起こっても、早く正しく対応すればよくできるものなのです。

3 Aさんの場合

生活不活発病とはだれにでも起こるものです。たとえば、50代はじめのAさんは、脳性マヒで近距離の屋外歩行はできていました(遠距離は車いす)が、風邪をひいて2週間ほど寝こみ、やっとよくなって起き上がろうとすると目が回り、立って歩くとふらつくので「まだ治っていない」と思い、また寝てしまいました。

そのうちに、足腰が弱くなって、動くと息が切れ、トイレに行くのも困難なぐらいになってきました。

これが生活不活発病の状態です。起き上がろうとして目が回り、立ってふらついたのは起立性低血圧(長く横になっていた後に急に起きたために血液が足の方に下ってしまい、頭に行く血液が少なくなって、脳貧血、つまり強い「立ちくらみ」が起こること)、足腰が弱くなったのは筋力低下、息切れは心臓や肺の機能の低下です。これは風邪という病気のせいではなく、生活が不活発になったことが原因です。

同様のことは手術後の「安静」の後にもみられますし、障害のある児童が夏休になると動く機会が減って歩行障害が悪化したりすることもあります。

4 生活不活発病の諸症状

表1に生活不活発病の主な症状を示しました。これは生活機能の3つのレベルのうち、「心身機能」に属するものです。ここで問題なのは、表の1「体の一部に起こるもの」のうち、関節拘縮(「関節が固まる」こと)や筋萎縮(「やせほそる」こと)などは比較的知られていますが、2「全身に影響するもの」や3「精神や神経の働きに起こるもの」はあまり知られていないことです。

しかし実際にはこれら2、3に属するものも重要です。特に2の1の「心肺機能低下」はフィットネス、すなわち耐久力を中心とした総合的体力が低下することであり、生活不活発病の初期症状の一つである「疲れやすさ」もこれが主な原因です。

また3の1~3などのように周囲への関心や知的活動が低下したり、あるいは「うつ」傾向が起こることで、一見「認知症(痴呆)」のように見えることさえ起こるのです。

このような多様な症状があまり知られていないため、生活不活発病が発生していても気づかれないでいることも多いものです。また一部の症状にだけ注意がかたよって、対応としても筋力増強や関節可動域訓練など特定の「心身機能」への対応に限られがちとなって、生活不活発病全体には適切な手が打たれていない場合が多いのが問題です。また生活不活発病の発見のためには、これらの症状がはっきり出てから気がつくのではなく、生活が不活発であれば生じているはずという観点で探すことが大事です。

表1 生活不活発病(心身機能)

1.体の一部に起こるもの 2.全身に影響するもの 3.精神や神経の働きに起こるもの
  1. 関節拘縮
  2. 廃用性筋萎縮・筋力低下・筋持久性低下
  3. 廃用性骨萎縮
  4. 皮膚萎縮(短縮)
  5. 褥瘡(床ずれ)
  6. 静脈血栓症
    →肺塞栓症、など
  1. 心肺機能低下
  2. 起立性低血圧
  3. 消化器機能低下
    a.食欲不振
    b.便秘
  4. 尿量の増加
    →血液量の減少(脱水)、など
  1. うつ状態
  2. 知的活動低下
  3. 周囲への無関心
  4. 自律神経不安定
  5. 姿勢・運動
    調節機能低下、など

5 ICFで理解する

生活機能はICF(WHO・国際生活機能分類)の基本概念で、本誌でも本年3月号でICF―CY(ICF児童版)との関係で簡単に述べました。生活不活発病を理解するには、この「生活機能モデル」に立って考えることが有効です。そして逆に、生活不活発病を例として考えることで生活機能の理解も深まることになると思います。

(1)障害の3つのレベル

ふつう一言で「障害」といいますが、実は「障害」(ディスアビリティ)とは「生活機能低下」のことであり、それには生活機能の3つのレベル(図1の「心身機能・構造」「活動」「参加」)の各々についての心身機能の低下、活動の低下、参加の低下があります。その3つを全部包括したものが「障害」であり、この3つを区別することが重要なのです。

図1 生活機能モデル(ICF、2001)
図1 生活機能モデル(ICF、2001)拡大図・テキスト

たとえば、表1に示した生活不活発病の症状は「心身機能レベル」の低下です。Aさんのトイレへの移動が難しくなった状態は「活動」の低下です。就労や趣味を楽しんだり地域参加等が難しいことは「参加」の低下です。

(2)健康状態(病気・外傷)でなく「活動」の低下が障害を生む

一日の中で私たちは、身の回り行為や、家事、屋外歩行、スポーツや仕事のときの動作等さまざまな生活行為(「活動」)を行います。その「活動」の合計・総和が「生活の活発さ」です。

生活不活発病の原因である「生活の不活発さ」はこの「活動」の低下です。これは図1中央に位置する「活動」の低下から左の心身機能の低下が生じるということです。

一般には病気・けがなどの「健康状態」(図1の最上段)が原因となって「心身機能」(中段左)の低下が起こり、それが「活動」の低下を起こし、そしてそれが「参加」の低下を起こすというように考えられがちです。しかし、生活不活発病の場合には、あくまでも「活動」の低下が原因となって「心身機能」の低下が起こるのです。「生活の不活発さ」が起こる原因はいろいろですが、中には一見「健康状態」が原因のように見える場合もあります。たとえば、「病気の時には安静第一」という「通念」で、安静をとりすぎたことによって生じることも多いのです。しかし「健康状態」はあくまでも「活動」の低下を生じた「誘因」なのであり、本当の原因ではありません。

生活の不活発化の原因としては、この他にたとえば、「年だから……」と考えて生活を「消極化」させ「活動」の「量」が低下することもあります。

また「一人暮らしになる」「退職」「転居」「特別支援学校からの卒業」「災害」といったことが「参加」レベルの変化の契機となって、外出や社会生活上行う「活動」が激減し、生活全体が不活発化することもあります。

この「参加」の低下には「環境」の影響が大きく、先に述べたような人的・社会的な環境の変化が誘因となることがかなりみられます。

(3)予防できる障害(生活機能低下)

このように生活不活発病においては「健康状態」(病気・外傷)という生活機能の「外」のものが障害(生活機能低下)を起こすのではなく、生活機能の一部である「活動」の低下によって、他のレベルの生活機能低下が生じるのです。ですから、予防・改善のためには直接、生活機能(特に活動・参加)へ働きかけることが必要なのです。

このように生活不活発病を、健康状態が原因となって起こる生活機能低下とは別の、「直接予防できる生活機能低下」として認識することが大事です。

(4)生活機能低下の悪循環

生活不活発病の大きな特徴は、一旦起こるとあたかも大きな雪の玉が坂を転げ落ちながら大きくなるように、「悪循環」を起こして進行していくことです。

つまり、生活不活発病は、単に「心身機能」が低下するだけではなく、それが「活動」や「参加」にも大きく影響し、それらを低下させます。そしてこのような「活動」や「参加」の低下が、生活をますます不活発にし、それが生活不活発病を一層悪化させ、ますます「心身機能」を低下させるのです。

(5)生活機能低下(障害)のある人は生じやすい

生活不活発病はすでに何らかの生活機能低下(特に「活動」低下)のある人には生じやすいものです。

障害のある人はふつう「活動」の何らかの制限を持っていますから、極力生活の活発さを保ち、生活不活発病を予防する努力や工夫が必要です。

(6)予防・改善は、当事者と専門家の共同作業で

生活不活発病の予防・改善の基本は「本人が選んだ、生きがいのある生活を送っていることで、自然に生活も活発であること」です。「自分にとっての活発な意義ある生活とは何か」という点で当事者本人の、特に「参加」レベルについての、希望や価値観が大きく反映されるべきものです。決して個別的心身機能に対応することが基本なのではありません。

そして、どのようにすればそのような生活・人生が送れるように「活動」・「参加」の向上・充実が実現できるのかという技法やプログラムを工夫するのが医療・介護・福祉などの専門家です。このように、生活不活発病の予防・改善は本来、当事者と専門家との二人三脚・共同作業で進めるべきものです。

しかし、現在専門家の間でも生活不活発病(廃用症候群)についての認識は残念ながらまだ不十分です。また当事者との共同作業に積極的な専門家もまだ少ないことが問題です。

これまで病気や障害の予防・改善とは、健康状態や心身機能レベルがターゲットであり、対策や働きかけもそれらが中心と思われがちでした。しかし、生活不活発病では「活動」「参加」を中心とした生活機能への働きかけが不可欠です。このような「生活機能重視」というかなり根本的な考え方の変換の必要性を示しているところに、生活不活発病とICFの「生活機能モデル」が示す基本理念の間との深い結びつきをみることができると思います。

(おおかわやよい 国立長寿医療センター研究所生活機能賦活研究部部長)

【参考文献】

・大川弥生:新しいリハビリテーション;人間「復権」への挑戦、講談社現代新書、講談社、2004.

・大川弥生:「よくする介護」を実践するためのICFの理解と活用;目標指向的介護に立って、中央法規出版。2009.