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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年8月号

障害者のフィットネス

伊佐地隆

障害があるとフィットネスが困難になり、そのままにすれば廃用症候群という「体力が病的に低下した状態」を生ずる。逆にフィットネスに心掛ければ体力が向上し、健康を保つことができる。果たしてそうであろうか。ここではフィットネスを「健康の維持、増進を目的とした運動」という意味で用いて論を進める。

1 体力、障害、そしてフィットネス

人が体を動かすということを、体力の観点から整理してみる。体力は、体格、筋力、持久力、敏捷性、平衡性などと要素に分解されて表現されることが多い。しかしどんな体力測定をするときにも、ほとんどの場合が体の動き(身体運動)を介して表現されたものを、さまざまな手法で数値化するものである。たとえば50m走は、全力で(体のすべての要素を動員して)50mを走ったときの時間を測定して8秒5などと表す。最終的な表現としての体の動きを、体力の要素を立体構造化して表すと図1のようになる(図の説明参照)。

図1 体力の立体構造
図1 体力の立体構造拡大図・テキスト
人の存在や、人と人との関わりは、最終的に「体の動き」を介して表現されるもので成り立つ。
目に見えたり体で感じたりする動きを生ずるところは、四肢や内蔵器官などである。その動きを調節するのが神経系で、動きを持続させるのが呼吸循環系である。
さらに動き全体の環境を調節したり保持したりするのはホルモンや自律神経を介したもので、内分泌系、代謝系、免疫系であろう。
そして動きの原動力(時には抑制力)とも言えるのが欲求(本能・生物的レベル)から希望や理想(実存レベル)までの精神の働きである。
外部環境の変化は感覚系を通して各要素、各次元に影響する。
「体の動き」は、これらが一体となって働いた結果である。
体力は、最終的に「体の動き」を介して表現されるものを測定して得られた指標である。

この図で考えると、体力を要素に分解してとらえようとしても、実際には多くの要素が統合されたものを見ていることが分かる。つまり体力は部分が統合された全体である。これまでの体力の概念をみても、「ひとが生きていくために必要な身体的能力のすべてを含む総称」「(有酸素的)作業能力を体力とみてよい」などとしており、総体としてみるものという考え方には異論はないものといえる。

一方障害は、身体の臓器、器官が疾患や外傷によって損傷された場合に現れる症状である。骨折すれば運動の出力が低下し、脳卒中などで脳が損傷されれば運動の調節ができなくなり、心筋梗塞で心機能が低下すれば運動の持続ができなくなり、糖尿病で疲れやすくなったり、うつ病で動かなくなったり、である。これを図1にあてはめてみると、結果的にどこかに障害があると、そのために体の動き全体に影響が及ぶことがわかる。

図1に表した5つの要素を運動出力機能、運動調節機能、運動持続機能、身体環境調節機能、運動発動機能として、図2のように、ある程度伸縮する5つの容器に置き換えて模式化してみる。そしてこの容器に水を貯めていく過程を「運動負荷」とみなし、貯まった水の量を「体力」とみなす。こうしてみると障害により一番機能が低下した部分が体力を決定する、つまり障害があるだけで体力の低下をみることが分かる。さらに低下した部分がその他の部分の足を引っ張って徐々に低下させていくような図式をイメージすることもできる。障害のある人に生じやすい廃用症候群は、低下した部分に引っ張られて全体が低下してしまった状態といえる。

図2 運動の限界と各機能の関係を表す模式図
縦棒グラフ 運動の限界と各機能の関係を表す模式図拡大図・テキスト
体がもつ機能を.最下部に交通がある、5つの各機能を表す容器とみなす。
障害がある場合はその容器が小さくなるとする。ここに運動負荷という注水を行うと考える。最小の容器から水が溢れ出し,そこが最大能力を規定する。

しかし、逆に低下していない部分が総力で低下した部分を引き上げる可能性も考えられる。障害のある部分を持ちつつも、優れた部分を最大限に利用して劣った部分を補って、全体として身体の機能を再構築していくことが、障害者の“フィットネス”と考える。

障害のない人は体力が低下しても、相対的に苦労なく身体の機能を再構築できるが、障害のある人は障害のためにそれがむずかしいので、フィットネスにより気を使わなければならない。

2 障害の種類によってフィットネスに違いはあるか

一言で障害といってもその種類はさまざまである。分類の仕方はいろいろあるが、運動負荷を考えていく観点で次のように分けると分かりやすい(図3)1)

図3 運動(負荷)から見た障害の分類
図3 運動(負荷)から見た障害の分類拡大図・テキスト

まず、いわゆる運動器の障害を有する1.運動障害群(主として肢体障害に相当)、運動負荷に対する障害としての2.運動負荷リスク群(主として内部障害に相当)、運動の発動に関する障害としての3.発動障害群(主として精神障害に相当)の3群に分ける。次に運動障害群を、運動(負荷)時、1.完全に健常部分だけで運動可能な群(脊髄損傷対マヒ、切断など)、2.健常な部分と障害のある部分両方を使って運動する群(脳血管障害片マヒの歩行、頚髄損傷の上肢運動など)、3.健常部分がなく障害部分だけで運動せざるを得ない群(多発関節疾患、多くの脳性マヒ、神経変性疾患など)の3群に分ける。そうすると、運動そのものには障害をもたない聴覚・視覚障害などを含めて図3のようになる。

1―1に属する対マヒや下肢切断は、健常部分を使った上肢エルゴメータや車いす駆動が、最もやりやすいフィットネスとなるが、マヒ部分の強化にはならない。1―2に属する片マヒの歩行は、フィットネスでもあるが下肢の筋力を高めたりマヒの回復を促進したりするものでもある。逆にマヒ側下肢がフィットネスの阻害になりがちでもある。脳性マヒなど1―3の場合は、運動は巧緻性を確保する意味だけになり、フィットネスにならないこともある。2の内部障害の場合は、肢体の運動をもって二次的に障害された臓器・器官の耐用能を高めるものである。過負荷にならないように注意が求められる。3は前頭葉障害やうつ病などが考えられるが、いかに運動を促すかに精力をつぎ込むことになる。それでも廃用を予防するのが精一杯でフィットネスまで高められないことが多い。

このように障害の種類によってできる運動が異なり、フィットネスの意味づけに違いが出るが、そうはいっても、その人ができる運動をもってフィットネスとして役立てるしかないことも事実である。その人にとって一番やりやすい運動を選択するのがよいだろう。

3 障害者が体を動かせる場所は

ここまでにみてきたように、障害があると運動が十分なフィットネスにつながりにくいことが分かる。しかも運動したくてもその環境が十分に保障されていないという現実もある。

障害者が体を動かせる場所は今のところ限定される(表)2)。病院、自立支援施設、養護学校などではスポーツ訓練や体育の授業としてフィットネスの機会はあるが、利用に期間的、年齢的制限がある。介護保険のサービスは該当者であれば希望する限り利用でき、比較的自立度の高い人たちには、介護予防の誘導で“パワーリハ”などのフィットネスが入り込んだが、要介護度が高い人たちに何をしたらよいのかはあまり考えられていない。

表 障害者が運動できる場

病院
自立支援施設
通園施設・養護学校(こども)
介護保険 通所リハビリテーション
通所介護
新予防給付事業
介護予防事業
地域保健センター
地域福祉センター
スポーツ施設(公共・民間)
アウトドア

地域の保健福祉施設、スポーツ施設はもっともっと障害者に使いやすくなるべきだと考えるものであるが、利用者の調査からみえてくる問題は、アクセスと施設の設備環境と指導者である。移動に困難を伴う障害者にとって、身近なところに運動できる場所がないとフィットネスへの動機が生まれにくい。そして行ってはみたものの障害のあることで敬遠されたり、物理的バリアによって使いにくかったりすれば、やはり始める気にはならない。さらにいざ条件が整っても、障害に応じた運動やスポーツ種目は何がよいのか、どんなふうにやったらよいのか、指導してくれる人がほとんどの施設にいないなど、身近なところでいつでもというには程遠い現状である。

4 障害者のフィットネス

(1)効果はあるのか

在宅で生活をしている、ADLが定常化した慢性期の脳血管障害者を対象とした研究において、運動(スポーツ)によって体力指標は改善することが示されている。例をあげると、筋力系では、等速度運動機器によるトレーニングで筋力は向上する、歩行量が多い人ほど下肢筋力は強い、水泳によって筋パワーが改善するなど。調整力系では、投球動作や卓球などでマヒ側下肢への体重移動が増える、各種のトレーニングを組み合わせて介入するとサイドステップが改善するなど。持久力系では、心拍数の上がるスポーツプログラムや、エルゴメータ訓練によって有酸素能力の指標が改善するなどである2)。また、とても効果が得られないと思われるパーキンソン病でも、ストレッチ体操、ビーチボールバレー、ダンスを継続することによって、指タッピング、歩行スピード、柔軟性が改善したという報告がある。

長期的には、運動の継続によって生活習慣病の減少や改善、平均余命の改善などが考えられるが、数や質において対象集団を設定しにくい障害者では、これに関するデータはまだ得られていないと思う。

(2)どんなことをすればよいのか、できるのか

では何をすればよいかであるが、簡単に言って体を動かすことであればなんでもよい。基礎トレーニングやマシントレーニング、各種の体操、歩行などから始まり、スポーツ種目であれば、いわゆる競技スポーツそのものをやることは困難でも、ルールや用具などを工夫すればいろんなことができる。卓球やバドミントンを座位でやったり、できる泳法で水泳をしたりという既存のスポーツをそのまま行うものや、グラウンド・ゴルフやボッチャなど新しく開発された障害者スポーツ、そしてレジャースポーツとしての乗馬やスキューバダイビングなど、できるものはたくさんある。

気が向かないものを無理にやる必要はなく、自分がやりたいと思い、楽しく感じられることを見つけられるとよい。

(3)どこへ聞けばよいか

じっと待っていても向こうからはやってこないので、ある程度自分で探したり、身近なリハビリテーション関係者に相談することになるが、まずは日本リハビリテーション医学会のホームページ(http://www.jarm.or.jp/)が参考になる。一般市民向けの「市民のみなさまへ」というコーナーの「もっと詳しく」というボタンから入ると、「障害者スポーツ」という項目がある。ここに障害者スポーツに関する情報がたくさん掲載されている。近隣のスポーツ施設か、各都道府県の障害者スポーツ協会へ問い合わせるのがよい。

5 障害者が動くことの意義

一般社会は障害のない健常者に向けて作られ、営まれている。その中に障害者がいなければそのまま過ぎていく。そこに障害者が参加して動くとどうなるか。たとえば一般のスポーツセンターを車いすの人が利用すると、導線からトイレ、更衣室など環境の不備が明らかとなり、変わるかもしれない。何度も行けばいつも一緒に利用する人ができてくる。苦労していると周囲の人が手助けをしてくれる。その中から健常者だけでやっているより障害者も一緒のほうが楽しいと感じる人が出てくるかもしれない。これはノーマライゼーション社会の始まりである。

障害者が体を動かすことはその人のフィットネスのみならず、このように社会を動かすきっかけにもなるのである。

(いさじたかし 茨城県立医療大学付属病院リハビリテーション科)

【参考文献】

1)伊佐地隆:障害者の運動と体力.特集「障害と体力」.総合リハ31:711―719、2003

2)伊佐地隆:脳卒中患者とスポーツ.特集「脳卒中患者とフィットネス」.臨床スポーツ医学23:1203―1216、2006

3)伊佐地隆:体力の測定:全身持久力について.講座「体力」.総合リハ35:887―894、2007