音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年8月号

気軽に活用できるフィットネスツール

宮地秀行

介護予防の事業化に伴ってトレーニングマシンがもてはやされたのは記憶に新しい。高齢者用、あるいは介護予防専用と称したマシンが紹介されたが、その後どれだけの施設が上手に活用できているのだろう?

我々のような障害者スポーツセンターでは各種トレーニングマシンを活用したフィットネストレーニングを指導しており、その結果、多くの障害者が日々マシンを利用してトレーニングに励んでいる。しかし、こうした機器がなければトレーニングが成立しないというのは間違っている。道具がなくても、工夫次第でトレーニングはできる。

先だって国民栄誉賞を受賞した女優森光子さんは70歳を超えてトレーナーからスクワット(膝の曲げ伸ばし運動)を教わり、以来毎日朝晩75回ずつ、計150回を続けているという。その成果が2000回を超える放浪記の上演記録に表れているのだろう。

トレーニングを実施する上で大切なことは、まず「明確な目標」と「日々の継続(運動の習慣化)」であり、トレーニングツールはそれを効果的、効率的に実践するために活用すべきものと考えたい。

本稿では、こうしたことを踏まえた上で、あらためて障害者のフィットネス(健康・体力づくり)を支援するツールをいくつか紹介してみたい。

【筋力トレーニング】

筋力強化を目的としたトレーニングマシンには、高齢者用に移乗しやすくデザインされたものや、車いすのままエントリーできるように座面が着脱式になっているものなど、ユニバーサルデザインを意識したものも紹介されている。

しかし、どんなマシンも多様な障害像に対して万能なはずがなく、たとえば体の変形、筋力の左右差、座位バランスの問題などがある場合はかえって問題を助長しかねない。そのような場合は、トレーニング用チューブを活用した方が余程効率的で効果的なトレーニングが期待できる。

「トレーニング用チューブ」はスポーツ店などで安価で手に入れることができ、目的とする部位や筋力によってチューブの強度が選べるようになっている。介護予防トレーニングの代表的な種目はほとんどチューブトレーニングで代用できる。

【ストレッチ】

筆者は経験的に、ストレッチ体操こそ多くの障害者にとって必要なトレーニングと考えている。関節可動域の維持という視点だけでなく、1日の活動の中で緊張を強いられる筋肉の疲労を除去し、動きやすいからだを維持することが大切である。特に腿の裏側やふくらはぎの緊張は、腰痛や歩行時の転倒の危険を高め、腰や背中の緊張は腰痛や肩こりの原因となる。立っているだけでも、椅子に座っているだけでも緊張して硬くなりやすいこれらの筋肉は、毎日のちょっとした体操でほぐしておきたい。

「ストレッチボード」はふくらはぎを伸ばすもっともポピュラーなツールで、病院などで経験した人も多いだろう。足首の角度が調節でき、自宅で気軽に利用できるものが市販されている。

「傾斜のついたトレーニングマット」は足を伸ばして座るだけで骨盤が立ち、腿や膝の裏側を無理なく効果的にストレッチすることができる。腹筋の運動なども比較的軽い負荷で行うことができる。からだの硬い人、筋力の弱い人に使い勝手の良い多目的のフィットネスツールである。

「ストレッチポール」もストレッチ&リラクゼーションツールとして紹介されている。不安定な円柱状のポールに仰向けに寝るだけで、背中や肩周囲の筋肉を緩めることができ、さらにいくつかの簡単な体操をすることで、正しい姿勢の維持に必要なからだの深部筋をトレーニングすることができる。

【有酸素運動】

有酸素運動は持久力を高めるだけでなく、生活習慣病の予防や改善に貢献する。スポーツセンターなどに設置された機器ではもっとも一般的で効率的・効果的なツールが「エアロバイク」であろう。最近よく見かけるようになったリカンベントタイプ(背もたれ付き)は、特に高齢者対応で開発されたものではないが、移乗がしやすく、座位バランスも安定する。

ぺダリングの際、片マヒなどでは股関節が開いてしまうため(外転)、踵がクランクに当たってしまうことが多い。我々はペダルにプラスチック装具の足底部を装着した特製ペダルを試用しているが、おおむね好評である。ストラップなども簡単に扱えるよう工夫すれば、多くの人が自立してトレーニングに励めるだろう。

ところで、みなさんは「ノルディックウォーキング」をご存じだろうか?ノルディックスキー選手のトレーニングをヒントに、フィンランドで確立した新しいフィットネススポーツで、ここ数年日本でも急速に普及している。スキーのストックに似た2本のウォーキングポールを使って体を押し出すように歩くウォーキングスタイルは、下肢関節への荷重負荷が軽減され、楽に歩けるという利点がある。また、正しい歩き方を意識することで、自然と背筋が伸び、姿勢や歩行バランスが改善されるといった特徴があり、リハビリテーションや介護予防の現場などでも導入され始めている。

このウォーキングポールを使い、「電車ごっこ」の要領で二人組になって腕を振って歩く。これを仮にタンデムウォークと名付けよう。これを生活習慣病が気になる発達障害の人とその保護者でペアを組み、保護者が後方から腕振りを促すようにしながら公園のウォーキングコースを歩いたところ、普段よりも歩幅が大きく、最後までペースを落とすことなく歩くことができた。同様に、全盲の視覚障害の人と一緒に、今度は介助者が前方に立って誘導しながら歩いてみると、道がフラットであれば狭い通路なども難なく通過することができ、しかも、普段経験できない軽快な腕振りウォーキングが体験できたとあって、体験者からはとても喜ばれた。たかがポール、されどポールである。

【その他のフィットネスツール】

横浜ラポールのフィットネスルームには、一般のスポーツセンターでは見かけない障害者用のトレーニングマシンが3つある。

1つは「手でこぐ自転車」。脊髄損傷など下肢の障害がある人の有酸素運動を目的に導入したが、肘の曲げ伸ばしや肩周囲の反復運動はマヒ側上肢の動きのトレーニングや肩こり予防になるということで片マヒの人にも人気が高い。

2つ目は「他動式ぺダリングマシン」。股関節や膝関節の拘縮を予防するとともに、下肢の血流を改善する。利用者からは胃腸の調子が良くなるという感想をよく聞き、リピーターが多い。同様のマシンは家庭用としてもいくつか紹介されている。

最後は「スタンディングマシン」。アメリカでは脊損者の3分の1は自宅に設置していると聞いたことがある。膝と腰の2点支持で立位姿勢を保つ。股・膝関節の拘縮予防、起立性貧血の予防、骨粗鬆症予防など、車いす利用者にとっての健康維持には大変重要な意味を持つトレーニングと言える。

【トータルフィットネス】

指導員の立場で言えば、障害者や高齢者の健康体力づくりを考えるとき、心の健康や社会参加という視点も忘れてはならず、そのためのアプローチも必要であろう。そして、こうした活動(トレーニング)をいかに楽しく継続できるか?ということが重要な課題であると考えている。

そういった点では、フィットネスの考え方の一つとして、仲間と一緒に楽しく活動する「リハビリテーション・スポーツ」の意義も見逃せない。日常生活にはないからだの動かし方、仲間との自然なコミュニケーション、それらが醸し出す新たな意欲や生活の充実感……。これこそトータルフィットネスの支援ツールといえないか?

横浜ラポールでもっとも人気の高い「グラウンドゴルフ」は、車いす専用クラブや杖代わりになる歩行補助具兼用クラブなどが市販されている。他のレクリエーションスポーツもユニバーサルデザインの考え方を取り入れ、だれもが参加しやすく道具やルールが工夫されている。こうしたレクリエーションスポーツを健康体力作りに活用するということも積極的に検討されてみてはいかがだろう?

(みやじひでゆき 障害者スポーツ文化センター横浜ラポールスポーツ指導員)