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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年8月号

1000字提言

猫がゆっくりと眠りながら暮らせる国

大久保真紀

猫をテーマにした、ちょっと小粋な新聞がある。

月刊「ねこ新聞」。編集部は東京都大田区の住宅街にある。編集長は、原口緑郎さん(69歳)。妻の美智代さん(68歳)が副編集長を務め、二人三脚で発行を続けている。掲載されているのは詩やエッセー、絵、写真など、すべて猫にかかわるものだ。

原口さんは貿易会社の経営などを経て、90年代のはじめには企業などの海外のリスク情報を流す仕事をしていた。暗い情報が多くて嫌気がさしていたころ、フランスのルモンド紙が女性向けタブロイド紙を出すというのを聞いた。そのとき突然、大好きな「猫」と「新聞」が頭の中で結びついたという。

「なんかほっとできる、粋なものを作りたい」

94年に創刊号を出した。だが、1年後に脳出血で倒れ、約6年休刊した。倒れてから左半身が不自由になり、車いすでの生活を送るが、01年に復刊し、広告なしの購読料のみでの発行を続ける。

新聞は、上質の紙のタブロイド版8ページ。エッセーや評論を寄せる猫好きの顔ぶれには驚かされる。あさのあつこさん、水谷八重子さん、群ようこさん、浅田次郎さん、赤瀬川原平さん、小池真理子さん、横尾忠則さん、森村誠一さん、阿木燿子さん、山田洋次さん…。

それにしても、なぜ猫なのか?その問いに、原口さんは「犬は主従関係が見える。飼い主の顔色を見ない猫は賢いよ」と笑う。「人と猫とが織りなすほの温かい人生模様」が全国の読者の心をとらえ、発行部数は5千部だ。

最近、美智代さんからニュースが届いた。視覚障害者向けの音声版の製作に取りかかった、というのだ。数年前に読者から「私は視覚障害者だが、読んでくれるボランティアが来られなくなったので購読を中止したい」と連絡が入り、以来、音声版ができないかと考えていたという。それが、今年5月。たまたま電話で話した読者が、20年音声ボランティアをしていたことを知った。最近引退したというその70代の女性に、「朗読してもらえないか」と依頼したところ、彼女は「うれしい。私これで生きられる。生きがいができた」との返事。その言葉に背中を押され、日本点字図書館にも相談、現在、試行錯誤を繰り返しながら試聴版を製作中という。

原口さんはいまでも失神して救急車で運ばれることもある。それでも、遊び心あふれるねこ新聞の発行にこだわり続けている。「まだ生かされているということは使命があるということでしょう」と美智代さんはほほ笑む。

ねこ新聞の題字下には、「富国強猫(ふこくきょうねこ)」と書かれてある。猫がゆっくりと眠りながら暮らせる国は心が富む国、との思いが込められている。

(おおくぼまき 朝日新聞編集委員)