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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年8月号

ワールドナウ

国連ESCAP アジア太平洋の国内法制と障害者権利条約の調整に関する専門家会議
―障害者の権利をどのように実現するか、法と制度の協調のあり方を考える―

森壮也

2009年6月8日~10日、タイ・バンコクの国連ESCAP本部にて「国連ESCAP アジア太平洋の国内法制と障害者権利条約の調整に関する専門家会議」(The Expert Group Meeting on the Harmonization of National Legislations with the Convention on the Rights of Persons with Disabilities in Asia and the Pacific)が開催された。日本からは、専門家として松井亮輔法政大教授と池原毅和弁護士(東京アドヴォカシー法律事務所)が出席された。池原氏は、当初、出席予定であった権利条約の審議の際に日本政府代表団の顧問として活躍された東俊裕弁護士が事情で出席できなくなったため、急きょ、ピンチヒッターとして参加されたものである。このほか、オブザーバーとして日本からは、勝又幸子国立社会保障・人口問題研究所情報調査分析部長、長瀬修東京大学特任准教授(9―10日のみ)、そして私の3人が参加した。

この会議については、以下の3つが当初のアジェンダとして設定されていた。

(1)障害者の権利条約との国内法制の調整に関わる基本概念と法制
(2)障害者の権利条約との国内法制調整の各国の経験
(3)障害者の権利条約との国内法制調整での基本問題についての政策提案

これらをめぐって、以下の機関、国々からの参加者とのディスカッションがもたれた。

概論・国際法分野:オーストラリア、OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)、UNESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)

太平洋地域:オーストラリア、ヴァヌアツ

東南アジア地域:ラオス、フィリピン、タイ

南アジア地域:バングラデシュ、インド

東・北アジア地域:中国、日本、韓国

中央アジア:トルクメニスタン

オブザーバー参加国:日本、韓国、フィジー、香港、タイ

これらの参加者のうち、オーストラリアからは重度の全身性障害者の大学教員、ラオスからはイギリスから派遣されたNGOの上肢障害者でもある担当者、フィリピン、タイ、バングラデシュ、インド、中国、韓国、フィジーは、盲人の専門家などが参加していた。それ以外は、非障害者であり、日本からの参加者も東弁護士の参加がなかったため、私以外は非障害者であった。

会議に先立って、OHCHRとUNESCAPのそれぞれ東南アジア地域代表とディレクターから挨拶があったが、OHCHRの地域代表は、自らも足の障害があることを明らかにした。同氏は、2008年6月にやはりバンコクで開催されたILOとUNOHCHRの障害者のディーセント・ワークの会合にも参加されているので、そこですでにお目にかかっていた方もおられるかもしれない。

各国からの報告に先立って、まず、権利条約の概論が、オーストラリアのニューサウス・ウェールズ大学法学部オーストラリア人権センターのアンドリュー・バーンズ教授から「障害者差別禁止法とアジア太平洋地域」と題した報告、続いて国連人権高等弁務官事務所人権担当官シルビア・ラヴァグノリ氏と国連ESCAP社会問題担当官秋山愛子氏より「障害者の権利条約─その実効ある実施のための法的措置」、また日本の池原毅和弁護士より東俊裕弁護士と共同発表ということで、「障害者の権利条約で明らかにされている差別禁止と三つのタイプの差別」と題した報告があった。

バーンズ教授は、障害者の権利条約で求められている各国の法制での調整がどのようなものであるかを整理した上で、アジア太平洋地域の国々の法制を障害者の権利条約型とそうではない型の二つに区別した。その上で、どのような対応が必要なのかを論じた報告であった。

権利条約の第4条「一般的義務」の第1項の(a)と(b)で批准国には、

(a)この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置をとること。

(b)障害者に対する差別となる既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し、又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。(以下も、権利条約の訳文は「政府仮訳」よりの引用)

を満たすような法制が求められている。(a)では、障害に基づく差別の法的禁止と平等の法的保障をしなければならないことが定められている。(b)では、現存する法制の包括的な再検討が求められている。さらに第5条「平等及び非差別」において、法の前の平等と差別禁止の2つが権利条約との調整において検討されなければならないとしている。

  1. 締約国は、すべての者が、法律の前に又は法律に基づいて平等であり、並びにいかなる差別もなしに法律による平等の保護及び利益を受ける権利を有することを認める。
  2. 締約国は、障害を理由とするあらゆる差別を禁止するものとし、いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な法的保護を障害者に保障する。

また権利条約の特徴として、障害者は、公的意志決定のあらゆる形態に参加できるようになるべきであり、これは障害問題に関わるものに限定されないこと、権利条約はあくまで最低限の基準(フロア)を示したもので、これは天井(シーリング)ではないともバーンズ教授は明言した。

ここまでは、従来もさまざまな場所で議論されてきたことであると思うが、バーンズ教授は、アジア太平洋地域の国々の法制を二つに分類するという興味深いことを行った。歴史的な背景を論じれば、異論もあるかもしれないが、現今の法制の実態に焦点を当てて、二つに分けるならば、A.権利に根ざした法制アプローチをとっている国と、B.それ以外の国とに分けられるという。Aに入る国として、アジア太平洋地域では、香港、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、フィジー、韓国があり、Bに分類される国として、インド、バングラデシュ、スリランカ、パキスタン、日本、中国、ラオス、タイ、マレーシアがあるという。

前者は、アメリカ障害者法の系列を組む法制を持つ国で障害者の権利についての法制を持つ国である。後者はそれ以外の福祉法などに基盤を置く国である。1990年代半ばの同時期に成立した同じ障害者法を持つフィリピンがAに入っている一方で、インドがBに分類されている。

バーンズ教授によれば、Aのタイプの国々では、権利条約の枠組みの基本は用意されているが、Bのタイプの国では、権利についての法律の整備から始めていかなければならない点で両者に対する国内法制の調整パターンは異なってくるというのがここでのポイントである。

さらにこのバーンズ報告では、非常に興味深いダイアグラムが紹介されていた。それが図1である。すなわち、権利条約で求められる冒頭に述べたような要件をどのような形で各国で実施するかを分かりやすく書いたものと言える。またこの図では、法律のみでなく、権利条約で求められる人権機関などについても右半分で言及している。適切な意志決定となるのは、障害当事者の参加を保障することを前提としている。

図1 求められる法体系のダイアグラム
図1 求められる法体系のダイアグラム拡大図・テキスト
出所)Andrew Byrnes, Disability Discrimination Law and the Asia Pacific Region: Progress and Challenges in the Light of the United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities, paper presented for Expert Group Meeting on the Harmonization of National Legislations withe Convention on the Rights of Persons with Disabilities in Asia and the Pacific より筆者作成

また次の図2は、これをスキーマの観点から見たもので、国連ESCAPの秋山氏の作図になるものである。これもまた、どのような法制を国内法制で用意していけば良いのかを分かりやすく示している。

図2 二つの国内法制整備スキーマ(秋山愛子氏による整理)
図2 二つの国内法制整備スキーマ拡大図・テキスト
出所)Andrew Byrnes, Disability Discrimination Law and the Asia Pacific Region: Progress and Challenges in the Light of the United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities, paper presented for Expert Group Meeting on the Harmonization of National Legislations withe Convention on the Rights of Persons with Disabilities in Asia and the Pacific より筆者作成

図2の二つのスキーマ型は、法制の分類の仕方の問題であり、障害者の権利条約に関わる議論で著名なデゲナー教授による型は、図1にほぼ即応した形となっているが、バーンズ教授によるスキーマもまた、権利条約の精神の実現の形としては、興味深い。

またここで述べられているプログラム的法制というのは、バングラデシュの障害者福祉法(2001)などで実現されているもので、障害者の差別禁止と平等の実現という政策目的を法の中で明言するとともに、そのための政府機関を分野ごとに政府部内に設けて、行政府の中での政府の義務を定めるというものである。ただ、これのみでは、個人の権利は保護されないため、エンタイトルメントと権利について定めた法制が別途必要となる。

こうした基本的な準拠枠組みが紹介されたことは、非常にその後の各国からの報告での議論で、何がまだそれぞれの国々で問題なのかを理解する手助けともなった。

紙幅の関係で各国からの興味深いさまざまな法制調整状況の詳細について触れることはできないが、ラオスのように障害者法もこれから整えていかないといけない国がある一方で、障害者差別禁止法を新たに制定するなど大きく前進した国、またフィリピンやインドのように古くから障害者法はあるが、その実施面で合理的配慮がないことが差別であるという規定がないために実効を挙げておらず、法制度の穴を埋めていかないといけない国など、さまざまな状況の報告があった。

各国の報告の後のグループ・ディスカッションでは、各国の実態についての比較と相互の情報交換の必要性、包括的な(Holistic)アプローチが取られるべきことやフォーカル・ポイント(調整の主体となる機関)が各国で作られるべきこと、障害当事者団体の役割の再確認などが共通の課題として上がっていた。他にもアジア太平洋地域が多くの途上国を抱えている関係で、貧困問題を無視して権利条約の実現はないことも確認された。

以上、簡単ではあるが、今後の日本国内での権利条約の批准と国内法制の整備に向けての議論、また先進国として途上国を支援する立場でもある日本の役割についての議論の糸口に本報告が役立てば幸いである。

(もりそうや 日本貿易振興機構アジア経済研究所新領域研究センター主任研究員)