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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年10月号

特別養護老人ホーム
淡路ふくろうの郷の取り組み

大矢暹

はじめに―高齢ろう者・難聴者等の発達と豊かな暮らしを支えるために

ろう者・ろう盲者・難聴者の障害特性や生活ニーズに配慮した老人ホームは、京都、大阪、埼玉、そして兵庫に見られるように、ろうあ者自身による建設運動の成果もあって、現在全国に7か所まで設置が進んでいます。今後「生存の時間的幅の平等(長寿そのものの平等)」が進んでゆけば、全国のブロックに最低2か所は必要です。さらなる整備促進を新政権にも求めていきたいと思います。共にがんばりましょう。

「否定されるいのち」と建設運動

淡路ふくろうの郷建設にインパクトを与えたものは、平成7年に起きた阪神淡路大地震です。この地震で多くの高齢者が命を奪われました。私たち高齢ろう者においても「否定されるいのち」を具体的事例で明らかにしました。

平成14年6月、特別養護老人ホームの建設を目標とした運動母体が結成されました。主力団体は兵庫県聴覚障害者協会で、連帯したのが兵庫手話通訳問題研究会と県手話サークル連絡会でした。この3団体が強く結束したからこそ、社会福祉法人の設立や、5億円という巨額の自己資金確保を可能としたのです。

しかし、淡路ふくろうの郷で言えば、11億円もの莫大な自己資金や借入金なしに建設できないというのは大きな問題です。介護保険が導入される以前は、自己資金は4分の1でした。国などの公費負担の割合が大きかったからです。憲法25条に反した社会福祉の構造改革が、施設建設にどれだけの苦難を強いたか怒りをもって記しておきます。

自己資金など
円グラフ 自己資金など拡大図・テキスト

障害者福祉と高齢者福祉 この統一的実践の追求

平成18年4月1日、長期60人・短期10人、グループホーム型ユニットケアの淡路ふくろうの郷には、待ちに待った方々が次々に入所されてきました。43人がろう者で、11人が中途失聴難聴者、6人が地域の高齢聴者でした。43人のろう者のうち、29人が義務教育から排除され、このうち11人は全く就学歴がありません。自分の名前も筆記できず、ろう者とかかわりの持てなかった方は手話も獲得できていない状態でした。本人の意思に反して結婚が許されなかったという方も少なくありません。

中には、「ツンボやメクラが生まれたらどうするのか」と脅かされて断種手術を強制された方もいます。強制する方もされる側も、当時の時代背景の下でじっと耐えねばならなかったその心中は、察するに余りあります。20歳の頃から70歳で入所されるまで50年間を精神科病院で過ごされたという方もいます。保護監察処分にされたということですが、50年間も社会から隔離しなければならない合理的理由がどこにあるのでしょう。また、精神障害や知的障害を併せもつ方々も次々と入所してこられ、そのほとんどは高齢前期の方です。

この状況は、教育や福祉の貧困によって、本来なら障害者福祉などの施設で自立や自己決定・発達・社会参加の生活体験や訓練を保障されねばならなかったにもかかわらず、精神科病院や在宅で放置されていた矛盾が、淡路ふくろうの郷にどっと持ち込まれて来たといえます。要介護度や年齢状況も、兵庫におけるろうあ者・ろう重複障害者福祉施策の貧困の一端を物語っています。

開所年度は、要介護1や2だけで全体の35%を占め、平均3.15という介護度の低さは介護報酬に跳ね返り、経営を圧迫しました。介護保険制度では、関係者の要望によって、ろう・盲者などの障害者が、入所定員の30%以上を占めると、「障害者支援専門員」1名が加算されます。しかし、介護施設で、障害者福祉の実践としての『自立と自己決定』『発達保障』『社会参加と平等』といったノーマライゼーションの推進と、同時に介護など老人福祉の課題の統一的な展開には、1名の障害者支援専門員では追いつきません。淡路ふくろうの郷では、国の3対1人という介護・看護職員配置基準を大幅に超えて3対1.75人の職員を配置しており、そのための人件費持ち出し分の公的負担が切実な要望です。

障害者福祉と高齢者福祉の統一的な展開は容易なことではありません。筆者は「特別養護老人ホームいこいの村・梅の木寮(京都府綾部市)」の施設長であった経験を活かし、開所時から、入所者自治会の結成を支援し、自治会の意見を反映しつつ、生活の柱を以下の4つとしました。この柱に沿って頑張っていますが、まだまだです。

  1. 手仕事を楽しみましょう ふくろう工房―労働と発達
  2. 学びましょう ふくろう大学―生涯学習
  3. 思いっきり遊ぶ―何ものにもとらわれない自由な境地
  4. 個室でゆったりと暮らしましょう

この4つの柱は、高齢ろう者(ろう盲者を含む)が、「何を求めて入所されたか」という生活ニーズの反映でもあります。

  1. 手抜きや食抜きの日もある、買い物・調理が大変
  2. 病気が重くならないか不安
  3. だれも来てくれない、孤立、生きる張り合いがほしい
  4. 介護を受けたい

就学・結婚等の状況

ろうあ者
43人
教育暦 不就学 11
ろう学校 小学部中退 10
小学部卒業
中学部卒業 10
高等部・専修科卒業
合計 43
結婚層 あり 27
なし 16

(平成19年3月未現在)

介護別状況

  聴覚障害者
(難聴者)
健聴者 合計
要介護1 5(1)  
要介護2 16(4)   16
要介護3 13(2) 15
要介護4 11(2) 13
要介護5 9(2) 11
合計 54(11) 60
平均 3.05(3.0) 3.15

(平成l9年3月末現在)

平均年齢

  最高 最低 平均年齢  
87 48 76.9 77.9
95 57 78.7

(平成19年3月末現在)

年齢分布

  60才
未満
60~
64才
65~
69才
70~
74才
75~
79才
80~
84才
85~
89才
90~
94才
95~
99才
26
34
11 16 13 60

(平成19年3月末現在)

ノーマライゼーション推進の核として

淡路ふくろうの郷では開所当初から、ノーマライゼーションの推進を目指してきました。ノーマライゼーションの理念の骨格をなすものは「ヒューマニゼーション=人間化」と「イクォライゼーション=平等化」です。人としてより人間らしくその人権と尊厳の確保並びに、長寿社会における生存の時間的な平等の実現を目指しています。

一方で、淡路ふくろうの郷は、ともに生きる=共生の理念を高く掲げ、地域の高齢者の利用要望に応えてきました。ろうあ者や難聴者の障害特性と生活ニーズへの配慮という専門性を持つ施設であることと、地域の一般高齢者の入所を受け入れることは矛盾するものではありません。そして、淡路ふくろうの郷は、現実に貧困な実情にあるろうあ者・難聴者の在宅福祉・地域福祉の充実、その実践を地域にも展開していくため、建設委員会の構成団体であった方々と共に新たな施設整備を検討しています。

(おおやすすむ 淡路ふくろうの郷施設長)