音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年10月号

高齢の精神障害のある人への支援
~住み慣れた地域で生活するための支援~

塩見佳世子

牛窓町の概況

私は、岡山県の東南部に位置する瀬戸内市牛窓町で働いている。瀬戸内市は、平成16年に3つの町が合併し、人口約4万人の市となっている。牛窓町は「日本のエーゲ海」と呼ばれ、丘陵地からは風光明媚な景色が拡がり、観光の街としてご存知の方も多いと思う。また古くは港町として栄え、朝鮮との交流もあり朝鮮通信使という伝統行事があり、貴重な文化財も多い。牛窓町は平成21年8月末現在で、人口約7,200人、高齢化率は34%を超え、一人暮らしと高齢者世帯が多く、現在の牛窓町の状態が2025年頃の日本の現状と想定できるのではないだろうか。

私は、特別養護老人ホームに併設している在宅介護支援センターのソーシャルワーカーとして、また居宅介護支援事業所の介護支援専門員(ケアマネジャー)、そして平成20年度からは地域包括支援センターのブランチとしても活動している。

地図 岡山県と瀬戸内市拡大図・テキスト

まずは訪問、実態把握

今回、日常的に提供している精神障害のある高齢者への支援を振り返り、改めてどのような支援が求められているのかを考えた。

まずケースの掘り起こしは、地域性もあると思うが交通の便がよくないので、こちらから出向いていくことから始まる。一人暮らしや高齢者世帯を一軒、一軒訪問し、生活状況を把握していく。「行政からの委託で、65歳以上の一人暮らし、高齢者世帯を訪問しています」と説明し、身体・家族状況など生活状況や地域状況などの把握を行う。行政からの委託訪問であることを説明しても、警戒する人が多く、玄関先まで出てきてらうことも困難な状況である。また、事前に民生委員や福祉委員と情報交換を行い、訪問することもある。

○ケース1

70代の一人暮らしの女性で、統合失調症の方。実態把握で初めて訪問した時は、玄関までは出てきてもらえたが「だれにも会いたくない」との理由で扉を開けてもらうことができず、顔と顔が見えない中でのやりとりが続いた。相談先の書いてあるパンフレットを扉のすき間から入れ、体調を尋ねたり、困り事などを聞くようにした。訪問を重ねるうちに、返答してくれるようになり、ようやく会うことができた。その時に「人と会うことが怖く、外に出ていくことができず、買い物に困っている」と相談があった。そこで瀬戸内市の福祉サービスである軽度生活援助事業の申請に至り、買い物支援によるヘルパー利用までつながった(自立支援法施行前)。

しかし、たとえば卵やラーメンなど同じ食材しか食べないなどこだわりがあり、栄養のバランスがとれていなかったこと、購入してきた食材や商品が理路整然と袋に入っていなければ食材が汚染されてしまうと思い、関係が途切れそうになった。何度も訪問しても、返答がなく安否確認さえできず、玄関の扉のすき間から手紙を入れたり、電話をしたりと試行錯誤しながらどうにか関係を保っていった。医療機関との関わりも切れていた。「買い物してきた食材から汚染物質が出ている、だれかに見張られている、持参したパンフレットから電磁波が出ており、体に悪影響を及ぼそうと私たちが仕向けている」といった被害妄想も度々あった。調子の良い時期に保健師と同行訪問し、ヘルパーからの助言などで医療機関へつなごうとしたが、ようやくつながった時には、症状が悪化して入院となった。

○ケース2

60代の一人暮らしの女性。交通事故による高次脳機能障害のある方。この方は、65歳になっていなかったこと、特定疾病もなく、介護保険の申請に至らなかった。身体的には特に問題がないので身体障害者手帳の申請はできなかったが、日常生活には支障があるため精神障害者保健福祉手帳の申請対象の可能性があった。しかし、制度の狭間で利用できる制度が何もなく、辛うじて瀬戸内市の福祉サービス、生きがいデイサービス事業(当時)、軽度生活援助事業の利用につながった。しかし、利用頻度には上限があり、デイサービスは週に1回、ヘルパーは週に2回の支援となった。その間に、他に利用できるサービスはないかと行政や専門機関、家族とも話し合いを重ねたが、施設への入所もできず、入院という形で介護保険の申請ができる65歳を待つことになった。

事例の考察と課題

2つの事例を振り返っての課題は、障害者施策と介護保険施策との利用調整の難しさである。制度が整備されていても申請にまで至らない、至るまでに時間がかかる場合がある。高齢者であれば、まずは介護保険制度の利用となるが、高齢の精神障害の場合は、身体的には特に問題がないので、介護保険の申請をしても非該当になる場合もある。また、当時は、現在のように自立支援法など障害者に対する制度が整備されてない中での支援であったため、利用できる制度がなかったこともある。

また、利用できる状態になっても身近に資源がない場合もある。つまり、資源の不足である。また、状態や症状からすると精神障害があるように思えても、はっきりとした診断名が出ている人ばかりではない。また、医療機関につながっていない人もいる。これは、過去及び現在の医療へのアクセスの課題ともいえる。

相談支援の利用困難や多機関多職種連携の必要性も挙げられる。症状によっては、家から出ていかれないので、買い物に行けない、お金の出し入れができない、年金の現況届けができない、ゴミ出しができない、地域から孤立する(町内会費が払えない、地域の行事に参加できない)など生活していく上でさまざまな困難が発生してくる。相談する人がいないので、困った時に対処できない。地域から孤立すると、地域の人も敬遠しがちになってしまう。

支援をしていく上では当たり前のことであるが、一人でケースを抱えこまず、行政や地域包括支援センター、地域生活支援センターなど専門機関の担当者や保健師など複数の関係者や職種で役割分担を行いながらチームで関わっていくことが大切である。関わっていくうちに制度や医療につながれば、サービス事業所のスタッフや医療関係者など関わる人もさらに複数になる。また、インフォーマルの面では、個人情報により、病名の情報提供などが難しい点もあるが、地域の民生委員や福祉委員などを中心として地域の人が関われるように、その人の状態について一部情報を共有していくことも必要であると思う。

大切な地域での啓発

このように考えると、地域で暮らす住民の精神障害に対する理解を普及していくことは重要であると考える。私の勤務する法人では、瀬戸内市からの委託を受けて、偶数月に家族介護者教室を開いている。これは、精神障害の普及・啓発も含めてであるが、医療や福祉に関する情報を地域の一人でも多くの人に知ってもらい、その人に情報の発信者となってもらうことで地域福祉の向上につなげていきたいという思いがある。また、お世話や介護をしている家族のストレス発散の場として、奇数月に「あしたばの会」という家族介護者交流会を行っている。すでに66回を迎えるこの会のネーミングは「明日(あした)も束(たば)になって頑張っていこう!」との意味で、介護者の案で付けられた。

家族形態が多様化する中、特に牛窓町では、一人暮らしや高齢者世帯が多く、中には70代の人が90代の親を介護している老老介護も珍しくない。合併や過疎化に伴い、一人暮らしが増え、家族が遠方で暮らし、疎遠になるケースも目立つようになった。成年後見制度の利用が必要な人たちが年々増えてきている。

支援者としての振り返りをすると、支援していく中で「これはできないだろうな」「難しいだろうな」といつしか利用者の能力を限定してしまっている場合がある。大学時代の講義の中である先生から「生活するということをどのように考えるか」の問いかけがあった。その時に、生活するとは「生(せい)を活(い)かすこと」であることだと教わった。私は、その言葉を聴いて、利用者個人にとって「生を活かす支援」とは、一人ひとりに合った「個への支援」とその人を取り巻く「地域への支援」が大切であると、日々考えながら支援している。

(しおみかよこ 社会福祉法人誠和 在宅介護支援センターAJISAI)