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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年10月号

自分の将来のことを考えてこなかった訳ではない。

稲村敦子

自分の将来のことを考えてこなかった訳ではない。

親の老後のことを考えてこなかった訳でもない。

しかし今、この二つの問題が私の生活に大きくのし掛かっています。

世間では老老介護が問題になっていますが、私自身はここ数年、障老介護に直面しています。

生後1年でポリオに罹患し、右下肢に障害が残りました。母は、私の治療やリハビリに専念するため姉と兄を親戚に預けました。今もはっきりと覚えているのは、路面電車の中で座らせてもらえなかったこと。母が座席に座り、好奇の目の中で、私を自分の前に立たせ両手で支えているのです。

それはリハビリでもあり、障害を意識し過ぎることなく受け入れるという生き方を教えてくれました。

私が今あるのは親の頑張りが大きかったことに、成人してから気がつきました。特にどんな逆境の時でも明るく前向きだった母親には、どれほど感謝しても足りません。

その母親が90歳を目前に、サポートを受けなくては生活できなくなっています。母の老後は、母への感謝として私がサポートしていこうと決めていました。しかし、その時が来た時、私自身がサポートを必要とするようになっていました。

ポリオは罹患時の状態からある程度回復します。そして、それ以上良くも悪くもならないと言われてきました。だから、親の介護も十分にできると思っていました。

しかし、現実は違いました。30歳前後から体調が落ちていたのですが、ポストポリオ症候群(以下PPS)を発症と分かり、障害は両上下肢、体幹に広がりました。強い痛みがあり、痛み止めなしでは朝起きることもできません。

PPSは、ポリオ経験者の何割かに発症する疾患です。筋力低下、痛み、疲労、疲れ、冷えなどのさまざまな症状が、麻痺肢だけでなく健常と思っていた肢体にも現れます。体幹、呼吸、排泄等に現れることもありますが、原因も治療法も明らかにされていません。友人たちに「使い過ぎ、無理し過ぎで、みんなより老化が早く来ちゃったってこと。おまけに痛みやら疲労感やらくっついてくるけど」と説明しています。

ポリオの後遺症が治らないように、PPSも完治は望めず、治療法はないけれど、無理をしなければ進行は緩やかだそうです。しかし、PPS発症は親の介護の時期と重なって、無理をせざるを得なくなります。

私はもう動くことが叶いませんので、ただただ母に申し訳ないと思うだけですが、仲間の中には、無理をすることで自分の身体を追い詰めてしまった人が何人もいます。

母のもう一人の介護者である兄嫁も、障害者手帳こそ持ちませんが、人工股関節の手術を勧められ無理が利きません。母の介護は、公的援助に頼るしかないのですが、今の介護保険制度では老齢基礎年金だけでは足らず、仕方なくケアマネさんと算盤をはじいて、どんな援助をどれだけ受けるか決めています。現在は、月に1週間程度の短期入所と週2回のデイサービス、在宅の時は、昼に1時間だけヘルパーに来てもらっています。

足りない部分は兄嫁が身体的無理をしています。経済的な不足は、私の障害年金を充てるしかありません。こんな状態ですから、もっとも敬愛する母親に安心して暮らしてもらうことができず、申し訳ない気持ちで一杯です。

自分の老後もすでに始まっています。私の年代(1951年生まれ)では、障害の変化を訴えると「加齢でしょう」と済まされます。確かに加齢もあるでしょうが、障害の重度化であり、障害の重複とも言えるのではないでしょうか。それが加齢ならば、急激です。

PPSの症状が進んでからわが家では、美大を目指して浪人中の娘が家事もこなしています。私自身、親の介護の大変さが身に染みた今、わが子にこれ以上の負担を課すことは極力控えたい。それは…望まない選択を迫られる日が来るかもしれないということです。社会参加やコミュニケーションをあきらめざるを得ないかもしれないということです。

障害のある人も65歳になると介護保険に組み込まれます。介護保険では障害者福祉は適応しきれないため、その部分に関しては、障害者自立支援法で補うことになっているようですが、不十分で問題も発生しています。

またリハビリや福祉機器等は画一化されたものでは対応しきれず、対応を誤れば障害の悪化に繋がることすら考えられます。

基本は、だれもが安心して老後を迎えられる制度の確立です。そうすれば、障害があろうとなかろうと安心して歳をとることができます。新しい政権に期待します。

そして、ポリオ経験者として老後を考える時、若いワクチンポリオの被害者の将来を思います。ポリオワクチンが弱毒性の生ワクチンであるがために、ポリオを発症する被害者が後を絶ちません。近い将来、PPSは希少難病になっていきます。すでに、ポリオの臨床経験のある医師はほとんどいないのです。ポリオへの無理解はPPSを発症させ、PPSは適切な対処がなされなければ悪化します。

ワクチンポリオは防げます。不活化ワクチンに切り替えればいいのです。先進国の中でいまだに生ワクチンを接種しているのは日本だけだと聞きます。これは恥ずかしいことではないでしょうか。

(いなむらあつこ ポリオの会)