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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年10月号

わがまちの障害福祉計画 三重県伊勢市

伊勢市長 森下隆生氏に聞く
市民の暮らしを“そっと支える”地域づくり

聞き手:酒井京子(大阪市職業リハビリテーションセンター)


三重県伊勢市基礎データ

◆人口:134,609人(2009年8月31日現在)
◆面積:208.53平方キロメートル
◆障害者の状況(2009年3月31日現在)
身体障害者手帳所持者 6,393人
療育手帳所持者 612人
精神障害者保健福祉手帳所持者 444人
◆伊勢市の概況:
三重県の中東部、伊勢平野の南端部に位置する。北は伊勢湾、中央には日本一の清流を誇る宮川や五十鈴川、東から南にかけては、朝熊山、神路山、前山、鷲嶺が連なり西には大仏山丘陵が広がる豊かな自然に彩られたまちである。伊勢のまちは、古くから「お伊勢さん」と呼ばれ、日本人の心のふるさととして親しまれ、神宮御鎮座のまちとして栄えてきた。現在でも全国各地から多くの観光客が訪れている。平成17年11月に4市町村が合併し、新たなまちづくりを進めている。
◆問い合わせ先:
伊勢市健康福祉部障がい福祉課
〒516―8601 三重県伊勢市岩渕1―7―29
TEL 0596―21―5558 FAX 0596―21―5555

▼伊勢といえば真っ先に思い浮かぶのがお伊勢さん(伊勢神宮)ですが、伊勢市の特色や魅力についてお聞かせください。

平成17年11月に4市町村が合併して今年で丸4年になります。合併したことにより、夫婦岩をはじめ、すばらしい観光名所や魅力が加わりました。伊勢は自然との関わりを大事にしながら、日本人が忘れてはならないものをきっちりと継承している街です。伊勢神宮では1500年前と同じ手法で毎日、朝と夕の2回、神様にお供えする食事を手間暇かけてつくっています。水くみや火起しなどすべて昔と同じやり方です。変わらないことのすごさと継承することの大切さがあります。現代社会は自分たちの都合で物差しをどんどん変えていきますが、変えないことで大切なものを見失わないようにしています。

産業は観光がメインです。一昔前は修学旅行といえば伊勢・二見浦で、それで事業が成り立ってきたところがあります。少し下火になった時期もありましたが、最近また盛り返してきています。日本が見失ってきたものを取り戻そうという動きの中で、伊勢がまた見直され始めているのではないでしょうか。

▼市長が市政で大切にされていること、市民に対して特に発信したいことはどのようなことでしょうか。

私は「和」という言葉を大切にしています。和する・みんながひとつに力を合わせる、「市民力の結集」という表現をしていますが、絆とか支え合いの気持ちを市民みんなが持ち、地域のさまざまな課題を解決していくような時代がまさしく来ています。そのことでしか地域課題が解決できないと考えます。行政だけがそれに向けて力を発揮するのではなく、市民のみなさんも地域づくりに向けて、一緒にやってほしいということを訴えています。合併というのは厳しい要素もあり、なかなかひとつになれない部分もあります。それだからこそ和を大切にしていく姿勢が必要であり、その点、伊勢神宮というのは、市民の心のよりどころ、また、魂のよりどころとしているという意味で結集しやすい、大きな存在です。1300年続いている伝統行事がちょうど合併後にあり、世代を超えて、地域を越えて、ひとつにまとまっていける舞台があったということでは、「お伊勢さん」に助けられました。日本はあちこちに神社がありますが、絆をつくる拠点のようなものとしてどこの地域でもずいぶん昔から生活の中に存在していたのですから、今言われているネットワークや絆というものを氏神さんのつながりをベースに作っていければうまくいく部分もあるのではないかと思います。

▼絆は福祉を推進していくうえでも大切な要素だと思われますが、障がいのある人が地域で暮らしていく、それを支えていくということについて、市長の基本的なお考えをお聞かせください。

支えていることが見えてはだめだと思います。顕在化しないように“そっと支える”というのが基本姿勢です。支えられている側が支えてもらっているということを意識しない形の支援の方法が必要なのではないでしょうか。ずいぶん昔、ベルマーク運動で「そっとバックアップ」というフレーズが使われていましたが、私の好きな言葉です。たぶん障がいのある方の支援にとどまらず、公(役所)の仕事はこの言葉に尽きるのではないかと思います。市民が不自由を感じることなく暮らせる、それを役所が前面に出ることはないけれども実現できている、そういう仕事ぶりが役所には求められていると思っています。障がい福祉施策においても、だれかに支えられているかもしれないが不自由はない、ということであってほしいと思っています。人によって必要なニーズは異なるので、一律ではない形でのサービス提供ができるのが理想ですね。

▼“そっと支える”という姿勢は機微にふれる良いコンセプトですね。では、それを踏まえ、今年3月に策定された「第2期障害福祉計画」について、特徴なども含めてお聞かせ願えますか。

策定にあたっては利用者本位の視点にたって、これまでなかなか声を上げることのできなかった重い障がいのある人や家族など、声が届かなかった人たちに光をあてようということを最大限に意識して作業を行いました。アンケート調査や障がい者団体へのヒアリング調査、パブリックコメントを実施し、障がいのある方の意見を十分に把握するようにしました。もちろんこれは、行政の力だけでできることではありません。福祉系の大学の先生や学生さんの協力を得ることにより、細やかな調査を実施できたことの成果が大きかったと思います。このことにより、障がいのある人たちの状況をきっちりと把握することができ、ブレない形での福祉計画ができあがりました。学生さんたちにとっても、現場を知ることにより大学で勉強していることとのつながりができ、プラスになったのではないかと思います。

▼その他にも市民の力を借りながら進めていらっしゃる事業はありますか。

障がいのある児童に対して、夏休みの期間中、日中活動の場を提供するためにサマースクールを実施しています。利用児童1人につき、ボランティアさんが1人つきますので、学生をはじめ、企業を定年退職した人や福祉関係の仕事に従事している人などたくさんの方の協力を得て、レクリエーションやさまざまな催し物を楽しんでもらっています。

また、障害福祉計画の基本施策のひとつである「地域で生活するための基盤づくり」の一環として、市営住宅の空き部屋を利用したグループホームを地域の理解を得て、今年の4月からスタートしました。ずいぶん前に北海道に行ったとき、障がいのある人たちが施設に住まうのではなく、地域で部屋を借りて生活されている様子を見たときに、やはりこれからは街中で普通に暮らせるような環境づくりが必要であると痛感しました。それを受け、今回、市営住宅を有効に使ってもらおうということでスタートしました。近くにある施設もバックアップしています。地域社会の中に生活の場をつくっていくということは大切なことだと考えます。

▼今、お聞きした以外にも、地域に溶け込む、包み込むという点では、メインの商店街の中に相談支援センターがあり、福祉の商店街なるものがあるとお聞きしています。

はい、それをウリにしています。日本中、商店街が疲弊し、シャッター街になって、当市の商店街も同じ状況で苦しんでいました。そういう状況の中、突破口として「福祉の商店街」を目指そうということでユニバーサルデザインのまちづくり宣言をした商店街です。空き店舗を利用し、デイサービスセンターを誘致するなどして、福祉の色合いを出してやってきました。中心商店街の中にある「相談支援センター・ブレス」では、年間延べ7千件の相談・支援を行っていて、賑わいの一翼を担っています。先日、全国の77の商店街が経済産業省から表彰を受けたのですが、その中のひとつに選ばれました。

▼市長が目指すまちづくりとはどのようなものでしょうか。

今の時代は、行政が果たす役割は一部で、全体的には市民から作り上げる力が集まってこないと完結しないという状況になっています。

市民からの力について、市内の各地区を回り、地域のみなさんの声を聞かせていただくというねらいで、市長懇談会を開きました。24の小さな地区に分かれていますが、その中で子育て、高齢者福祉、障がい者福祉、教育、環境整備など、地域の課題を考えていきましょうというのが基本スタンスです。

短期間のうちに実施するのは本当に大変でしたが、現場に行き、直接の声を聞くとエネルギーをもらいますし、逆に市民のみなさんにこちらからもメッセージを届けることができます。

問題や情報が共有できないとそれへの対応策がなかなか取れないですから、その部分をまずきっちりと押さえて、お互いに分かり合うことが大切ですね。行政の事情と住民のニーズのすり合わせ。手間暇かかりますが、やらないといけないことです。現場の声を聞くからこそ、次へ進むことができると思っています。

ここ伊勢には、昔から自分たちが自立してなんとかしなければならないという市民性があります。伊勢神宮という特別な存在があるからこそ、自治組織のようなものが市民サイドで作られていて、公だけに依存しないという文化があり、市民活動も盛んです。市民はだれでももともと市民意識をもっているので、それをうまく引き出す方法が大切だと思います。みんなが支え合って生きていく、つながりを意識していけるような社会を作っていかなければいけないと思います。


(インタビューを終えて)

伊勢を語るにあたっては、お伊勢さんに始まり、お伊勢さんに終わると思えるほど、市民の暮らしの中に大きな力が息づいていて、そこにはカタカナの理屈を超えた日本の伝統があり、その力に守られながら、お伊勢さんの絆による市民生活があることが分かりました。そのつながりが障がいのある人たちの安心した暮らしの実現にこれからも大いにプラスに作用することを期待しています。お忙しい中、貴重なお時間をいただき、日本の伝統を守る大切さを熱く語っていただきました。どうもありがとうございました。

(取材:2009年8月3日)