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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年10月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

すべての子どもが不安なく育つために
―保育所、通園施設、入所施設が一緒にシンポジウム

中村尚子

6月28日、東京で「子どもにとってのセーフティネットを考える」と題してシンポジウムが開催されました。障害者自立支援法・児童福祉法の改正を前に、すべての子どもの発達を保障する社会福祉のあり方を考えようという趣旨で、「障害乳幼児の療育に応益負担を持ち込ませない会」(代表・茂木俊彦桜美林大学教授)が呼びかけたものです。

子どもの育ちは「契約」できるのか

最初に、筆者が障害者自立支援法と同時に改正が予定されている児童福祉法の動向について報告しました。障害者自立支援法の下、障害児の福祉にも、費用の応益負担、事業所の日額報酬制、利用契約制度の「3点セット」が導入され、この3年間、子ども、保護者、施設それぞれが多大な困難を背負うことになりました。残念ながら、今後の法「見直し」の内容には、「3点セット」を根本的に解決する方向性は見出せません。報告は、「3点セット」の根源が社会福祉基礎構造改革にあることを明らかにし、福祉サービスの利用者を消費者とみる契約制度は、子どもの成長・発達を願う保育や療育、生活支援とは相容れないと指摘しました。

しかし、いま政府は、保育所にも契約制度を導入しようとしています。シンポジストの一人、実方(じつかた)伸子さん(全国保育団体連絡会)は、今年2月、社会保障審議会少子化対策特別部会の「中間まとめ」で明らかになった、市場システムにのった新保育制度の問題点について報告しました。保育所は現在、マスコミでも報じられているように、「待機児童」対策が喫緊の課題となっています。しかし、国は保育所の増設をすすめるのではなく、「行政が保育所入所を決めているから入れない子どもがいる」という理屈で、保育の公的責任をなくしていく制度改革をしようとしています。

新保育制度は、保育所利用にあたって市町村から保育の「必要度」の認定を受け(週あたりの利用上限時間数)、それをもって保護者が利用できる保育所を探し直接契約、利用に応じた定率の保育料を支払うというものです。近年、「子どもの貧困」が指摘されていますが、子どもの生活と育ちを保障する砦として重要な役割を果たしている保育所の現実とも相容れない仕組みです。実方さんのお話から、参加者は「これは自立支援法と同じような仕組みだ」「障害児は保育所に入りにくくなってしまうのではないか」という感想をもらしていました。

自立支援法が施設に持ち込んだ矛盾

今回、セーフティネットの一つのとして注目したのが、障害のある子どもが暮らす入所施設です。2つの知的障害児施設から、厳しい現実が報告されました。

豊里学園(大阪市)の小山道彰(みちあき)さんは、現在の障害児施設は「社会の縮図」だと言います。それは、入所の理由に、家庭の養育困難が見えてくるからです。障害が比較的軽度の子どもで虐待を受けたケース、保護者の疾病と経済的貧困など、深刻な背景を背負った入所が増えています。そこに持ち込まれた自立支援法。入所は「原則として契約」とされたため、2006年10月直前、費用負担の十分な説明もなく契約となった保護者や、「契約しないと子どもが追い出される」と思ってサインした親もいるのです。

入所施設の場合、施設利用の定率負担のほかに、日常生活費や医療費、教育費など、それまで措置費に含まれていた費用が保護者の負担になりました。たとえば、措置費から出すことができた特別支援学校の修学旅行のお小遣いは支給できなくなりました。家計が苦しいために「この子が何も買わないから」と言った保護者の声が紹介されました。親や子どもに問題があるのではなく、子どもにとって必要なものが欠如させられていると、小山さんは子どもにとっての福祉制度が持つべき視点を強調しました。

入所施設の契約制度については、当初から多くの問題点が指摘されており、措置を継続する道も残されています。しかし、その判断は都道府県よって大きな開きがあり、そのこと自体も問題点として指摘されました。たとえば、愛知県や大阪府は入所の8割が措置であるのに対し、長野県や鹿児島県は1割に満たない状況です(表)。子どもは住む場所を選べませんが、行政の姿勢によって子どもの施設生活に格差が生じるのです。

表 都道府県別の措置率

(抜粋) (%)

愛知 85
大阪 79
島根 75
岡山 75
長野
鹿児島
秋田
山口

日本知的障害者福祉協会08/5月調査(毎日新聞09年2月22日付記事より引用)

子どもらしい生活を

同じく知的障害児施設であるすみれ愛育館(大阪市)の河崎隆俊さんは、入所施設には、自立支援法施行以前から改善を求め続けてきたにもかかわらず、放置され続けてきた根本的問題があると、日々の実践から見た問題点を報告しました。

その一つは、児童福祉施設であるにもかかわらず18歳以上の「過齢者」が引き続き生活している現実です。法的にも認められているのですが、就学前の幼児から30代までの青年が、さまざまな障害をもちながら一緒に暮らしているという現実は、本来解決されなければなりません。それぞれの年齢にふさわしい活動を組もうとしても、それができる職員配置はありません。また、成人施設はどこも定員いっぱいでなかなか新規の入所は難しく、入所のための障害程度区分判定も移行を難しくしています。

さらに、知的障害児施設の職員配置基準は子ども4.3人に1人。定員50人だと約12人の職員です。これで24時間、1年365日の勤務を組むことになります。施設では4シフト制がとられていることが多いのですが、子どもの生活場面を切り取ると、子ども12人に職員1人という事態も生じます。入浴も本当なら毎日したいのですが、叶いません。障害の軽い子どもなどはたくさん話しかけてきますが、これに応じていては仕事が回らない、という現実です。

施設で生活していても、子どもにふさわしい時間が過ごせるように、施設の基準を大胆に改める必要がある――河崎さんの訴えは、子どもの発達する基盤を整える社会の責任を問う内容でした。

この日参加した方は、首都圏だけでなく宮城県や広島県など広域にわたり、また療育施設、学校、また保護者など、立場もさまざまで、多彩な意見が交わされました。すみれ愛育館保護者会の樋口一平さんは、契約制度の導入によって非課税世帯にもさまざまな費用がかかるようになり負担が大きくなったこと、過齢児の居場所がなくなることが不安であることなど、現実に起こっている問題について発言しました。特別支援学校の教師からは、重症心身障害児施設に入所できずに病院を転々とせざるを得ない障害の重い子どもたちの現実、学校行事への参加が困難になる子どももいるなど、学校教育から見た問題が指摘されました。

入所施設をよくする会

シンポジウムでは、保育所、障害児施設が直面する問題を通して、子どもの福祉の中心に置かれるべきは子どもの発達する権利であること、制度改革はその点を見過ごしてはいけないということを、互いの立場を超えて学び合うことができました。

子どもの権利という視点に立つと、障害児入所施設は緊急に改善が求められます。障害児支援の見直しが議論されているときだからこそ、保護者を含め、根本的な解決に向けた願いを集めて、社会にアピールし、国に対して改善を求めていこうと、この日、新たな会が出発しました。その名も、「障害児にとっての入所施設をよくする会」。だれでも参加でき、どんな小さな声も聞き逃さない、そんな活動をめざしていこうとしています。

(なかむらたかこ 障害乳幼児の療育に応益負担を持ち込ませない会副代表)