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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年12月号

世田谷区が開設した発達障害相談・療育センター(愛称「げんき」)の取り組み

大原隆徳

はじめに

世田谷区は人口約84万人(ほぼ福井県と同様の人口)で東京都23区中最大の人口を持ち、面積も約58kmと大田区に次いで23区の中でも大きな面積を持つ区である。南北の交通機関が少なく、JRが1本も通っていない区でもある。児童数は約11万人、年間出生数は7,000人を超えている。

このような状況の世田谷区は、平成14年「世田谷区子ども条例」を施行した。この条例の中で、子どもについての政策を進めていくための基本となる計画をつくることが定められ、平成17年3月、平成17年度を初年度とする10年間の「子ども計画」が策定された。

「子ども計画」はすべての子どもが健やかに成長・自立できる地域社会の実現を目指し、在宅子育て支援をはじめとして、保育、教育の充実、虐待予防・防止など、10の課題で構成されている。

配慮を要する子どもへの支援

子ども計画の課題の一つに「配慮を要する子どもへの支援」というテーマがあり、この間、さまざまな検討・試行を経て、現在は具体的な支援の実践が始まっている。「配慮を要する子ども」といってもその対象像は漠然としていることから、「心身の成長・発達等に起因する問題により、生活をしていく上で何らかの個別的配慮を要する状態にある子ども」とした。

具体的には、身体に障害のある子どもや、知的発達に遅れのある子どもに加え、検討開始当時、学校などで問題となっていた発達障害のある子どもを対象に支援の仕組みについて検討を行った。

検討の経過の中で、1.身体、知的、精神の障害のある子どもについては、それぞれの法律に基づき一定の支援が展開されていること、2.「発達障害者支援法」が制定された年であり、具体的な支援体系が確立していないことから、当面、対応が大きく遅れている「知的な遅れのない発達障害のある子ども」を対象に学識経験者、関係団体、保護者、専門医師などによる検討委員会を設置し検討を行った。

その中で、検討の課題を、発達障害による要配慮状態を早期に発見し、必要な支援につなげる「早期発見・早期対応」、発見された要配慮状態に対応するための支援基盤を整備する「支援基盤の整備」、ライフステージの変更時などに途切れがちな支援を継続させるコーディネートを行う「個別的継続支援」の3点とし、それらの検討結果に基づき、具体的な取り組みを行っている。

ここでは、「支援基盤の整備」を中心に取り組み内容を紹介する。

発達障害相談・療育センターの開設

3歳児健診に加え、区独自に行っている早期発見の仕組みの一つである「4歳6か月児発達相談」などで、療育や医療的ケアが必要と判断された子どものつなぎ先として、従来からある区立の療育センターに加えて、平成21年4月に「世田谷区立発達障害相談・療育センター」(愛称「げんき」、以下「げんき」という)を開設した。

「げんき」は知的な遅れのない発達障害を対象とした支援機関であり、「相談機能」「療育機能」及び「地域支援機能」という3つの機能を持っている。

▼相談機能、療育機能

「相談機能」は発達障害に関するあらゆる相談について、広く区民や当事者、保護者、関係機関からの問い合わせに応じることとしている。本年4月の開設以来、すでに600件に及ぶ相談を受けており、専門医師による医療相談、社会福祉士などによる福祉サービスや他機関紹介などを行う福祉相談、「げんき」での療育部門の紹介を行う療育相談を通して、相談内容により必要な支援につなげる対応を行っている。

「療育機能」は、18歳未満の児童を対象に7月の療育開始以来、現在230人の児童に対し療育を提供している。療育にあたっては、保護者からの聞き取りとともに子どもの行動観察や発達検査を行い、専門医師、心理職、心理職スーパーバイザー、言語聴覚士、作業療法士、担当職員などでカンファレンスを行い、療育の必要性、支援内容などを検討し、その結果を保護者にフィードバックし、保護者の同意を得た上で開始している。

療育は半年を1クール(来年度からは1年間1クールを予定)として、10回程度の個別やグループによる療育を行い、1クール終了後のアセスメントを経て、療育継続や相談フォローを行うこととなっている。

これらの療育は、1.子どもへの直接的な療育、2.保護者に対する療育内容のフィードバック、3.その子どもの保育園や幼稚園、学校といった集団場面への訪問を通し、担当職員との意見交換や情報共有の実施、という3点セットで行っている。未就学児は児童デイサービスとして、就学児以降は区の独自サービスとして提供を行っている。

▼地域支援機能

「地域支援機能」は、1.障害理解の促進、2.人材育成、3.関係機関支援、4.保護者支援、についての事業展開を行っている。

発達障害は外見からは分かりにくく、障害症状も理解されにくいという特性から、とかく親の育て方や本人の努力不足と見られがちである。このため、広く地域の区民の方々に発達障害に対する理解を得ることが支援展開の基礎となるという認識に基づき、ポスター、リーフレットの配布、講演会、シンポジウムの開催を行い「障害理解の促進」に取り組んでいる。

リーフレットの一部
リーフレットの一部拡大図・テキスト

「人材育成」は、保育園、幼稚園、学童クラブといった関係機関の職員を対象に研修を実施している。発達障害についての理解を深めるための入門的な研修に加え、関わりが難しいケースや対応に困っているケース、担当として困っていることなどを、事前に研修生からアンケートを実施し、それらの事例に基づいて、研修生と療育スタッフが一緒になってグループワークを行い、グループごとに検討結果をまとめて発表するという過程を通して、その成果を職場に持ち帰れるような研修を行っている。

参加者からは、「事例を研究しつつ自分たちの職場での事例も話すことができたので、悩みを共有できたり、意見を出し合えたのでこれからの業務の参考になった」「保育士という視点だけでなく現場の心理士や支援員の視点からの意見が聞けてよかった」「子どもを多面的に見る大切さが実感できた」といった声が寄せられている。

「関係機関支援」は、保育園、幼稚園、学童クラブという機関に対し、「げんき」の担当者が、それぞれの現場に赴き、具体的なケースの行動観察などを通して、関わり方や対応の仕方について、全体的な場面に展開したアドバイスを行っている。あくまでも機関全体のスキルアップを目的とした取り組みであり、個々のケースを通して、支援のあり方を全体化するため、職員会議などの場面で、意見交換や助言を行っている。

「保護者支援」は、保護者は子どもにとって「最大の支援者」であるとの認識から、家庭や日常生活場面で適切な対応ができるよう、ペアレントトレーニングや研修、個別支援など、兄弟姉妹も視野に入れた支援や、孤立しがちな保護者の交流の場を確保するといった支援を展開する予定である。現段階では、これらについては開設間もないことから、今後の実施予定となっている。

このほか、関係機関連携として、教育相談員やスクールカウンセラー、養護教諭など、教育関係者や民生児童委員との交流を行っている。

今後の課題

開設後、まだ半年しか経過していないため、これまで述べてきた内容については、すべてが手探り状態というのが実態である。

相談については、持ち込まれた相談内容を整理・分析し、そこから必要なサービスを構築する必要が見えてくるかもしれない。相談に応じ、必要な支援につなげるにしても、地域の社会資源のデータベース化を図る必要もある。まだまだ、「げんき」の存在が十分区民に周知されていないという状況の中で、あえて、「発達障害」という名称を看板に掲げているが故のセンター利用の抵抗感があることも事実であろう。

発達障害については、国の診断基準や障害手帳の制度も確立していない中で、支援が必要な人々がどれくらいいるのかさえ、明確でない状況である。療育についても、現段階ではこれといった決定的な手法が確立されているわけではない。そのような中で、専門医師や心理職、作業療法士や言語聴覚士といったスタッフが知恵を出し合いながら、その子にとって、少しでもよりよい結果が出るよう療育を提供している。

地域支援についても、さらなる障害理解の促進手法の検討、実施が必要であり、研修対象の拡大や、カリキュラムの検証・充実、関係機関支援のあり方やこれから取り組む予定の保護者支援など、「げんき」の取り組みすべてが課題である。

「げんき」は、相談については特に年齢制限を設けていないが、療育についてはハード、ソフトの両面から18歳未満の児童としている。このことから、18歳以上の発達障害のある方々の支援をどうするのかという点についても大きな課題である。このように書くと課題だらけのようになってしまうが、大切なことは、まず区として、発達障害に対しての支援に取り組み始めたということである。

前述のように、半年で600人を超える方々の相談に対応し、230人に療育を実施し、障害理解の促進や人材育成、関係機関支援や保護者支援に取り組んでいるという事実が重要であると考えている。

発達障害に対する支援は国として取り組むべき大きな課題であり、乳幼児期の子育てから就労支援まで広いスパンの取り組みが必要である。仮に世田谷区民だけが発達障害に対する理解を持っても、それだけでは支援は進まない。発達障害の人々や他の障害のある人々、健康な人、病気を抱えている人など、さまざまな人々が一緒に暮らす世の中がノーマルであるということが全国民の当たり前の認識となるよう、全国的な取り組みが必要である。

世田谷区の取り組みは、当然、一義的には区民福祉の向上を目的としているが、これらの取り組みが全国的な取り組みのための一助となるよう、今後も取り組んでいきたい。

(おおはらたかのり 世田谷区子ども部要支援児童担当課発達障害児支援担当係長)