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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年12月号

〈療育から教育へ〉
横浜市における学校支援事業の取り組み

小川淳

1 はじめに

横浜市では、平成19年度から市内8か所に展開される地域療育センターで学校支援事業をスタートさせました。

地域療育センターと学校教育は今までもさまざまな形で連携を図ってきましたが、システムとして定着を果たせずにいる事例が少なくありません。担当者が変わると自然消滅してしまうなど、組織同士の連携体制に課題がある場合が多いと考えられます。

一方、学校教育においては、普通学級に在籍する発達障害児への対応など、今までにない課題が顕在化し、対策が急がれています。その中では、学校教育の中だけでそうした課題を解決することに限界が生じている、という認識が生まれてきていることも事実です。

従来からの障害児に加えて、近年は発達障害児の問題など、福祉と教育の連携はより広範な領域に及び、かつ内容もかなりの複雑さを帯びてきています。「連携」という単なる言葉での旗振りに終わらない、まさに実効性のある、福祉と教育が協働する体制での連携構築が求められていると言えます。

本稿では、横浜における学校支援事業の概要を紹介し、福祉と教育の実践的な連携の形を考える視点を提供できればと考えます。

2 横浜市の療育センターと学齢児対応

横浜市では、市内8か所(横浜市総合リハビリテーションセンターを含む)に地域療育センターを配し、地域における障害児療育の拠点としています(図1)。

図1 横浜市の地域療育センター
図1 横浜市の地域療育センター拡大図・テキスト

地域療育センターの主たる対象は、従来、学齢前の障害児でしたが、就学後も継続するニーズに対応するため、平成13年度から学齢障害児支援事業を開始しました。その中で、個別事例での情報交換など、学校教育との連携を行ってきました。学齢障害児支援事業では、小学校期までを地域療育センターが対応し、中学校期以降は横浜市総合リハビリテーションセンターと小児療育相談センターが担うシステムとなっています。

3 事業化の背景

前述したとおり、地域療育センターでは、学齢期の障害児への対応を医療中心に行い、その中で学校教育との連携を図ってきました。

一方、学校教育サイドでは、近年連携に大きな影響を及ぼすいくつかの変化が生じています。

(1)特殊教育から特別支援教育へ

文部科学省は、障害児の教育体制について、旧来の特殊教育から特別支援教育へと、その理念を大きく転換しました。

その中で、連携を考える際に、特に大きい変化点は対象の拡大です。「教育上特別の支援を必要とする児童」という観点から、発達障害児が対象に含まれました。またその所属も旧来の特殊教育の範囲(主として、特別支援学校と個別支援級)から普通学級が含まれるようになりました。学校全体で支援に取り組むという視点が盛り込まれたのです。

(2)普通学級における児童実態の変化

横浜市教育委員会が平成15年に行った「特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態調査」では、学習面か行動面で著しい困難を示す児童生徒の割合が6.5%であったと報告されています。

もちろん、こうした調査は学級担任による回答に基づくもので、すべてが発達障害と結びつくものではありませんが、一方で、普通学級に発達障害やそれが疑われる児童が少なからず在籍している可能性を示唆しています。

以上のことから、現在の特別支援教育下での福祉と教育の連携については、「特別の支援を必要とする児童」が実際に普通学級に多く在籍することを前提にシステムを設計していくことが必要であり、従来とは異なる連携のあり方が問われることになります。

横浜における地域療育センターと学校教育との連携は、主として旧来の特殊教育の範囲で構築されてきました。したがって、地域療育センターにおいても、こうした学校教育サイドの変化に呼応しながら、従来の連携スタイルを見直し、あらたな連携のシステムを、つまり普通学級に在籍する発達障害およびその疑いのある児童に関わる連携システムを構築する必要が生じたのです。

4 学校支援事業の概要

(1)学校支援事業の趣旨

横浜市こども青少年局による事業説明は以下の通りです。

「主に発達障害のある児童等への対応に関する支援を趣旨として、各地域療育センターに学校支援スタッフを配置し、センターの有する経験と専門性をもとに、学校訪問による教職員へのコンサルテーションの実施など、各学校の状況に応じた技術支援を実施する」

対象:市内小学校の教職員

申込:各学校からの申し込みに基づいて実施

(2)学校支援事業の特徴

1.主たる対象を普通学級在籍の発達障害児とその疑いのある児童としていること。

2.個々の児童を取り扱うのではなく、学校の教員に対する支援、学校への組織的支援としていること。

3.教育委員会と密接な連携のもとに行っていること。

4.各療育センターに専従のスタッフを置き、チームとして対応していること。

(3)学校支援事業の主なメニュー

学校支援事業では、まず普通学級を担任する教員に発達障害の存在を理解してもらうことが重要なポイントとなります。児童の行動を性格や家庭環境だけを背景に理解しようとするのではなく、そこに発達障害という視点を加えてみること。その上で、個々の児童の特性を理解し、必要な支援に結びつけることの重要性を伝えます。そのために、以下のメニューを用意しています。

1.研修

担当スタッフが学校を訪問し、原則的には教職員全員を対象に、発達障害の支援に関する研修を行います(例:発達障害の特性、対応の基本、保護者への対応など)。

2.コンサルテーション

授業などの様子を実際に見学し、児童の捉え方、課題となる行動への対応法、コミュニケーションのとり方、教室の環境設定、授業の進め方などについて、ミーティングを通して担任などに助言するとともに、教員からの種々の相談に応じます(図2)。

図2 学校支援事業の主な流れ
図2 学校支援事業の主な流れ拡大図・テキスト

5 学校支援事業の実施状況

平成20年度の実施状況では、横浜市内の小学校346校のうち232校、約67%に実施しました。事業開始からの通算実数では、9割近い学校に訪問しています。

実施した学校へのアンケート結果では、実施した研修やコンサルテーションについて「よかった」との回答が95%を超え、また学校支援の結果として90%近くの学校が校内で何か工夫・改善をした、と回答しました。さらに、「どのような変化、効果があったか」の設問では、児童とのコミュニケーションが向上、授業に集中、トラブル・パニックが減少、教員間の連携が向上、などが上位の回答でした。「今後もこのような研修・コンサルテーションが必要か」との設問では「必要」とする回答が100%でした。

学校支援事業は学校からの申し込みを前提とするため、年度当初には各区の学校長会や特別支援教育コーディネーター連絡協議会等で事業のPRに努めています。しかし、まだ区によって申し込み数に差があるなど、事業の周知不足とともに、学校によって外部機関からの支援を受けることに対する認識に違いがあることが伺えます。

一方、実施回数の年間制限を設けていないことから、複数回の依頼がある学校もあり、効果が実証されるなかでは、より継続した支援を望む傾向がみられます。

アンケート結果から注目されるのは、9割近くの学校が何らかの工夫・改善を行ったという点です。単なる研修にとどまらず、実践に結びついているという点で、特にコンサルテーションでの実際の授業を通したアドバイスが効果的であることが実感されます。

しかし、一方で、学校が今まであまり積極的でなかった外部からの支援をこれだけ好感触をもって受け入れているという結果には、学校現場の、特に教員一人ひとりの混乱や窮状が強く反映されていると考えられます。

コンサルテーションでの主な相談は、学級内での立ち歩き、教室からの飛び出し、他児とのトラブル、教師への暴言、不登校、学業不振などでした。特別支援教育への大きな転換のなかで、普通学級の運営が同じく大きな岐路に立っていることを感じます。

6 学校支援事業を通して見えてきたこと

(1)普通学級には、当初想定した以上の発達障害およびその疑いのある児童が在籍している。

(2)普通学級を担任する教員は、発達障害についての知識をあまり多くは有していない。また、その存在が身近なものであると感じていない。

(3)特に高機能発達障害児の場合、学業に遅れがないばかりか、優れた成績を残すため、集団行動など社会性とのギャップから児童理解に混乱が生じる。

(4)そのため、発達障害やそれが疑われる児童に対して、いわゆる普通の接し方をするため、双方の混乱が助長されている。

(5)学級運営についても、発達障害やそれが疑われる児童が複数在籍する場合など、結果としてトラブルが多く生じ、学級崩壊に至る場合もある。

(6)そうした状況に対して、発達障害の存在を教員が理解することだけでも、児童理解が促され、児童への期待値が整理される中で、対応にも変化が見られることが少なくない。

(7)一方、行動上の問題は顕在化していないが、学業不振に陥っている児童は潜在的にさらに多く存在する。

(8)そうした児童は、授業中まったく無為な時間を過ごすことになり、いずれ行動上の問題に発展する可能性を持っている。

(9)ただし、そうした児童すべてに個別に対応する人的措置が現状の普通学級ではなされにくいため、潜在群として積極的な対応がなされずにいる。

(10)発達障害に着目した対応の工夫を行う以上に大切となるのは、だれにとっても「分かりやすい授業」を推し進めることである。授業のユニバーサルデザイン化の視点が今後重要となろう。

7 おわりに

学校支援事業がスタートして3年が経過しようとしています。地域療育センターが持つ発達障害に関する専門的ノウハウを、特別支援教育における学校現場で有効に活かせるようにすることを目的とした新しい連携スタイルは、少しずつですが成果を上げています。

しかし、事業が進展するとともに、相談内容も触法や不適応行動など、発達障害に関するノウハウだけでは片づけられない、より複雑化したものとなっています。問題解決には、児童相談所など、より幅広い関係機関の連携が必要となります。

「一人ひとりの子どもの幸せな人生」のために、さまざまな機関や人々が自らの守備範囲を持ち寄るだけの連携を超えて、より踏み込んで協働しようとする勇気が今あらためて必要とされています。

(おがわじゅん 横浜市総合リハビリテーションセンター副センター長)