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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年4月号

精神障害者地域移行・地域定着支援事業と地域移行支援の現状

厚生労働省障害保健福祉部障害福祉課

1 はじめに

わが国における精神保健医療福祉については、長い間、長期にわたる入院処遇を中心に進められてきており、累次の制度改正を経てもなお、早期の症状改善を図るための入院医療体制の急性期への重点化や、地域における生活を支えるために必要な医療、福祉等の支援を提供する体制の整備は不十分なままであった。

精神保健医療福祉の改革については、こうした背景の下で、平成16年9月に、厚生労働省において、おおむね10年間の精神保健医療福祉改革の具体的方向性を明らかにする「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下、改革ビジョン)が取りまとめられた。改革ビジョンにおいて掲げられた「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本理念に基づき、これまで、障害者自立支援法の制定や累次の診療報酬改定など、その基本理念の実現に向けた具体的な施策が展開され、その本格的取り組みが始まったところであり、わが国の精神保健医療福祉施策は、今まさに大きな転換期にある。

そこで、精神保健医療福祉のさらなる改革の具体像を提示することを目的として、平成20年4月から24回にわたって「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」を開催し、平成21年9月24日に報告書「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」を公表した(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/09/s0924-2.html)。

2 精神障害者地域移行・定着支援事業について

受入条件が整えば退院可能な精神障害者の地域移行に向けた施策については、平成15~17年度のモデル事業、平成18~19年度の精神障害者退院促進支援事業の実施状況や事業の展開を通じて浮上した課題等を踏まえ、平成20年度から精神障害者の退院・退所及び地域定着に向けた支援を行う地域移行推進員(自立支援員)の指定相談支援事業者等への配置に加えて、精神障害者の退院促進・地域定着に必要な体制整備の総合調整を行う地域体制整備コーディネーターを配置することとした「精神障害者地域移行支援特別対策事業」を実施しているところである。

さらに、平成22年度からは地域生活への移行支援にとどまらず、地域生活への移行後の地域への定着支援も行う事業へ見直し、事業名も「精神障害者地域移行・地域定着支援事業」としたところである。前記報告書を踏まえ、地域移行推進員と地域体制整備コーディネーターの配置を引き続き行うことに加え、未受診・受療中断等の精神障害者の支援体制の構築と精神疾患への早期対応を行うための事業内容を追加し、さらに、ピアサポーターの活動費用を計上するとともに、精神障害者と地域の交流促進事業も行っていただけるようにする予定である。

地域移行支援の実施にあたっては、個別支援を担う地域移行推進員を中心として、地域体制整備コーディネーターや保健所職員等の行政関係者、不動産関係者等が個別支援会議等を通じて十分な連携を図りながら、本人の希望を尊重した上で支援を展開していくことが重要である。

(社)日本精神保健福祉士協会では、各地の先駆的な地域移行支援の取り組み事例を集めた「精神障害者の地域移行支援~事例調査報告からみる取り組みのポイント~(2008年3月発行)」(http://www.japsw.or.jp/backnumber/oshirase/2008/0731.html)をホームページで公表しているので、各自治体や支援関係者におかれては、各地域の特性や支援を利用される方の状況を踏まえ、十分にご活用いただくとともに、より効果的な支援を提供できるよう一層の取り組みをお願いする。

地域移行支援のイメージ概観は図1のような流れになるが、各支援時期における適切な支援のコーディネートがポイントとなる。地域移行推進員は利用者のニーズを聞き取り、地域体制整備コーディネーターは利用者が暮らしたい地域の情報を得て、医療関係者とその地域の相談支援事業者等と連携を図りながら、関係者がチームとなってそれぞれの役割を担う。

図1 精神障害者地域移行・地域定着支援事業の流れ
図1 精神障害者地域移行・地域定着支援事業の流れ拡大図・テキスト

本事業は単年度の補助事業ではあるが、障害福祉計画の下、長期的な展望に立ってロードマップを描きながら実施することにより、障害保健福祉行政全体の取り組みの中の位置付けが明らかとなり、また各市町村や各圏域の取り組みと都道府県行政がリンクしてくる。そうすることにより、委託を受ける相談支援事業者等は大きな目標を見据え、日々の支援を高い目的意識の下で行うことが可能となる。

地域移行支援を実施する際には、まず関係者の理念・目的の共有が重要となる。そのためには地域自立支援協議会を活用した協議会を設置する。本事業の計画時点から、関係する市町村及び広域の自立支援協議会関係者や相談支援事業者、福祉サービス事業者等と話し合いを重ね、理念・目的を共有することが、後々長期的な事業につながる。そして、協議会では支援の困難な事例や事業を進めていくことによって明らかとなった課題等について、関係者が問題意識を共有し、そこで明らかにされた課題を地域の問題として、地域自立支援協議会で議論し解決の方向性を見い出す。

地域移行支援の取り組みが地域において具体的に動き出す時には「一人一人の地域生活にかかるニーズを見出し、夢や希望を育む支援と具体的な地域移行支援策の提供」をだれとだれがどのような方法でいつ実施するのか役割分担を図り、皆で情報を共有しつつ、特定の個人だけに負担が集中しないように、スーパーバイズの機能も持たせながら、最初はスロースタートでも、徐々にスピードアップを図る方が地域移行支援が着実に進んでいるようである。

次に、いよいよ病院と連携し、地域移行支援を実施する時、まず入院しているすべての患者さんに本事業の説明から始めることが望ましい。その場合、長期入院の経験のある精神障害者が地域生活の体験談を語ることにより、退院に対して積極的でない患者さんの心を動かす、あるいは不安を取り除くことに対して大きな役割を果たしていると各地の取り組みで報告されている。

図2は、障害福祉サービスの概要であるが、その他に介護保険、医療、インフォーマルな地域の支援についても併せて説明が必要である。

図2 障害者の地域移行を進めるための支援方策について
図2 障害者の地域移行を進めるための支援方策について拡大図・テキスト

3 地域移行支援の現状

1.精神障害者地域移行支援特別対策事業の実績は表のとおりであり、平成21年でようやく全都道府県で実施されることとなった。

表 精神障害者地域移行支援特別対策事業の実績 平成21年6月末現在

  実施自治体数 全圏域数 実施圏域数 実施圏域数/全圏域数 事業対象者数(人) 退院者数(人)
平成15年度 16
(含指定都市1)
226 72
平成16年度 28
(含指定都市3)
478 149
平成17年度 29
(含指定都市5)
612 258
平成18年度 26都道府県 385 148 38.4% 786 261
平成19年度 42都道府県 389 236 60.7% 1,508 544
平成20年度 45都道府県 386 295 76.4% 2,021 745
平成21年度 47都道府県 389 337 86.6%

※平成15年度から平成17年度まではモデル事業、平成18年度~平成19年度までは、精神障害者退院促進支援事業として実施。

※退院者数については、当該年度内に退院した者の数であり、年度を越えて退院した者の数は、含まれていない。

※平成21年度6月末現在の数値であり、実施予定も含む。

2.地域生活支援のための障害福祉サービス

障害者自立支援法が制定され、三障害一元化となり、精神障害者の福祉サービスも義務化され、福祉サービス事業所の要件が整えば指定を受けることができ、また精神障害者にサービスを提供する事業所も増え始めてきた。旧体系は補助金であったこと等により、その数は施設整備によって制限されざるを得ない状況であったが、障害者自立支援法施行後の精神障害者の利用者数の伸びは、他の障害に比較して著しい伸びを示している。

居住系サービスでは、平成18年10月現在で約12,900人であったが、平成21年11月には20,000人を超え約1.6倍増となっている。また、日中活動の通所系サービスでは、平成18年10月現在で約17,500人であったが、平成21年11月には約40,000人弱と約2.2倍増、在宅系サービスでは、平成18年10月現在で12,300人余りであったが、平成21年11月には25,600人余りと倍増している。

4 おわりに

このように精神障害者が利用できる福祉サービスは増加の一途をたどってはいるものの、まだ十分に福祉サービス事業所が整備されていないために、条件が整えば退院可能な精神障害者の地域移行支援に必要な社会資源が整わず、退院に向けた支援を行うことが困難な地域があるとの情報もある。今後は、精神障害者が利用できる障害福祉サービスの拡充を図るために、精神障害者福祉サービス事業者のさらなる拡充を図る一方で、知的障害者の地域生活支援にかかる福祉サービス事業者との連携を図ることも重要である。

相談支援事業者や福祉サービス事業者の中には、精神障害者の相談支援は初めてという事業者もあるであろう。その時は、精神障害者支援関係者が専門的な助言・指導を行ったり、研修により精神障害者支援従事者を増やすための人材育成を図る。一人ひとりのより豊かな地域生活を実現するには、障害や年齢にかかわらず支援できる体制を整備することが、より豊かな地域を作り上げる。

昨年9月9日の連立政権合意において、「障害者自立支援法」は廃止し、「制度の谷間」がなく、利用者の応能負担を基本とする総合的な制度をつくることとされ、内閣府に「障がい者制度改革推進本部」を設置し、「障がい者制度改革推進会議」が開催され、その論点に地域移行が盛り込まれている。

地域移行の流れは、今後ますます加速していくであろう。条件が整えば退院可能な精神障害者の方が1日でも早く、一人でも多く、その人の望む暮らしが実現するように、医療も福祉も行政も地域住民も一体となった取り組みが進むことを願う。