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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年4月号

ワールドナウ

今、インドは動いている
―第11次計画下での障害施策

森壮也

今、インドは動いている。マスコミ等でも経済の動きがいろいろと報道されているが、障害の世界でも大きな動きが見られる。そうした動きの中から、今回、インド中央政府における障害への取り組みについて、2010年2月にデリーでの障害と経済の調査で得られた情報から一部をご紹介したいと思う。

第11次5か年国家開発計画

インド政府には、政府省庁のひとつである計画委員会が作成を担当する国家開発計画があり、現在、第11次5か年計画(2007―2012)が実施中である。同計画には、それまでの第10次5か年計画とは異なった側面がいくつか見受けられる。第10次5か年計画でも2000年に設置された「障害者のエンパワーに関する作業委員会(ワーキング・グループ)」には、他の障害関連機関・団体の人たちに混じってろう者の利益を代表する形で、世界ろう連盟加盟団体である全インドろう連盟(AIFD)の会長が参加していた(政府機関以外では、SKKV教育大学のM.M.G.Mani氏、盲人協会BPAのBhushan Punani氏、けいれん性協会のAloka Guha氏、AmarJyotiトラストのUma Tuli氏)。これが2006年に発足した第11次計画でも「障害者のエンパワーに関する作業委員会」で引き継がれ、やはりAIFDの会長がこの委員となっている。ただ第11次計画の委員会では、学識関係者がより増え、当事者団体からの委員はAIFDのみとなっていた。

この作業委員会が出した最終報告書は、当初、2006年9月までに出されることになっていたが、いまだ出されていない1)。これまでの同委員会の開催がほとんどないことがその理由と思われる。さらに報告が遅れているだけでなく、前記のように、当事者団体の参加がほとんどないという大きな問題がある。

運営委員会と当事者運動

2006年5月に第11次5か年計画の運営委員会(ステアリング・コミッティー)が設立された。しかし、当事者団体からは、けいれん性協会など一部しか含まれておらず、政府の実施の遅れを含むこれらの問題に対して、インドの障害者たちが立ち上がった。

インドの障害者運動のリーダーとして、国際的にも知られているJaved Abidi氏らのNGO、インド障害者雇用促進センター2)(NCPEDP)を中心とした抗議・障害者代表要求運動が起き、2006年7月に、このJaved Abidi氏のほか、Radhika M. Alkaji女史(ASTHA、障害児教育支援)を含めたメンバーが新たに、この「社会福祉とその他の特別な集団に関する運営委員会」の委員に追加任命されるに至った。

この時期について改めて考えてみると、国連において障害者の権利条約の議論がちょうど進んでいた時期にあたる。国連総会で同条約が採択されたのは、この年の12月であった。

日本では、現在、内閣府によって障がい者制度改革推進本部が「障害者の権利に関する条約(仮称)の締結に必要な国内法の整備を始めとする我が国の障害者に係る制度の集中的な改革を行う(中略)」3)ため設立されているが、インドの作業委員会はややこれに先駆けて、こうした動きを当事者たちからの運動によって始めていたことになる。

AIFDの活動

そして、もう一つ注目しておかなければいけないことがある。2006年7月の第11次計画の前記の運営委員会委員には、ろう者団体の代表として、インドろう者協会(NAD)のA.S.Narayanan氏が新たに任命されている。

先に述べたように作業委員会では、別の団体AIFDからの代表が委員として任命されていた。実は、AIFDは世界ろう連の加盟団体であるが、会長は聴者Surinder Saini氏である。AIFDは1955年の設立以来、聴者を会長にいだき、ろう者はろう団体としての運営の実務を担う事務局長以下のみという状況を長らく続けてきている。世界ろう連の各加盟団体の長もろう者であるべき、という規約に違反した形となっている問題について、AIFDは、政府のこうした委員会で発言をしてもらうためには聴者でなければならないということをその理由としてきた。言わば、インド政府との交渉の場では、この聴者の代弁者が長らく窓口を務めてきたのである。

AIFDは、インド政府とのこうした強い結びつきを背景に政府から補助金を受け、ろう・難聴学生のための職業訓練校MPTDCをデリーで運営している」4)。しかし、学校運営の一方で、AIFDはろう者の権利の実現のための運動という障害当事者運動の多くが使命としている領域での活動については目立った活躍はなく、会員への情報提供のための定期的なニュースレターなども発行していない。

めざましいNADの活動と初の手話通訳付き会議

一方のNADは、2005年に設立された新しい団体であるが、近年、ろう者・難聴者の自動車運転免許の許可を求めてのデモや最高裁へのPIL(公益訴訟5))などでめざましい活躍をしている。NADは、会長以下、すべての役員がインド手話を駆使するろう者であり、女性ろう者のエンパワメントにも同じ組織内で取り組んでいる6)。またNADは、肢体不自由者でもある先のAbidi氏と障害を越えた緩い全国的な連帯の枠組みである「障害者権利グループ(DRG)」で共に活動しており、こうした結びつきが政府の国家計画の運営委員会の委員任命にも結びついたと思われる。

そして、このNADのNarayanan氏が初めて運営委員会の委員として、インド連邦政府の同委員会に出席した時には、次のような興味深い話があった。

インドの政府の委員にはそれまでずっと聴者が参加しており、音声言語のみで議論が行われていた。しかし、この委員会にろうの手話話者である当事者が出席した時、委員会事務局は手話通訳について全く配慮がなかった。委員会の開催が社会正義・エンパワメント省次官から告げられた時に、Abidi氏は手を挙げ、「本日、ここにろう者が出席していますが、手話通訳者の用意はされているのでしょうか?」と問うたのである。政府側は慌てた。ろう者が出席しているのなら手話通訳を用意しなければならないということは理解できたが、手配も何もしていなかったからである。

そうした事態を想定して、Narayanan氏は事前に手話通訳の打診をし、通訳者を待機させていた。すぐにその通訳者が呼ばれ、ここにインド史上初めて、政府のこうした公式の会議の場所において手話通訳が用意されるに至ったのである。

第11次計画におけるろう者施策

初めて手話通訳が入ったことによって、会議においてろう者の意見を当事者から直接に聞くことが可能になっただけでなく、第11次5か年計画においては、さまざまなろう者に関わる条項がかつてないほど具体的な形で盛り込まれるに至った。

まず第一に、保健、雇用、法的サービスへのアクセスのために手話通訳者の養成が盛り込まれた。第二に、完全参加のためにすべての記録情報の文字化と字幕付与が盛り込まれた。このため、手話通訳の開発・促進に貢献し、教師・通訳者の教育を担当するための手話研究・訓練センターの設立が明記された。さらに、字幕・文字サービスの提供のための国立字幕センターの設立も明記された。このほか、ろう者・難聴者の教育発展の目的で、全州において第12学年まである全寮制のろう学校を少なくとも1校設立し、全地域においてろう者のための一つの大学を設立することも明記された。

このうち、手話研究・訓練センターについては、早くも2010年2月26日に、インド財務相がろう学校教員養成以外の目的でのこうしたセンターを設立する予算を来年度の予算に組み込むことを発表7)し、今後の計画の具体化などに注目が集まっている。インドの当事者運動に今、私たちも大きな関心を寄せてもよい時かもしれない。

(もりそうや 日本貿易振興機構アジア経済研究所主任研究員)


1)社会正義・エンパワメント省の2008―2009年年次報告で40万7千ルピーが報告書作成費用として計上されており、いまだ発行されていないことが分かる。

2)National Centre for Promotion of Employment for Disabled People

3)「障がい者制度改革推進本部の設置について」(平成21年12月8日閣議決定)

4)同校はインド全土から研修生を集め、2009年度までで2,750人の卒業生をコンピューター、写真(従来式及びデジタル)、印刷、機械整備、裁断・縫製といった分野で送り出している2年制の学校である。

5)PIL(Public Interest Litigation)で、インドで社会改革と弱者救済の制度として社会的に根付いている訴訟のやり方。インド憲法第32条を元に判例によって根付いたもので、公共の利益について起こされる。南アジア諸国で同様の制度が見られ、障害分野でも多く利用されている。

6)AIFDは、女性ろう者の問題には取り組んでいない。ろう女性へのエンパワメントは、AIFDの友好団体であるDelhi Foundation of Deaf Women(デリーろう女性基金)が連邦政府からの補助金を元に行っている。

7)“Disability groups find Pranab’s budget heartening”(Hindustan Times) http://www.hindustantimes.com/News-Feed/global-economy/Disability-groups-find-Pranab-s-budget-heartening/Article1-513296.aspx