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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年6月号

支援機器の開発と普及―現状と課題―

山内繁

1 支援機器産業の問題

支援機器産業の現状については、本誌本年2月号でその概略について触れたように、2000年までは年率8%で成長してきた市場規模が、2000年以降は年率0.8%の成長率へと落ちていることに尽きる。2000年の介護保険の発足とともに支援機器産業の拡大が期待されたが、実際には逆に成長のスピードが低下し、手動車いすに至っては、1999年度に229億円であった出荷額が2005年度の169億円まで減少した。その後2006、2007年度には180億円へとやや持ち直したものの、1990年代のレベルへの回復はおぼつかない状態である。

一方、流通においては、2006年10月からの介護保険のいわゆる「貸しはがし」の影響が大きい。この様子は、図に示した介護保険における福祉用具貸与の給付額の変化で見ることができる。

図 介護保険における福祉用具貸与給付額(10億円/月)
図 介護保険における福祉用具貸与給付額拡大図・テキスト

金額ベースでは、2005年12月がピークで160億円であったものが、2007年3月には126億円と22%の減額となっている。最も影響の大きかった介護ベッドでは、2005年12月の貸与台数70.5万台から2007年3月の48.2万台に減少している。70万台の中で20万台以上が貸しはがしの対象となったと思われる。

さらに、国際福祉機器展(HCR)の動向にも着目したい。出展社数では2001年の634社(うち国内552、国外82)、来場者数では2004年の13.8万人をピークに低下し、2009年では487社(国内436、国外51社)、10.8万人となっている。出展社数の低下は産業界の現状を反映している。来場者数の構成を2005年度と比べてみると大きな変化は見られない。とすると、支援機器に関する期待が一般的に薄れつつあるのではないかと気がかりである。

なお、デュッセルドルフのREHACAREは、2009年実績で706社の出展に対し、来場者数は4.3万人で2007年に比べて1000人の増加であった。依然として、HCRが世界最大規模の展示会であることには変わりがない。

2 利用者にとっての問題

利用者の観点から支援機器の開発と普及に関しては、「必要な機器がない」という問題が常に提起される。障害者の抱える問題はさまざまであり、近い将来に、すべての障害のあらゆる場面に必要な機器を普及させることは不可能であろう。その意味では、「必要な機器がない」という提起はなくならないであろう。

利用者からの問題提起は、実際には自分にとって優先度の高い問題を解決するための開発への期待であると受け止めたいが、開発プロジェクトに協力したにもかかわらず、論文のデータにはなったが、利用できる機器にならなかったことへの異議も含まれているかもしれない。

支援機器のなかには高度の適合を必要とし、利用者数が少なく、市場規模が見込めないオーファンプロダクツと呼ばれる機器がある。この場合は、どうしてもコスト高になるために普及が困難である。場合によっては、市場から消えてしまうこともある。

開発と普及と言う時、ともすれば新規の機器を開発し、普及してゆく過程を想定しがちであるが、それ以上に、市場原理に乗らないために普及が困難な機器も視野に入れる必要がある。

それ以外に、公的研究開発費の投入とそれからの成果に対する失望が考えられる。福祉用具法に基づいて、財団法人テクノエイド協会およびNEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術開発機構)による研究費助成が行われてきた。これに対して、実用化の成果が乏しいとの批判がある。しかし、昨年度までのテクノエイド協会の助成事業では235件中119件(50.6%)が、NEDOの助成事業では164件中87件(53%)が商品化に成功している。開発研究で50%が商品化に成功しているというのは成績の良い方であって、成果が乏しいというのは事実に基づかない発言であると言わねばならない。

3 開発者にとっての問題

開発者の立場からは「ニーズが見えない」という発言が多い。しかし、いかなる商品開発においても同じであるが、ニーズは伝わるものではなく発掘するものである。そのためには利用者をよく知ることが第一である。利用者を知ることなくしてニーズが見えるはずがない。

大学や研究機関における開発においては、シーズ志向の開発がしばしば行われる。それぞれの専門の立場を生かそうとするのは理解できるが、シーズの先走った開発は失敗しがちである。専門の立場にこだわると、利用者の抱える問題が見えなくなる。また、コストを度外視した開発に走りがちである。そのような時、メディアの取材を受けると、希望的観測で普及への展望を語ってしまうことがある。量産化できればコストは下がることが期待できるなどである。そうすると、それが専門家の見解として世に伝わってしまう。

しかし、オーファンプロダクツの市場規模は小さく、一般製品のような量産効果は期待できない。こうして期待外れとなる事例が重なると、「必要な機器がない」との批判を招くのではないだろうか。

一方、企業における開発においては、採算を度外視することはできない。最近の産業界の抱える問題については先に述べたが、環境の悪化した現状においては特に重要である。2000年以来、企業の開発努力が介護保険の対象となる用具に向けられ、それ以外の支援機器への展開が手薄になっていた感がある。このような事情も「必要な機器がない」との印象を強めているのかもしれない。

4 解決のために

前記のような現状を打破し、解決のための私案をいくつか述べたい。

A 認知症のための支援機器

支援機器産業の成長のためには新規分野への拡大が有効であろう。その分野として、認知症のための支援機器を取り上げたい。特に着目したいのは、軽度の認知症患者向けの生活支援機器である。支援機器によって認知症の進行を遅らせ、さまざまな二次的症状の発生を防止することができれば、その効果は計り知れないであろう。北欧で行われた共同研究も小規模なもので、世界的にも開発はその端緒についたばかりである。

わが国においても、北欧においても、この種の機器に対するアプローチはオーファンプロダクツの手法を採っている。そのために高価な機器になってしまっている。価格の低下によって普及を図るために、アクセシブルデザインの手法を採用すべきである。

アクセシブルデザインは、ISO/IECガイド71で導入された概念で、一般製品の操作部の改造や支援機器との接続の規格化などの手法を含んでいる。大量生産の一般製品の一部を変更する共用品の手法によって必要な性能を実現し、普及を促進するものである。認知症患者のニーズの大きさを考えると、開発の初期からアクセシブルデザインを念頭に置いた開発が必要である。

なお、アクセシブルデザインのアプローチは、認知症のための支援機器に限定することなく、他の機器にも適用できるものである。特に、オーファンプロダクツとの組み合わせについては、今後さらに検討する必要があると考えている。

B 科学的な臨床評価

開発した機器の有効性の実証、適応と適合条件の確認のために、開発した機器の臨床評価を行う。わが国における臨床評価においては、被験者による主観評価に頼りがちである。

医学系の臨床研究においてはよく知られていることであるが、研究者と被験者の間には一定の信頼関係が必要である。しかし、そのためにプラセボ効果と呼ばれるバイアスが発生しがちである。

つまり、偽薬に対しても薬効を示すように、有効ではない機器に対しても有効であると示してしまうことがある。大学や国立機関による開発の場合、その権威への信頼のためにバイアスのかかった回答になりがちである。医学系研究においては、そのようなバイアスを回避するために客観的な指標を設定してエビデンスとすること、倫理審査において、その指標についても審査することが当然とされている。

このような科学的な臨床評価は欧米では当たり前であるが、わが国ではそうではない。支援機器の開発に科学的根拠を基礎づけるためには、この点の改善が必要である。

C 公的研究開発助成課題の採択

先に、テクノエイド協会とNEDOの開発課題について、商品化率が50%であって成績優秀であると述べた。しかし、公的資金による助成はこの制度に限定される訳ではなく、しばしば理解しがたい開発課題が採択され、税金の無駄遣いが行われている。このような課題の採択においては、ともすれば開発した技術の新規性や波及性などが主張されることがある。こうして、重装備の高価な機器が開発されることになる。なかには、技術シーズを示すことには有用であってもナンセンスとしか思えない開発課題がある。数億円を使って体重計を組み込んだいすを開発するなどである。このような課題に、支援機器開発の名のもとに税金を投入することは厳に慎んでいただきたい。

ニーズだけに偏った採択もしばしば見受けられる。問題の所在は理解できるが、その具体的な解決法の提案のない課題が採択されていることがある。採択する側からは問題の重要性に共感を持ったのであろうが、解決法の提案に説得力のない申請は採択すべきではない。極端な場合、ニーズの問題提起だけで文献調査から始めるといった申請が採択され、事後評価を担当して驚いたことがある。開発の段階にもよるが、コストと普及を視野に入れた開発計画に重点を置くべきである。

5 おわりに

支援機器の開発と普及に関連する産業、利用者、開発者、それぞれの現状と解決のための私案について、日頃感じていることを述べた。実際には、その一端について紹介したに過ぎない。ここで触れられなかった点については、この特集の他の部分を参考にしていただきたい。

(やまうちしげる 早稲田大学研究推進部参与)