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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年6月号

開発と普及に向けた提言
―リハエンジニアの立場から―

小林博光

現状の問題点~開発と市販との狭間~

他の研究施設と同様に、私の所属する研究部でも、これまでいくつもの研究成果物を発表してきたが、実際に市販化に至ったケースは極めて少ないのが現状である。いわゆる、研究開発と市販化(事業化)との間に潜む「死の谷」に陥っているものが多いように感じる。ここからなかなか抜け出せない要因は技術的・工学的な問題よりも、経済学・社会学的な要素が大きく関与する気がしている。具体例を挙げてみよう。

日本の研究開発分野で流行っているものの一つにロボットがある。自動車や家電製品など多くの製造現場で活用されている産業用組み立てロボットや、それらの生産ラインの途中経路の移動を担う自動搬送ロボット。主に自社の技術力をアピールするために開発した(と感じられる)二足歩行ロボット。これらのロボットやそれをベースとするロボット技術の応用が、福祉の現場での活用に期待を持たれている。よく目にするものでは、移乗を介助する抱きかかえロボットや、自動的に目的地に到達できる自律移動電動車いすなどがある。

前者は被介助者の安全性を十分確保するために、高精度のセンサや高出力のアクチュエータ(作動装置)、それらを間違いなくコントロールするコンピュータなどを多数備えている。いかにも高額になりそうな構成である。これはたとえば「日常生活用具の給付品目」の対象になり得るだろうか。あるいは訪問介護サービススタッフの代わりになり得るだろうか。現状の経済状況や社会制度の状況から察するに、極めて厳しいと考えざるをえない。

後者は電動車いすを設定された目的地へ安全に自律移動させるために、GPSやジャイロ(方角や傾きの検出)センサなどを元に移動距離や速度を演算しつつ、建物や行き交う人々、歩道と車道の区別を検出しながら詳細な地図データとの整合性を計るなど、同時にいくつもの処理を実行させている。しかし、どんなに技術的に進歩しても「絶対に安全」は実現困難である。

また、現状の規則では、車道はもちろん、歩道を自動的に走行するものを走らせることができないことになっている。たとえば、ラジコンを公道で走らせてはならないのと同様とお考えいただきたい。規制緩和は進みつつあるが、安全面を考慮すると実現は難しいのではないだろうか。

もちろん、このようなロボットを開発するに則して、新たな技術が生まれ発展していくことは歓迎すべきであると認識しているので、この種の研究について批判しているわけではないことはご理解いただきたい。

このように、高いレベルで目標達成できる開発品でも、いざ市販化を考えると工学以外の多様な要素が絡み合い大きく関わってくることがご理解いただけると思う。

今後へ向けての提言~開発視点の多様化~

リハビリテーション工学の分野においては、よく「当事者の視点」が重要視される。ここで言う当事者とは、福祉用具を実際に入手して活用する障害者や高齢者、およびその介護者らを指している。実際に使用する方、すなわち「当事者」に合わせ、一品ずつ作成する手法は、リハビリテーションの現場で積極的に行われ、それにより多くの障害者や高齢者が温かみの感じる自立支援機器(この場合は自助具が多い)を手に入れられている。

しかし、この手法をそのまま大学や研究施設などの開発現場に用いると、前述のような「死の谷」に陥ってしまう。

実は、「死の谷」の次に、「ダーウィンの海」と呼ばれる障壁もある。前者は公的な資金援助などである程度、乗り越えることができるが、後者は市場という大海原で自然淘汰されることである。公的資金により研究開発の事業化が達成できても、さらに産業化へステップアップすることは、さらに困難を極めるということらしい。

高齢者や障害者向け市場は、広大な一般市場の中ではごく一部であるため、淘汰を回避することは困難であると予想される。

提言というほど大それたものではないが、視点を拡大する必要があると感じている。すなわち、「当事者の視点」だけではなく、「製造する者の視点」、「販売・設置する者(代理店)の視点」、「法や制度の視点」など、あらゆる方向から多面的に開発を進めることが、普及に対する実現可能な対策と考えている。

また、高齢者や障害者の市場が拡大していると言っても、一般製品と比較するとまだまだ市場規模の少ない状況であるように思える。障害者や高齢者、その介護者のみが使用する装置や機器を開発するより、一般製品の開発に、彼らの利用を考慮しながら汎用性やカスタマイズ性を意識して開発する方が、前述の視点に立つ者の負荷の偏りを軽減しつつ、より使いやすい製品の開発につながるのではないだろうか。

さらに、問題をモノづくりだけで解決するのではなく、使い方や作り方など、ワザの開発や伝承も、日本の得意な分野として発展を期待したいところである。

以上、批判や叱咤も覚悟の上、私の個人的な想いを手短にお伝えした。さまざまな立場の方に、いろいろな事情があることは、承知しているつもりなので、ご理解とご容赦願いたい。

(こばやしひろみつ 独立行政法人労働者健康福祉機構総合せき損センター医用工学研究部)