音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年6月号

ワールドナウ

障害者権利条約
地域人権審査機関の設立を目指して
―韓国での「障害者の権利条約の普遍的な実施」シンポジウム報告

中西由起子

はじめに

2006年に障害者の権利条約が採択され、多くの国が署名、批准を行ったが、アジア太平洋においては17か国1)が4月末現在において批准したにすぎない。批准国を増やす努力はもちろんであるが、批准を行った国に対しては国内法の整備を促すなど、障害者団体のやるべき仕事はまだまだ多い。さらにその先を考えると、実施を監視し、モニタリングを行う機関の存在は、非常に重要となる。

会議の背景

韓国政府は、国連での権利条約策定の過程には韓国DPI代表の故イー・イックセオップ氏を派遣し官民一体で積極的に審議に参加し、障害者団体が大同団結して結成した「障害者差別禁止法推進連帯」の強力な要求運動に応えて、2007年3月には障害者差別禁止法2)を制定した。さらに2008年には条約に批准するなど、韓国は障害分野をリードする国に成長してきている。

そのような状況の中、韓国国家人権委員会とアジア太平洋障害者人権審査機関創設拡大会議が共催で、2010年3月12日に、韓国・ソウルにおいて「障害者の権利条約の普遍的な実施―アジア太平洋地域障害権利審査機関の設立を目指して」を開催した。同会議は、すでに東京、タイで同様な会議を開催しているが、国家機関との共催は初めてのことであり、国が前面にでて障害者の権利を推進しようとする韓国での、障害者権利擁護に対する強い姿勢を感じた。

会議の内容

会議は、アクセシビリティが十分に配慮された韓国国家人権委員会本部の会議室で開催された。ホン・ビョンチョル人権委員会委員長が歓迎の辞で述べていたように、効果的な条約の実施のための地域障害者権利審査機関の設立可能性に関して討議すべく、シンポジウムは3部に分かれて構成された。第1部は権利条約のユニバーサルな実施、第2部はアジア太平洋の障害審査機関の設置、第3部はケーススタディであった。

ESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)や韓国、日本、アメリカからの8人のスピーカーに加えて、11人の韓国の大学教授や弁護士、外務省や健康・福祉・家族問題省の代表などの専門家がパネルを構成した。韓国の障害者の関心も高く、聴衆の半分以上を障害当事者が占めた。

第1部「権利条約のユニバーサルな実施」

ESCAPの秋山愛子氏は「アジア太平洋障害者の十年の差別防止を保障する障害法」と題して、域内36か国での調査結果3)から、オーストラリア、韓国、香港、ニュージーランドが差別禁止法を定めているにすぎないこと、障害の定義が国によって異なること、多くの国の法律が条約の内容に則していないことを指摘した。そのため、権利審査機関の設置に至るためには、国内法の整備と条約32条に基づいての国際協力が鍵であり、能力構築を行っていくべきであると結論付けた。

最近アジアでの講演が多い、ハーバード法科大学院のマイケル・ステイン氏は、域内でのデータや統計の整備、女性差別撤廃条約や子どもの権利条約との連携、国連人権理事会への情報提供の必要性を訴えた。条約の批准もさることながら、国に議定書の批准をさせる難しさも述べた。同氏の域内の文化を配慮しての家族の役割の強調という最近の主張に対しては、アジアの当事者団体から反対意見が挙がっていることを受けて、今回は障害当事者団体中心の権利の推進を強調した。

国家人権委員会障害政策チーム主任のチョ・ヒョンソク氏は「障害者の権利条約実施に対する韓国国家人権委員会の役割」において、第2条を引き合いに国家の締約国の義務には、財源的裏付けを必要とする権利の尊重と、法律や制度を成立させての権利の保護、さらに履行があるとした。国の人権機関の一般的役割を歴史的な背景を交えて述べ、特に障害者の権利条約に関しては、国の実施状況報告書提出の際には追加の情報と意見書を提供しモニタリングの役割を果たすなど、国内での人権領域と国際的人権領域を結びつける人権委員会の独立性を強調した。

第2部「アジア太平洋の障害審査機関の設置」

池原毅和氏はアジア太平洋障害者人権審査機関創設拡大会議の代表として、シンポジウムの中心議題である審査機関の構想を発表した。往々にして既存の法律で人権は守られるとする国に対して、欧州人権裁判所を念頭に置いた、個別の権利侵害を対象に権利救済を図るための裁定機関の役割を持つ、域内における障害のある人と法律の専門家、地域代表などから構成される組織体が必要性であることを強調した。しかし、ハード(公的機関)もしくはソフト(民間機関)のいずれの形態とするかに関しては、パネルでの討議で結論が出るには至らなかった。

ニューヨーク法科大学院のマイケル・ポーリン氏は「障害者の権利条約実施のためになぜ地域審査機関は必要か」において、最大の少数派である障害者のエンパワメントをついに果たすものとして、その効果を論じた。審査機関の創設はタイムリーであり、条約に命を吹き込むには必須であり、アジア太平洋の障害者の権利実現のためには当然必要な一歩であるとした。アジア的価値観と普遍的な人権の概念との間に相違が存在することを、その必要性の第1理由に挙げた同氏の指摘は面白かった。

第3部「ケーススタディ」

弁護士として障害者差別禁止法推進連帯に参加していたパク・チョンウン氏は、障害者の雇用割り当て制度、視覚障害者によるマッサージ業の独占、労働災害により仕事を遂行できなくなった障害者の解雇、教育現場での設備の提供義務などに対する合憲判決や、住民による特殊教育校や知的障害者施設建設の反対運動に対する違憲判決など、日本でも同様に発生している事例を列挙した。差別禁止法の普及までには時間がかかるとしながらも、メディアや関係機関がモデル判決を発表していくことで、それは短縮できると述べた。

神奈川大の山崎公士氏は、日本での人権侵害に対する法的救済の制度の現状と、時間と資金を必要とするなどの制度上の問題点を発表した。そのために、独立した国家人権機関の設立や差別禁止法の制定、国で救済されなかった場合の国際的救済プロセスなどの法的救済措置強化の方法を述べ、同氏も構成員を務める障がい者制度改革推進会議を、障害者が半数を占める積極的改革策として紹介した。

最後に筆者が、障害当事者運動の代表として、権利条約実施に際しての個人に代わっての交渉を行ったり、差別を自分たちの問題と考えて個人を支援する障害当事者団体の重要な役割に関して述べた。条約4条での締約国の障害者団体に関する義務に言及した後、慈善団体や福祉法に基づいた医療モデルから社会モデルにパラダイム・シフトした障害の概念を、今後は、障がい者制度改革推進会議で具現化されたような、人権を切り口とする政治モデル4)に変えていこうと訴えた。

今後の戦略

2012年に第2次アジア太平洋障害者の十年が終了した際に、引き続き障害問題に対して域内の関心を集めるために「権利条約推進の十年」を実施しようとする動きが出ている。形態をハードにするかソフトにするかは別として、そのためには、条約の実施を効果的なものとするためにアジア太平洋障害権利審査機関のような組織の存在は重要となる。

広くアジア太平洋障害権利審査機関の必要性が認知されるためには基本構想の明確化が必要である。すでに池原氏5)は以下の概念を示している。

  1. アジア太平洋地域を管轄地域とすること
  2. 障害のある人の権利侵害事案を対象とすること
  3. 個別的な事案を対象とすること
  4. 国内的解決が不十分または困難なこと
  5. 障害者権利条約を基本的な法規範とすること
  6. 解釈を明らかにして個別事案における権利救済を図るための裁定機関であること
  7. 障害のある人と法律の専門家、地域代表などから構成される審査機関であること

これに基づいて、今後のESCAPの会議や国際団体のセミナーなどにおいて、審査機関のあり方に関して活発な議論がなされてほしい。

(なかにしゆきこ アジア・ディスアビリティ・インスティテート、本誌編集委員)

【注】

1)オーストラリア、アゼルバイジャン、バングラデシュ、中国、クック諸島、インド、イラン、ラオス、モルディブ、モンゴル、ネパール、ニュージーランド、フィリピン、韓国、タイ、トルクメニスタン、バヌアツ

2)正式名は「障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律」

3)Disability at a Glance 2009: A Profile of 36 Countries and Areas in Asia and the Pacific として、2009年にESCAPから出版された。

4)Katsui, Hisayo. Towards Equality: Creation of the Disability Movement in Central Asia. Helsinki University, 2005

5)池原毅和、DRTAPの基本構想について、2010年4月22日、未発表