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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年7月号

ワールドナウ

EU諸国における社会支援雇用の動向
―オランダを中心に―

松井亮輔

はじめに

日本障害者協議会(JD)では、わが国の授産施設や小規模作業所等のいわゆる「福祉的就労」といわれる障害者の就労形態の今後のあり方について検討するため、2008年に社会支援雇用研究会を立ち上げ、定期的に研究会を開催している(注1)。その一環として、この分野で先行する欧州連合(EU)諸国における取り組みから学ぶべく、4月13日から30日までの2週間余りにわたり、フランス、ベルギーおよびオランダを訪ね、関係機関や施設などを視察するとともに、関係者からヒアリング調査を行った。

紙幅が限られていることから、以下ではそれらの各国における共通の動向と、各国のなかでも特にオランダにおける取り組みを中心に紹介することとする。

1 各国における主な動き

これらの国に共通に見られるこの分野での主な動向としては、1.年金や社会扶助などの給付やケアから就労へ、2.施設内就労から施設外、特に企業内就労、さらには一般就労への移行支援の強化である。

その背景としては、インクルーシブな社会を実現する上で、障害者の職業参加の重要性が強く認識されるようになったということもさることながら、増大する社会保障に係る財政負担の軽減が各国とも共通の重要な政策課題となっているということにも留意する必要がある。ちなみに6月9日に行われるオランダの総選挙では、年金支給年齢の65歳から67歳への引き上げなどが主な争点になっていることからもその事情が伺える。

さらに、各国共通に見られるこの分野での特徴として、次のようなことが挙げられる。

1.わが国の授産施設や福祉工場などに相当するワークショップなどに企業や公的機関が仕事を発注したり、それらの施設でつくられる製品や提供されるサービスを購入する場合、その受注額や購入額に応じて雇用率にカウントするなど、一般雇用と社会支援雇用が制度的にリンクされていること。

2.稼働収入と所得保障がリンクされており、法定最低賃金が所得保障の最低基準となっていること。

3.障害の有無にかかわらず、労働市場との距離、つまり、就職の困難度に注目して就労支援が行われていること。

4.社会支援雇用の定員枠が決められていることから、ワークショップで就労することを希望しながら空きがないため待機せざるを得ない障害者が増え、その待機期間も長期化していることが課題となっていること。

その一方、待機者も含め、社会支援雇用者数の削減が政策課題となっていること。それを解決するには、一般就労への移行をさらに促進する必要があるが、種々の事情で移行があまり進んでいないこと。

5.各国で制度改革に向けてさまざまな取り組みが進められている。その目的は、運営の効率化や適正規模化で、全国的な障害当事者団体も含め、各国ともその制度を維持することでは一致していること。

2 オランダの社会支援雇用の現状

(1)全体的状況

オランダで社会支援雇用制度の根拠法となっているのは、1969年に制定され、その後1998年および2008年に改正された社会雇用法(WSW)である。同法に基づき、市などによって設立されたソーシャルワークショップ(以下、SW)が現在全国に93か所あり、全体で約9万2千人の障害者が雇用されている。それは同国の就業人口の約1.2%を占める。日本の就業人口に換算すると、80万人近くになる。同国がこれほど大規模な制度を維持しているのは、同法の目的が、「すべての障害者は、他の人々と同様に、自分の能力に応じて雇用につく権利を有する。通常の条件下での適切な職場を一般労働市場において見出せない場合には、社会雇用によってこの権利は保障されなければならない」(注2)とされていること。また、100%社会給付で所得保障するよりも、働く意思と能力がある障害者については、社会支援雇用も含め、就労機会を提供することを通して所得保障をすることが、障害者自身の生活の質(QOL)からも望ましいと考えられていること等による。

SWで就労する障害者のうち、高齢による退職者は全体で年間2千人程度、一般雇用への移行者は年間2500人から3千人程度である。したがって、SW全体での新規受け入れ人数は、年間5千人程度に限られることから、SWの待機者は現在約2万人、その待機期間は平均約3年とされる。

SWの定員は、100人程度の比較的小規模のものから、約1万人というきわめて大規模なものまである。SWで就労する障害者の労働条件は、市とSWが締結する労働協約で決まる。

SWは、障害者に加え、社会保険受給中の長期失業者約6万4千人にも就労支援を行っている。その支援期間は、期限のない障害者に対して、6か月から1年間と限られている。

SWで働く障害者の就労形態別構成は、一般企業に出向いて就労する、企業内就労28%(その約14%は、出向先に就職)、公園や公共施設などの維持管理業務などの施設外就労22%、施設内就労50%となっている。

SWの財源は、国からの補助約70%、SWの売上収入(企業内就労者への企業からの支払いも含む)約30%である。

(2)SWの具体例:WNK

WNKは、オランダ北部のアルクマール市と周辺の7市によって1970年に設立され、2003年に現在地に移転。そこで就労する障害者約1千人の半数は若年障害者支援法に基づく、若年者のための障害給付(ワヨン)の受給者である(注3)。就労者のうち、250人は企業内で、750人(うち100人は職員)は施設内で就労している。それに加え、長期失業者約700人を支援している。

WNKの主な作業の一つは、ビジネス・ポスト(ダイレクト・メール)の仕分け・発送業務で、約210人がそれに従事している(注4)。WNKのビジネス・ポスト事業からの収入は、昨年約180万ユーロで、今年の目標額は、200万ユーロである。

WNKは、ローン返済中の土地・建物を売り、それをリースに切り替えることを計画している。その主な理由は、今後、施設内での作業が少なくなり、施設外就労がさらに増えれば、自前の建物は必要でなくなるためである。いまでも施設外就労部門の収入が最も多い。冒頭でも紹介したように、こうした施設内就労から施設外就労への動きは各国で共通に見られることである。

WNKは、一般就労への移行を促進するためのパイロット・プロジェクトとして、若年障害者の中小企業への就職支援を実施している。就職者一人あたり2500ユーロが、WNKから若年障害者を雇用する中小企業にバウチャーとして国から支給される。このプロジェクトでは1千人分のバウチャーが用意されている。成果が上がれば、このプロジェクトは2011年以降も継続される、という。

(例)生産性が32%で、フルタイム(36時間)就労の場合の賃金(月額):

出勤奨励 10% 134ユーロ
賃金 30% 401ユーロ
賃金補助 53% 701ユーロ
最低賃金の93% 1236ユーロ

おわりに

オランダではこれまでも何回かSWの大きな見直しが行われているが、さらにそのあり方を検討するための委員会(元社会省大臣デ・フリーズがその委員長を務めたことから、デ・フリーズ委員会という)が2007年につくられ、その報告書が2008年10月に出ている。同報告書では、SWで就労する障害者(最低賃金の125%を保障)と、長期失業者(最低賃金の80%を保障)間の賃金格差を是正するため、原因を問わず、SW就労者に一律に適用する、上の表(「例」参照)のような新しい賃金算定方式が提案されている(注5)。

オランダ政府は、この提言に沿って新賃金方式を試行するため、昨年末から2年間のパイロット・プロジェクトを実施している。その結果を踏まえ、4年後に社会雇用法を改正するという。しかし、6月9日の総選挙で政権が変われば、この方針の変更もありえよう。

(まついりょうすけ 法政大学名誉教授)


注1)「社会支援雇用」についてはまだ確定した定義はないが、「働くことを希望しながら適切な仕事に就くことが困難な障害者に対し、多様な社会的支援を提供することにより、ディーセント・ワークを実現すること」をいう。

注2)ワークショップでの就労を希望する障害者は、2006年に制定された就労能力に応じた労働及び所得に関する法律(WIA)に基づき再編整備された、被用者保険運営・集合事業機関(ハローワークと社会保険事務所を一体化したような組織)でその対象かどうかの審査を受ける必要がある。

注3)ワヨンは、17歳の誕生日に25%以上の障害があり、労働不能とされた者。または、17歳以上30歳未満で、障害を有する前年に半年以上学生であった者。その最低生活保障のための給付で1998年に制度化。財源は税金。2009年現在、基礎額(日額)は、29.26ユーロ(18歳)~64.30ユーロ(23歳)である。

注4)オランダ国内のビジネス・ポストの48%を40か所のSWが、郵政省から受託している。

注5)この提案に関連して課題となっているのは、労働能力が低い障害者への所得保障の仕方、つまり、1.最低賃金との差額を事業主に支給することで最低賃金以上の賃金を保障するか、あるいは、2.障害者本人に最低賃金との差額を手当などとして給付するか、である。