「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年8月号
時代を読む10
宇都宮病院事件から精神保健法の誕生
1984(昭和59)年3月、栃木県宇都宮市にある精神科病院、医療法人「報徳会宇都宮病院」における患者リンチ事件が新聞報道され、病院スタッフによる患者への暴行、無資格者の医療行為や不必要な入院などが明らかにされました。
1984年8月、国連人権小委員会において国際法上の問題として日本政府は非難され、また、1985(昭和60)年5月には国際法律家委員会(ICJ)が、わが国の精神科医療の実態を調査するために訪れるなど、宇都宮病院事件は国際問題へと発展していきました。その結果、国連差別防止・少数者保護小委員会(第38回会議・ジュネーブ)において、日本代表は、精神障害者の人権保護を改善することを明言しました。
1987(昭和62)年、精神衛生法は精神保健法と改正されました。宇都宮病院事件における精神障害者への重大な人権侵害が、大きな問題となって法改正に至ったことから、改正の主な内容は次の通り、人権に配慮するものでした。
- 精神障害者本人の同意に基づく任意入院制度の創設
- 入院時における書面による権利等の告知制度の創設
- 入院の必要性や処遇の妥当性を審査する精神医療審査会制度の創設
- 精神科病院に対する厚生大臣(当時)等による報告徴収、改善命令に関する規定
- 精神障害者の社会復帰の促進を図るために精神障害者社会復帰施設に関する規定
中でも任意入院が初めて規定されたのが、たった23年前ということが驚くべきことではないでしょうか。現在では、入院の6割以上が任意入院であり、当たり前の入院形態になっていますが、精神保健法以前の時代には、入院形態は同意入院(現在の医療保護入院)と措置入院、仮入院しかなく、精神障害者が自ら精神科病院への入院を希望したとしても、それを受け入れる形態がなかったのです。
わが国の精神保健福祉の歴史は、さまざまな事件を契機として変わってきましたが、宇都宮病院事件は、その後の施策を変える大きな事件であったと言えるのではないでしょうか。
(伊東秀幸 田園調布学園大学教授)