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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年9月号

障害者権利条約と制度改革推進の基本的な方向

大曽根寛

1 条約の背景

本稿は、2010年1月にスタートした「障がい者制度改革推進会議」が、本年6月に取りまとめた「障害者制度改革の推進のための基本的な方向」(第一次意見、以下、意見書という)を、「障害者権利条約」(以下、条約という)の視点から評価し、今後の課題を示すことを目的とする。

さて、この条約は国際連合の活動のあらゆる領域で人権の視点を強化するという考え方(人権の主流化:Mainstreaming)を基礎にしている。2000年前後からの国連改革の一環として行われた、「国連人権理事会」の創設、国連人権高等弁務官事務所の機能強化、人権のための各種国連基金の設立などさまざまな取り組みと連動しながら、形成されてきたものである。

その背景には、1990年前後における「冷戦構造」の終結による、労働、資本、情報のグローバル化の徹底がある。このような世界的な構造変動のなかで、社会・経済の側と個人との相互作用から生み出されるところの障害について、人間の固有の尊厳という視点から、条約は人権の存在を国際文書で再確認するものとして登場した。ここでは、この条約の側から、わが国の政策動向を評価し、今後の課題を明らかにする。

2 条約と第一次意見

まず、意見書に示される「基本的考え方」が、条約に基づくものであることに異議はない。

しかし、1990年代から進められてきた、日本の構造改革(社会福祉基礎構造改革を含む)が、障害のある方にどのような影響を与えてきたか、とりわけ2000年以降、障害者自立支援法実施に至る経過のなかで、いかなる状況の変化があったかの分析はない。

したがって、前述のようなグローバリゼーションと市場化との関係で、障害概念が変質してこざるを得なかったこと(社会モデルの必要)や人権を国際的なレベルにおいて確認しなければバランスのとれた「共生社会」を実現するめどさえつかなかったこと(人権条約の必要)、そしてわが国も、このような世界的な潮流の中に置かれていることを確認することができなかったようである。

だから、「横断的課題における改革の基本的方向」に関しても、従来の障害者基本法が、どれだけの機能を果たしてきたのか、どこに限界があったのかが見えてこない。そもそも、契約によるサービス供給費用の一定割合を補填(てん)するという姿勢の自立支援法を作り出すことに対する抵抗の拠点とはなり得なかったことの総括が求められていたのではないか。

つまり、構造改革以降の歴史認識が欠けている状態では、今後の改革の基本的方向を描くことはできず、条約の文言を写しかえるだけの作文に終わり、実際に出来上がってくる各種の法令は、当初立案に熱心に関係している人々が考えているようになるとは限らないのではないか。その実例が、自立支援法だったのではないだろうか。

また、差別禁止法の制定が必要であることは言うまでもないが、その内容が、形式的な機会均等にとどまるのであれば、ほとんど意味をもたないであろう。その理念を実質化するためには、平等概念と非差別の関係、差別禁止の対象(直接差別、間接差別)、さらには合理的配慮について、時間をかけた検討が必要になるのであろうが、2013年の法案提出では遅すぎる。なぜなら、この法案の骨子を基に個別分野における立法の規定が起案されるはずだからである。

また、自立支援法を廃止して、総合福祉法を制定することについても方向性としては了解できる。しかし、その本質が、介護保険制度モデルを受け継いだ自立支援法の考え方に依拠しているとすれば、応益負担を応能負担に改めたところで問題の本質的な解決にはならない。サービスを商品としてとらえ、取引の対象とする思想、それらを活用して生活することが自立支援だという発想そのものへの問い返しが必要なのである。

また、条約の中に、自立支援法施行時に多用された、三障害などという言葉を見ることはない。三障害という限定された言い回しそれ自体が、差別的だったのである。意見書に、そのことへの反省はない。その結果、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健福祉法の三法を廃止して、平等に扱おうとする立案は出てこないのである。各法に個別に規定されている各更生相談所、精神保健福祉センターは、統合されてしかるべきであるし、手帳制度も統合(または改善)しうるのに、いつまで存続しておこうとするのであろうか。

3 第二次意見に向けた課題

次に、第二次意見の作成に向けた課題をポイントだけ指摘しておこう。

第一に、労働と雇用に関しては、従来の就労継続支援と就労移行支援の位置づけが問題となろう。条約は、サービスの利用者というよりも、障害者の労働者性に力点を置いているように見えるが、いかがであろうか。

第二に、インクルーシブな教育を意見書が取り入れていることは理解できるが、一人の子どもを中心に考えたとき、学校教育と福祉法制における障害児支援が一貫性をもったものとして意識されているとはいいがたい。

第三に、虐待防止法の制定は喫緊の課題である。2009年の通常国会において、法案は一度提出されていたのであるから、制定までに多くの時間を必要とすることはないだろう。

第四に、法的能力との関係では、現行の成年後見制度の見直しも必要とされるだろう。なぜなら、法定後見における類型的な対応と制度の施行実態は、かなり人権制限的に機能しているおそれがあるからである。

(おおそねひろし 放送大学教授)