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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年9月号

「尊厳のある労働」に着目した改革を

上野博

本年4月、障害者雇用・就労の直近の状況を調査するために欧州連合(EU)諸国を訪問した。その結果も踏まえ、「第一次意見」について私見を述べる。

障害者の雇用の促進について

日本の障害者雇用施策の根幹である障害者雇用促進法であるが、そもそも同法は事業主に対して障害者雇用を求めるものであり、障害者の労働の権利、機会の平等に立脚するものではない。この視点で同法を見つめれば、関連施策・制度に多々不足を感じる。

日本と同じく障害者雇用率制度を持つフランスは、2005年2月「障害者の権利と平等、参加、市民権に関する法律」(以下、2005年法)を成立させ、障害者関連施策の大改正を行った。この法改正により障害者雇用施策も大きく見直された。主なものは、労働法典の差別禁止原則に「適切な措置」(障害者権利条約に規定する「合理的配慮」の仏語訳)の概念を導入し、障害者雇用義務を強化したことである。雇用義務強化の具体的内容は、除外率設定業種の撤廃、重度障害に対するダブルカウント等重複カウントの廃止、未達成の場合に課せられる納付金の最高額の引き上げ、雇用率ゼロで納付金も支払わない企業に対する制裁的納付金の賦課等である。日本では1.8%の障害者雇用率だが、フランスは6%という高率であり、対象となる企業も従業員20人以上と幅が広い。ダブルカウント廃止により、2007年の実質雇用率は2.4%と低率だが、未達成企業は納付金の支払い等により高率の雇用率との差を埋めている。

これに対し、わが国の改革は、「第一次意見」からこれを受けた「閣議決定」と成文化が進むごとに内容的には具体性が薄まり、インパクトの弱いものになっている。「閣議決定」の障害者の雇用の促進の箇所は、「障害者雇用率制度において、ダブルカウント制度の有効性の検証」という極めて狭い論点に集約されている。推進会議においては、「第二次意見」の作成に当たり、障害者の権利の保障、平等な機会、差別禁止の視点に基づき、2005年法による見直しのようなダイナミック、かつ実効的な施策の転換を目指した改革を期待する。

福祉的就労の在り方について

この課題もやはりフランス、オランダとの政策比較の上で論じてみたい。

フランスには日本の福祉的就労に類似する形態で働く障害者が約11万人いる。法的には労働者とみなされず、労働法は適用されないが、有給休暇は年間30日付与され、出産休暇、育児休暇、介護休暇もあり、さらに労働安全衛生法の規定も適用される。賃金は保障報酬という名で、最低賃金の55%~110%が保障される。障害者はこの賃金収入と公的所得保障である成人障害者手当(AAH)の合算所得で生活している。この保障報酬の大部分は国から事業所に賃金補てんされる。この保障報酬制度や年次有給休暇等の付与も2005年法がもたらせたものである。

オランダでは社会雇用事業所に働く障害者は約9万人いるが、法的に労働者として位置づけられ、労働法も完全適用される。障害者の平均賃金は最低賃金の1.25倍である。両国とも一般労働市場の最低賃金が賃金決定の基準となっているが、フランスの最低賃金は時給8.86ユーロ(2009年)、オランダ同8.17ユーロ(2010年)で、日本の平均に比較すると約1.37倍となる。

可能な限り一般労働市場での就労が優先されることは論を待たない。しかし、能力的にどうしても一般就労が困難な人、能力的な水準ではなく必要な福祉的支援がないため一般就労を希望しない人たちは多数いる。この人たちの労働の場は必要である。就労を希望する人たちは労働行政の対象とし、労働法を適用し、低水準が問題だが、事業所は賃金補てんを受けつつ最低賃金以上を支払う、また、就労を支えるために必要な福祉サービスを提供する、欧州保護雇用を発展させた「社会支援雇用制度」の創設が必要である。「第一次意見」では「労働法規の適用と工賃の水準等を含めて検討」という消極的な表現にとどまっているが、来るべき「第二次意見」では、人間が尊厳を持って働くにふさわしい最低限の労働条件、労働の質を備えた「社会支援雇用制度」創設について踏み込んで提言してほしい。

2007年に全国福祉保育労働組合が日本の障害者雇用政策に関し、159号条約(職業リハビリテーション及び雇用(障害者)に関する条約)に違反するとILO(国際労働機関)に提訴した。就労継続支援事業B型や授産施設で働く障害者に労働法規を適用することが、主要な提訴項目のひとつとなっている。これに対しILO審査委員会の報告書は、「条約の目的である障害者の社会的経済的統合という観点から、また障害者による貢献を十分に認識するという目的のため、授産施設における障害者が行う作業を、妥当な範囲で、労働法の範囲内に収めることは極めて重要であろうと思われる、と結論する。」としている。ILOによるこの明確な回答は、今後の推進会議の議論の中では重く受け止められなければならない。

最後に、二つ付言する。フランスでもオランダでも、障害者の職業能力判定、労働形態の決定、公的所得保障の給付決定等はひとつの行政機関で対応している。つまり、労働行政と福祉行政のワンストップサービス化である。フランスではこれも2005年法の産物であるが、利用者には手続きが1か所で済むと好評であった。改革のひとつの参考として記しておきたい。

また、「労働及び雇用」については、早急に専門部会を立ち上げ、集中的な議論を切望する。

(うえのひろし きょうされん国際交流アドバイザー)