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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年9月号

障害者権利条約から第二次意見に求められること

池原毅和

1 権利ベースと社会構造の転換

「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」を読むと、障害者権利条約が、障害概念について医学モデルから社会モデルへの転換を求め、慈善や博愛ベースの政策から権利ベースへの転換を求め、エクスクルージョン(社会的排除)からインクルージョン(社会的包容)への転換を求めるなどパラダイムシフトを求めており、その方向に沿った制度改革を進めなければならないことは共通認識になっていると見ることができる。

第一次意見の基本的方向性はもとより十分に評価できるものであり、今までの障害のある人に対する政策展開において、多数の障害のある人が参加して自ら政策を決定していこうとする障がい者制度改革推進会議(以下「制度改革推進会議」という)の活躍は目を見張るものがある。かつて米国でADAが制定される時に、障害のある人が政府の重要なポストに関与し、政策決定に多くの障害のある人が関わった歴史を彷彿とさせるかのようである。

ここで第二次意見に向けていくつかの指摘をするとすれば、権利ベースの法制度を前提とするなかで、従来の福祉制度と権利との関係をどのように考えるかという点、個別的な権利保障とインクルージョンがどのように関係するかという点、精神障害のある人について明確化すべき点、制度改革推進会議の意見を国会や他省庁、一般世論に波及させる課題などがあると思われる。

2 権利ベースの法制度と従来型福祉、個別権利保障とインクルージョンの関係

障害者権利条約は従来の枠組みでいう自由権と社会権の両者を織り交ぜた混成(ハイブリッド)条約と言われる。同条約は日本国憲法のように自由権と社会権を書き分けることさえせず、一つの条文の中に自由権的な要素と社会権的な要素を同時に規定している(例(たと)えば19条)。しかし、具体的な政策を検討すると、合理的配慮のアプローチと法定雇用率による割り当て雇用のアプローチ、手帳制度を前提とした福祉的給付等との関係をどう調整するかという問題が残る。合理的配慮アプローチは、配慮が十分になされれば「できる」ことを前提とする制度であるが、手帳制度や福祉給付は「できない」ことを前提に、そのために特別な給付を認める制度であるから、両者の前提は基本的に異なっている。特に従来の手帳制度は医学モデルに依拠して「できない」ことを医学的に認定する制度になっている。医学的観点から「できない」ことを前提とする制度は当然改められなければならない。両者の前提は異なっているが、障害のある人の尊厳を守るという最終目的は共通している。特に、今までに形成されてきた障害のある人に対する極度な配慮不足、差別と排除の社会構造は容易に解体されるものではない。その歴史と現状の認識に立つと、合理的配慮と差別の禁止だけで、その頑迷な社会的排除の構造を解体することはできない。しかし、社会構造が変わらない限り、障害のある人の尊厳が本当に保障されることにはならない。こうした認識から障害者権利条約は、混成的アプローチによって社会構造を転換することを求めている。

インクルージョンについても似たことがいえる。障害のある人が、学校や職場などに平等に参加するのを認められることはインクルージョンに向けた重要なステップである。しかし、個別の権利保障だけでは真にインクルーシブな社会構造を作ることはできない。インクルージョンは各人の選択の問題というよりも社会の構造そのものの問題である。インクルーシブな環境を選ぶかどうかの選択権を当事者に与えるというのは、結局、インクルーシブでない部分社会を残すことを前提とすることになる。従って、インクルージョンの実現は、個別の権利保障にとどまらず排除された部分社会を残す社会構造自体を解体する基本政策が必要になる(ただし、固有の言語、アイデンティティーを守るための配慮は必要)。特に教育分野で前進が強く求められる。

3 精神障害のある人をめぐる課題

精神障害のある人の分野では強制入院などの強制的医療介入の問題が極めて大きい。第一次意見では「保護者制度」を含めて検討すべきこととされているが、障害者権利条約が強制的医療介入については原則として否定していることは明らかである。その例外を許容することができるか、許容するとすればどのような条件によるのかは、今後、精神障害のある人たちが意見を十分に述べて検討していくべきことであろう。しかし、重要なことは、少なくとも精神障害だけを特別に取り出して強制的医療介入の対象とすることが差別的であり許されないことは共通理解となっている。あるべき姿は、すべての人に共通した基準に基づいて医療的介入が必要な場合の要件を定めていくことであろう。医療が必要でありながら自ら判断できない場合というのは、交通事故や脳血管障害の場合などを考えると、実は精神障害の場合よりも他の傷病の方が多いといってもよい。あるいは重度の認知症の高齢者の権利擁護の観点でも、医療的介入等の限界をどう定めるべきかが問われている。精神障害の問題もこうした一般化された視野の中で検討されなければならない。

4 他省庁の抵抗勢力に抗して

最後に、最大の課題は他省庁などの抵抗勢力をどう説き伏せるかという問題である。このためには制度改革推進会議に明確な法的根拠を与えるとともに、それが障害者権利条約という憲法よりは下位であるが法律よりは上位な、つまり、他省庁が所管する他の法律に優越する法規範に基づいて制度政策の是正を求める機関であることを明確にすべきであろう。

(いけはらよしかず 弁護士・東京アドヴォカシー法律事務所)