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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年9月号

1000字提言

当事者研究ノスヽメ

綾屋紗月

同じ問題や障害を抱えたマイノリティ同士が集まる当事者コミュニティに参加するのは心強いものです。仲間と巡り合えるのはうれしいし、お互いに情報交換や助け合いができるとホッとします。しかし一方で、当事者コミュニティの内部では「仲間はみんな同じ意見でなければならない」という同調圧力や「障害は同じでも、あの人はお金があるからいいわよね」といった、差異から生まれる嫉妬による排除などがしばしば生じがち。「息苦しくてなんだか窮屈」と感じて疎遠になり、また私はひとりぼっち…そんな話もよく耳にします。

こんな時、当事者研究のエッセンスをコミュニティ内に取り入れてみることで、もしかしたら仲間との付き合い方が改善されるかもしれません。

当事者研究とは、コミュニティ・専門家・家族などのだれからも、圧力をかけられたり言葉を奪われたりすることなく、自分の心身の感覚や経験を誠実にたどり、それを言葉にし続けようとする作業です。しかしそれを一人でやるとなると、発言の自由が確保される一方で、独(ひと)りよがりで他者に通じない言葉を生む危険性もあり、挙句(あげく)の果てに「どうせ私のことなんかだれもわかってくれない」モードに陥る可能性があります。言葉を産み出す時に他者の存在はやはり欠かせません。つまり当事者研究は「圧力をかけない仲間と共に行うこと」が第一の条件になります。

話し手に圧力をかけずに話を聞く方法として、発言に対して批判しないだけでなく、ほほえんだりうなずいたりなど「あなたの話を私はよく聴いていますよ」という合意のサインすら一切しないルールにしているところもあります。話す人は語るだけ、聞く人はただその場にいるだけ。「言いっぱなし聞きっぱなし」の状態です。

一人ひとりの仲間のそれぞれが自分の感覚や経験を持ち寄って、だれにも邪魔されずに語る際、同時にその場にいる人たちはそれぞれの語りをデータとして自らの中に蓄積することになります。個人の語りが仲間の語りとして登録されるわけです。その語りの中から「これは自分の経験を語るのにも使えそうだな」という言葉を部分引用して、次に自分が語る時に使ってみる。それを繰り返すうちに多くの仲間に賛同された言葉が多用、共有されて「仲間全体の言葉」として育ち、残っていきます。

これが「お互いの差異を守りながら、仲間としてつながる」当事者研究の工夫のうちのひとつです。せっかく見つけた仲間を簡単に失うことなく長くつながるためには、適度な隙間も大切なのだと思います。

(あややさつき 物書き・東京大学先端科学技術研究センター研究員支援・UTCP共同研究員)