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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年9月号

ワールドナウ

アジア太平洋の障害者組織、新しい十年を提起

宮本泰輔

会議の概要

6月21、22の両日にわたって、バンコクにある国連ESCAP会議場にて「アジア太平洋障害者組織会議」が開催された。会議の正式なタイトル「アジア太平洋障害者組織会議:障害者の権利条約の効果的な実施のための十年の確立に向けて」が示すように、この会議の目的は、第2次アジア太平洋障害者の十年を障害当事者組織の立場から評価し、2013年以降の新しい十年をどう作っていくかを議論することであった。この会議には、24か国から障害者組織の代表が参加した。

グループ討議では、4つの準地域に従って分かれた参加者たちが新しい十年の必要性やそのテーマ、戦略について議論した。最終日には、バンコク勧告が採択された。バンコク勧告は、翌日から行われたESCAP専門家会議にも提出され、議論の柱として用いられた。

また、DPIアジア太平洋ブロックは、もし新しい十年が2013年からスタートする場合に必要な戦略文書の素案「インチョン戦略」の枠組みを提案した。インチョンとは、2012年10月に、第2次アジア太平洋障害者の十年評価ハイレベル政府間会合が開かれる予定となっている、韓国インチョン市のことである。

トピックス

(1)2012年までの課題と新しい十年に向けた取り組み

開会式では、ESCAPのナンダ・クライクリシュ社会開発局長から、この会議がESCAP専門家会議の直前に開かれることの意義や、2012年に行われることが決議された最終年ハイレベル政府間会合への障害者参画の重要性が強調された。また、DPIアジア太平洋ブロックの中西正司議長は、アクセシビリティの向上や障害者団体の進展など二つの十年の成果を評価するとともに、権利条約に根ざした障害者の権利の確立と生活条件の向上を目的とした、新たな十年が必要であるとの認識を示した。

最初の全体会は、「障害者権利条約、ミレニアム開発目標(MDGs)、びわこミレニアム・フレームワーク、びわこプラス5の実施における成果と課題の評価」と題して行われた。ESCAPの秋山愛子氏とOHCHR(国連人権高等弁務官事務所)のナタリー・メイヤー氏、そしてPDF(太平洋障害フォーラム)を代表してセタラキ・マカナワイ氏が発表を行った。

秋山氏は、今後取り組んでいくべき領域として、以下の7つを掲げた。

  • ニーズの多様性:障害種別や社会環境によって障害者のニーズは多様であり、その多様性を認識した政策立案が必要である。
  • 女性障害者:女性障害者は、女性・障害・貧困を背景に三重の差別を受けており、この課題を引き続き優先的に取り上げていく必要がある。
  • 条約と国内法:障害者権利条約で示された政策や実施メカニズムを国内法に調和させていかなくてはならない。
  • 政策実施のギャップ:数多くの政策が作られているにもかかわらず、さまざまな障壁のために障害者に必ずしも届いていない。
  • 政策決定における障害者のリーダーシップと参加:障害者の参加はいまだに部分的かつ一時的なものにとどまっており、システムの中に位置づけられているとは言い難い。
  • データ収集と調査の改善:統計は増えてきたが、定義が異なるなどさらなる努力が必要である。また、障害者が参加する調査が必要である。
  • あらゆる開発領域への障害問題のメインストリーム化:障害問題が多様な分野にまたがった課題であることを認識して、福祉領域のみならずあらゆる分野に障害者が参画していくべきである。

続いて、ESCAPのナンダ・クライクリシュ氏がファシリテートを務める形で、「障害者の新しい十年に向けて:障害者が真の「変革者」となる」と題した全体会が行われた。DPI韓国のキム・デソン氏、ネパール全国障害者連盟(NFDN)のビレンドラ氏、タイ上院議員のモンティアン・ブンタン氏の3人の障害当事者から発表があった(モンティアン氏はビデオ出演)。

ナンダ氏から2012年までのスケジュールが示されたことを受けて、キム氏からは、2012年のアジア太平洋障害者の十年最終年に向けた取り組みが紹介された。ビレンドラ氏からは、UPR(国連人権理事会で行われる普遍的・定期的審査)の重要性と概略ならびに市民社会の役割と題して、ネパールにおけるUPRに向けたNGOの緩やかな連携と障害者組織の参画について報告があった。

(2)インチョン戦略の提案

その後、準地域(北東アジア・東南アジア・南アジア・オセアニア)ごとに分かれてグループ討議を行った。グループ討議では、(1)新しい十年が必要か、(2)もし必要であればテーマや焦点をどこに当てるべきか、(3)障害者組織の役割は何か、(4)新しい十年の優先領域は何か、という4つの質問を主催者から提示して議論を進めた。どのグループも新しい障害者の十年が必要というコンセンサスがすぐに得られたことから、次に、2012年の最終年評価ハイレベル政府間会合までの障害者組織の戦略についても議論を深めた。

この議論の参考資料として、DPIアジア太平洋ブロックでは「インチョン戦略の提案」を用意した。この文書は、障害者権利条約をアジア太平洋地域で効果的に推進していくべきであるという観点から、障害者権利条約の完全実施を謳った新しい十年の必要性と、条約に示された各分野について、現在の問題点と望ましい方向について提起したものである。これは、DPI日本会議が現在内閣府で進められている「障がい者制度改革推進会議」の議論を元にして原案を作成し、前日に開かれた、DPIアジア太平洋ブロック総会・同評議会の場で承認されたものである。

この推進会議は、障害者やその家族の組織の代表が過半数を占めており、ESCAPのナンダ氏もこの会議をよい事例として注目している。その議論を反映させたインチョン戦略提案は、アジア太平洋地域における条約実施に向けた日本の貢献と言えよう。

グループ討議では、新しい十年が必要であることと、新しい十年が障害者権利条約を完全実施させていくことを目標とするべきであるという点について合意がなされた。さらに、各グループからは、新しい十年の中で障害者組織が果たすべき役割として、以下の点が指摘された。

  • 権利条約について政府の担当者を教育していくこと。
  • 障害者組織同士のネットワークの強化。
  • 草の根レベルから国レベルに至るアドボカシー。
  • 権利に関する知識を通した障害者のエンパワメント。
  • 市民社会全体との連携の強化。
  • 障害者組織自身の能力強化。
  • データ収集における障害者の参画。

会議の成果

2日間にわたった会議の最後に「バンコク勧告」が採択された。

バンコク勧告では、この新しい十年のタイトルとして、「アジア太平洋障害者の十年:障害者権利条約実施の加速化に向けて」が提案された。すべての国が条約を批准していない中で、権利条約を前面に押し立てると、批准していない国が「関係ない」と思わないか、という意見もあったが、障害者組織の声として、権利条約を前面に押し立てたタイトルとした。

権利条約に沿った十年の提案のほかには、「準地域(subregion)」の活用とESCAPの業務に障害の視点をメインストリーム化していくこと、そして、当事者参画の強化が盛り込まれたことが特徴としてあげられる。

準地域については、ESCAPの本部と五つの準地域事務所(中央アジア、南アジア、東南アジア、北東アジア、オセアニア)それぞれに障害当事者の専門官を配置するように求めている。また、「準地域のメカニズム」に障害のメインストリーム化を図るようにも求めている。この「準地域のメカニズム」とは、東南アジア諸国連合(ASEAN)や南アジア地域協力連合(SAARC)のような国連機関とは異なる地域機構を念頭に置いている。

ESCAPに対しては、建築環境のバリアフリー化、手話通訳や点訳などの情報保障にかかる費用の負担を保障するためのシステムの確立、ESCAPの実施するあらゆるプログラムへの障害の視点のメインストリーム化、障害者雇用の推進、職員研修などが求められた。

最後に

この会議には、DPI会員団体のみならず、ろう団体など多様な当事者が参加した。そして、一致して障害者権利条約を域内で推進していくために新しい十年が必要であることを合意したところに、まず大きな意義がある。そして、その内容として、準地域の活用を打ち出しているところが目を引く。

すでに太平洋障害フォーラム(PDF)は活発に活動をしている。ASEANでも11月に、ASEAN障害フォーラムの結成を含む社会福祉・開発戦略枠組みが決定する。南アジアでも8月に入り、パキスタン政府が主導する形で南アジア障害フォーラムの提案がなされた。二度にわたるアジア太平洋障害者の十年の主要な舞台が、国連ESCAPから各国のオーナーシップがより発揮されやすい地域機関へと移ってきたと言えよう。

ある参加者が言っていたが、新しい十年は準地域で実施してモニタリングと情報共有をESCAPで行うのがよい、という意見もある。ESCAPにも準地域事務所を活用していく考えがあるようだ。今後、ESCAPの準地域事務所とASEANをはじめとする独自の地域機関との連携、協調が鍵となってくる。その接着剤として、当該地域の障害者組織の果たす役割が大きいことは言うまでもない。

(みやもとたいすけ DPIアジア太平洋事務局「ASEAN共同体における障害のメインストリーム化」プロジェクトコーディネーター)