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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年10月号

障害のある人の「働きたい」を実現させる多様な働き方

朝日雅也

1 はじめに

働くことは人生にとって重要な営みである。収入を得るだけでなく、社会連帯や自己実現の具体的な手段としてその意義は大きい。ところが、障害があると「働きたい」という当たり前の願いを実現させる上で大きな壁が立ちはだかる。そのため、障がい者制度改革推進会議の検討でも、就労・雇用については「障害者が地域において自立した生活を営み、より一層社会参加ができるようにするためには、障害のない人と等しく障害者が職業等を選択でき、多様な働く機会(自営等を含む。)が確保されるとともに、人としての尊厳にふさわしい労働条件や利用可能な環境が整備されることが不可欠である。」と認識されている(下線は筆者)。

ところで、障害のある人の就労機会は、従来は企業等での一般就労か、福祉施設での就労が中心であり、いずれかを選択せざるを得なかった。その場合、どうしても「作業能力による振り分け」の発想がつきまとう。また制度に合わせた働き方を要求することになるので、いずれにも合わない人は結局、働く機会から遠ざけられてしまいがちである。そこで、この二者択一的な働き方にとどまらない多様な就労機会の創出・確保が求められることになる。

2 多様な働き方の動向

現在、進展している多様な働き方の実践には、以下の傾向が見られる。

まず、ソーシャルファームの動きである。ソーシャルファームとは、社会的な(social)目的を達成するための企業(Firm)を指す。通常の賃金、労働条件で生産活動を行い、製品・サービスを市場で販売し、利益を事業に再投資する形で社会的目的を実現させるもので、障害者や引きこもりやニート、刑期終了者など、労働市場で不利な立場にある人々のために仕事を生み出し、雇用機会を提供することを特徴とする。イタリアの精神障害のある人のために働く場を創出したのが始まりとされ、ヨーロッパで発展をしてきた。企業である以上、雇用契約が結ばれ、利潤追求も行うものの、その利益還元の先は株主ではなく従業員や地域社会である。実際のソーシャルファームのとらえ方はさまざまであるが、各地でこの手法を目指す動きが活発化している。

もう一つが協働組合的な動きである。雇用・被雇用の関係ではなく、「協同労働の協同組合」に代表される、組合員自らが出資して経営責任を分かち合いながら、協同して事業運営を行う仕組みである。その元は、協同組合の一つの類型である労働者協同組合であり、組合員に商品やサービスを提供する組合としてではなく、組合員自身が出資、経営、労働に参加して社会的に有用な商品やサービスを提供するものである。協同労働の協同組合は、さらに、剰余金の活用によって、障害のある人や社会的な支援を必要とする人々のための就労の場を創出する特徴を持つ。雇用・被雇用の関係ではない点が、まさに第三の働き方ととらえられる。

また、自治体独自の制度を活用して、障害のある人とも雇用契約を結び、最低賃金を保障していく取り組みも見られ、「社会的雇用」「社会的事業所」などと称される。雇用関係を結ぶ点では、自立支援法に基づく就労継続支援事業A型とも同様であるが、障害のある人もない人も全員が雇用契約を結び、共に働くこと、障害のある人も経営に参画することなどが際立った特徴である。作業所ではなく「事業所」である点、障害のある人とない人が同じ従業員として位置づけられ、給与体系も基本的に共通であることが、さらにその特徴を際立たせているが、現行の国の制度にはないために、地方自治体独自の財源での支援が前提になっている。

さらには、一般就労と福祉施設での就労という従来の枠組みでありながら、いわゆる施設外授産活動や企業内授産活動を活用して、一般就労と福祉施設での就労という二分法的とせずに、それぞれの特徴を生かして、障害のある人が安心して、より良い作業条件での継続的な就労を可能にしている実践もある。このような取り組みも労働か福祉にとらわれない、多様な働き方の希求の一環ととらえることができよう。

3 多様な働き方に共通するもの

これらの多様な働き方を提供する実践に共通するものを、以下に整理してみる。

(1)発想の転換

まずは発想の転換が不可欠である。雇用か非雇用か、労働か福祉か、支援者か非支援者か、といった二分法的な発想からの解放がこうした実践の基盤となる。障害の有無にかかわらず平等な給与支給の仕組みにおいては、能力給、職能給といった賃金体系の考え方は不要である。その人が、持てる力をその人なりに発揮することを労働としてとらえれば当然の結果であり、成果主義的な発想とは別の次元が展開する。

さらには、障害をネガティブにとらえない価値観の創生がある。障害による生産性の低下を解消するのではなく、障害にプラスの面を見出して、働く上での特長にしていく発想である。手作りによる付加価値、食の安心・安全に焦点化した食品の製造や少量多品目種の農作物の栽培などがその例である。

ところで、働くことを規定する現在の労働観が形成されたのは決して古いことではない。経済発展によって労働が商品化され、競争社会で消費されることになった。こうした現在のファストな労働観から人々を解放する上で、「スローワーク」の考え方や運動に期待が寄せられる。新しい働き方、人間らしい働き方への転換は、そのまま障害のある人が、その人らしく働く機会を得ることにも通じるのである。

(2)インクルーシブな働き方の希求

多様な働き方の実践に共通するメッセージは、労働か福祉かの二者択一の世界へのアンチテーゼである。そのため、障害のある人が孤立することなく、障害のない従業員や地域の中に溶け込んでの働き方が希求され、「ともに働きあう」ことが軸になっている。

福祉施設での就労では、制度上、職員(支援者)と福祉サービス利用者(障害のある人)が明確に区別されることになる。職員は雇用関係に基づいた労働者故に給与支給が保障される一方、利用者の場合には雇用関係がないので、生産や販売の結果に左右される工賃が支給されるという現状がある。こうした関係性の見直しも、インクルーシブな働き方のベースとなっている。

(3)地域との連帯の視点

障害のある人が働きやすく、暮らしやすい地域を目指すことは、そのままだれもが住みやすい地域社会の再構築になることは言うまでもない。とかく個人の責任、あるいは家族の問題として扱われがちな障害のある人の問題を地域社会の共通課題と認識する上でも、多様な働く機会の創出には大きな期待が寄せられる。コミュニティビジネスの視点に立てば、まさに「福祉で街づくり」の具現化にもつながるのであろう。商品やサービスの販売先としてだけでなく、時には、共に働く労働力やボランティアなどのサポーターの供給源でもあり、時には、利潤の還元先ともなりうる地域との多様な連帯の視点もまた、共通する特徴といえる。

4 拡大のための課題

最後に、今後検討すべき課題について述べてみたい。

まずは、障害者施策においては、一般就労と福祉施設における就労それぞれの質の向上を図りつつ、多様な地域福祉の課題と連動させた施策の展開が必要となる。たとえば、障害者計画、障害福祉計画等に多様な就労機会の創出を盛り込むことも一つである。働くことについて何らかの支援を必要とする人たちをも対象にした就労機会の創出を、街づくりや地域おこしの視点から計画化してみることも重要である。

また、制度的な支援も欠かせない。多様な働き方、選択肢の広がりを確保していくためには、同時に、所得保障の問題の検討は不可欠であるし、協同労働の協同組合の法制化といったアクションも求められてこよう。

さらに、障害のある人を含む一般市民は、通常の職場には必ず一定数の障害のある人がいて当たり前という認識を持つ必要がある。作業能力に依拠する選別主義で構築されてきた「働く場」を障害の視点でとらえ直す絶好の機会でもある。

第三の働き方の実践は、労働と福祉の「統合」を目指すための挑戦である。同時に、職場におけるノーマライゼーションの実現を図るばかりでなく、障害の有無にかかわらず尊厳ある働き方を実現していくこと、すなわちユニバーサルな働き方の希求に他(ほか)ならない。障害のある人の多様な働き方を認め合い、実現することは、社会の多様性の価値を問うことと同義なのであろう。

(あさひまさや 埼玉県立大学保健医療福祉学部教授)