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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年10月号

「社会的排除との闘い」と「労働を通じた社会参加」をめざすイタリア社会的協同組合

田中夏子

1 イタリアの障害者をめぐる制度的背景

(1)さまざまな「生きにくさ」の担い手が非営利事業を展開

本稿は、イタリアにおける、障害当事者中心の仕事起こしについて、事例とともに紹介することを目的としている。

障害者等を対象とした制度的保障についての言及は、イタリア共和国(1947)憲法第38条に「労働の能力を持たず、生活に必要な手段を持たないすべての市民は、扶養および社会的援助を受ける権利を有する」(第1条)とあるものの、多様な障害を対象とした諸政策が登場するのは、1960年代後半、学生運動や社会運動が活発化する中、共同の暮らしと仕事の場(コムニタ=日本でいうセツルメント)づくりが、当事者とその家族・支援者によって広がってからである。こうした取り組みが、本稿で取り上げる「社会的協同組合」の母体となっていった。

1980年代に入ってEU統合の動きが強まると、いわゆる「社会的排除との闘い」をスローガンとした取り組みがイタリア各地で加速した。イタリア北東部では、精神医療改革運動を発端に、また南部では失業に苦しむ若者たちが仕事起こしを担うなど、地域によって、担い手や社会的背景は異なるものの、さまざまな「生きにくさ」を持った人々の手で、「民主的な運営」「地域社会に根差した事業展開」「小規模性の維持」「ネットワーク組織の拡充」の4点を共通の特徴とする非営利事業が、協同組合やアソシエーション等の組織的体裁を得て、いわゆる「福祉的就労」を超えた経済主体としても着目されるようになっていった。

(2)「社会的協同組合」とは

特に1991年「社会的協同組合法」(法律381号)が制定されると、前記の取り組みは自治体との関係も深めながら量的にも質的にも存在感を増していった。

同法第1条には、「社会的協同組合は、市民の、人間としての発達および社会参加についての、地域における普遍的な利益を追求することを目的としている」と記されている。つまり地域社会の中で、ハンディを負う人のみならず、あらゆる市民の「発達」と「参加」を保障していくこと、すなわち公益的性格づけがなされていることがこの協同組合の特徴の第一である。

また同法では、「発達」のために高度な「社会福祉、保健、教育サービス」を提供する協同組合を「A型社会的協同組合」とし、「参加」保障のために「社会的不利益を被る者の就労を目的として農業、製造業、商業及びサービス業等の多様な活動」を担う協同組合を「B型社会的協同組合」として規定されている。特にB型では障害をはじめ、「社会的不利益」を被る人々が、その事業体で働く人々全体の30%以上を構成することが義務づけられている。つまり、社会参加の重要な要素とし「仕事」を位置づけている点、これが第二の特徴である。

2007年に発表された政府統計局データ(表1)によれば、全国で7400団体以上の「社会的協同組合」が活動しており、そこに3万強の、ハンディの保有者が働いている(なお、「ハンディの保有者」とは三障害を含む、その他多様な「生きにくさ」(長期失業、若年失業、各種依存症、移民や少数民族、刑余者)を意味する。2007年統計では、3万強の就労者のうち、身体、知覚、知的障害が合わせて46.3%、精神障害が15.0%となっている)。

表1 B型社会的協同組合における社会的ハンディの保有者の就労状況

(単位 人)

  2001年 2003年 2005年
働く、社会的ハンディの保有者 18692 23587 30141
協同組合数 1827 1979 2419
労働者(障害のある・なし両者含む) 36986 42427 54330
単位協同組合あたりのハンディの保有者数 10.2 11.9 12
労働者10人あたりのハンディの保有者数 5.1 5.6

ISTAT2003年版および2005年版「社会的協同組合の現在」より田中作成

とりわけ障害者の労働参画については、量的な影響もさることながら、理念的にも実践的にも多くの先進例を生み出している。その一つを紹介していきたい。

2 イタリア・ヴェローナの社会的協同組合を訪ねて

(1)IT分野で多様な仕事を総合化

筆者は2010年春、イタリア北東部で「ロミオとジュリエット」の舞台として名高いヴェローナ市の郊外にあるB型社会的協同組合「ガリレオ」(Galileo)を訪ねた。1991年に設立されたこの協同組合の代表ピオ・ボッティさんは、アメリカの大手電子産業の技術者および販売担当として働いた経歴を活かし、IT関連事業を軸に「ガリレオ」を運営する。小さな事業所内に入っていくと、まずルカが遠慮がちに出迎えてくれた。日本のサブカルチャーのファンだというルカは、自身の経験に依拠して自閉症に関するサイトを立ち上げ、欧米圏の情報を集め、当事者相互の交流を図りたいと言い、筆者にサイトの概要を示してくれた。

中心的な事業が、地域保健機構(以前の州立病院が独法化された組織)から委託された医療カルテの入力と聞いていたので、全員がパソコンに向かってカルテ入力をしている様子を想定していたのだが、実際の職場のイメージは全く異なっており、各自の仕事は多様性に富んでいる。

四肢マヒで車いすを使用するクラウディオは、ネットで世界を旅し、別のところから訪れた旅人とコミュニケーションできるソフトを開発中である。移動に困難を抱える人たちを対象とした生涯学習の教材だが、その仕組みや使用方法をITに弱い私に忍耐強く説明してくれた。もともとは自身が旅を楽しみたかったから、と話す。クラウディオは、このほか、週3回、地元大学の医学部の研究所に出向いて、ミクロスコープの画像処理の仕事を請け負っている。

その他10人ほどが、企業や公的機関のウェブサイトの立ち上げや管理、視覚障害のあるユーザーのためのソフト開発、各種公式文書の電子データ化、医療関係のデータ整理等、大小さまざまな仕事に従事している。たとえば、ヴェローナ県が管理するジョブカフェのホームページを更新している職場責任者の向かいのデスクでは、そのホームページを見て問い合わせをしてくる市民に、電話やメールで回答をするスタッフ(移民労働者)がいる。

最初に紹介したルカは、そのジョブカフェのサイトからリンクしているさまざまな情報にミスがないか、たとえば、リンク先の労働関係の法律の条文がリンク元の指定に対応しているか、リンク先サイトが閉鎖されていないか等、詳細にチェックしている。

ITの仕事は、各自の個性や関心に対応した課題をつないで総合化できる点が特徴のようだ。ピオ・ボッティさんの、働く側の特性・ニーズと、社会のITニーズを巧みに結びつける技が、ガリレオ協同組合の仕事を高度化しているといえよう。しかし同氏は、これだけでは仕事の広がりが十分でないとし、以下の現場を紹介してくれた。

(2)一般企業との関わりから生まれるもの

通常、社会的協同組合では一般的にその特徴として「ネットワーク」が強調されてきたが、それは往々にして非営利同志、協同組合同志のネットワークであった。しかし近年では、CSR(企業の社会的責任)の議論の高まりを受けて、営利的企業との協力関係づくりの可能性も開けてきた。

ガリレオの場合、大手地方銀行によるアウトソース事業(銀行の子会社と連携した、電子バンキングのコールセンター業務)を請け負っている。単なる下請けではなく、障害をもった人たちが、職業的専門性を高めながら働けなければ意味がない、との理念があるため、ハンディのある当事者も含め、提携先の子会社の職員とのコミュニケーションも入念に行う。

障害や社会的ハンディをもつ人々が、まずは当事者やその支援者たちと、時間をかけて大切に育ててきた職場関係や仕事の文化が存在する。社会的協同組合にはそれが凝縮しているともいえる。それが、関係者の中だけで自己完結せず、社会的な評価を受け、さまざまな制度的な位置づけを得ると同時に、そこで培われた仕事文化が、一般企業の「働きにくさ」の見直しや改善にもつながると考えるのは、確かに性急かもしれない。しかしそうした方向への展開がなければ、障害に限らず、さまざまな生きにくさを抱えながら働いていく可能性は広がりを持たないだろう。ガリレオ協同組合の取り組みはその可能性を示唆するものである。

3 まとめにかえて

実は、イタリアで社会的協同組合が制度化される際、関係者の内部においても10年にわたる論争があった。反対意見の趣旨は、「社会的排除との闘い」は、社会のあらゆる場面、あらゆる職場で探求されるべきことであり、社会的協同組合がそれを専門的に担う形が定着すれば、社会全体としての「社会的排除との闘い」は後退しかねない、というものであり、主として、反差別運動に意欲的に取り組んできた左翼陣営から主張された。

イタリアの「障害者の援助・社会的統合・諸権利のための枠組み法」(1992年)では、障害者が「家族、学校、労働、社会」へ十全な参加をすることを促しており、雇用促進の法的規定は、15人以上の従業員規模の企業に1人の雇用(法定雇用率7%)を課しているものの、その達成率は極めて低く、労働政策の規制緩和とあいまって、社会的協同組合に依存した障害者雇用が実態である、という批判は妥当性を持つ。

しかし、多くの社会的協同組合の現場では、ガリレオの例に見るように、まずはそこで人間が大切にされる働き方や仕事の方法が追求され、それを地域的なネットワークの中で、営利企業も巻き込んで広げていく取り組みが存在する。筆者としては、前記の批判を念頭に置きつつも、その批判がよい意味で裏切られるような現場の事例を、今後も探求していきたい。

なお、新しい動きとして、ハンディのある人の雇用の場を広げるべく、社会的協同組合から一般の事業組織にも枠を広げた「社会的企業法」(法律155号)が2006年に制定された。

同法では、営利企業を含むすべての民間事業組織に対し「社会的企業」の資格付与が可能であるとし、その条件として、社会的有用性を有する事業を行うこと、あるいは社会的不利益を被る労働者の雇用を拡大すること、剰余金を不分配とすること、特定の営利的企業による支配を受けないこと、社会的バランスシート(日本でいう社会貢献白書)作成と提出を行うこと、そして、事業運営や意思決定過程への労働者参加を保障することを課した。残念ながら、まだこの法人格の登記実績は高くなく、事業所数は500前後にとどまるが、社会的協同組合の経験を一般の企業に向けて発信していく流れも、一部、見受けられることを付記しておきたい。

社会的協同組合についての詳細は、田中夏子『イタリア社会的経済の地域展開』日本経済評論社、2004年を参照していただきたい。

(たなかなつこ 都留文科大学文学部教授)