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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年10月号

フォーラム2010

国連全組織、途上国の国レベルの開発活動に障害者の権利を組み込む方針へ

長田こずえ

1 国連開発協力

国連の基幹活動のひとつは、国連開発協力を通して開発途上国の社会経済発展を支援することである。現地でこの責務を担う(予算を持ち、実際の開発サービスを提供する)のは、主に治安維持や開発協力の政策を担当する国連NY本部やESCAPのような地域機関ではなく、国連開発計画(UNDP)やユニセフ(UNICEF)、WHOなどの各開発途上国に常駐する個別の機関やこれらの機関により構成される国ごとの国連開発チーム(UN Country Team)である。国によってその数は異なるが、通常は10以上の個別の機関が参加している。

この国連開発チームのリーダーは、常駐コーディネーターと呼ばれ、UNDPから選ばれるケースが多い。国連の大使的な役割を担う彼らは、ミレニアム開発指標やさまざまな権利条約、国連総会決議案などの政策指針を参考にしながら、途上国の開発計画や国側の要望に応じた、その国の政策指針(United Nations Development Framework:UNDAF)、いわゆるミレニアム開発指標の国内版のようなものを作り上げ、それに従って毎日の活動を遂行させる。したがって、実際にその国の開発チームが動かない限り、途上国の障害者のニーズに国連が応えることは不可能である。これは意外に一般の人には理解されていない国連開発協力の現状である。

2 開発と障害

開発途上国の貧困問題は、開発の優先課題であるべきであり、障害と貧困の相関性は言うまでもない。障害は貧困の結果であり、また原因でもある。

途上国の障害者の識字率は1割以下、障害者の4割は貧困者であり、同時に、貧困者の2~3割が障害者であると推定される。障害の主な原因は、貧困、栄養失調、医療の不備、交通事故、母子衛生の不備など、あらゆる種類の未開発要素である。このような明確な関連性があるにもかかわらず、開発担当者はいまだに、経済開発中心の考えが強い。これは、援助を受ける途上国政府の政策担当者も同様である。

【障害と開発】(国連ガイダンスノートより抜粋)

ウガンダでは、一家の担い手が障害者の場合、非障害者の場合と比較して、貧困に陥る確立は3割高い。

スリランカの障害者の9割は貧困者で仕事に就いていない。

ブルガリアやルーマニアでは、7~15歳の一般の児童の9割は学校に在籍しているが、障害者の場合は6割にも満たない。

3 開発分野における最近の国連改革

最近の国際的な開発援助戦略の環境変化と並行して、国連開発組織も一貫性と協力を重視する改革を求められた。以前は、国ごとにばらばらであった主な国連諸機関が一体となってUNDAFを作り、協働して活動するというものである。この改革を、「ひとつの国連(Delivering as One)」と呼ぶ。

また、今年の8月から、UNIFEM(ジェンダーに関する国連の基金)など、4つのジェンダーに関する諸組織を統合して、新たな国連機関「UN Women」が誕生した。これにより、女性差別撤廃条約ができて30年以上を経て、ジェンダーは、開発のメインストリーム課題としての地位を完全に確立させた。

現在、障害の分野でも同じような努力がなされている。国連諸機関総合システムの障害者の人権条約実施に向けてタスクチームが結成され、今年7月に初めて「障害者の権利を各(途上)国レベルの国連開発活動に統合(メインストリーム)するための指導要綱」1)を発行したことは注目に値する。今後、各国の国連開発チームは、この指導要綱に基づいて国ごとの国連開発の枠組み、UNDAFに障害をメインストリームすることが正式に要求される。

4 国レベルでの国連開発に障害をメインストリーム

メインストリームは、国ごとの国連開発チーム内でのメインストリーム化と、国連開発チームが事前調査やプロジェクト、プログラムレベルで障害を統合していくための指針とに分かれている。また、これらの活動の最終的な成果として、援助を受ける国側でのインパクトの観点から見たメインストリーム化に関する主なものを、以下に挙げる。

これらすべてに共通する理論的な裏づけは、障害者の権利条約、特に、「障害者の社会経済権」に関する条項と第32条「国際協力」である。障害の定義に関しては、権利条約の定義やWHO―ICFの定義について述べただけで、詳しくは、国の定義、国の社会経済、文化の状況に鑑みオーナーシップを取らせる方法を採用している。

国連組織内部における障害のメインストリーム戦略

・常駐コーディネーターが、その国の国連組織の大使として、障害と開発の課題を重視する政策を宣言し、その声明書を出すこと。特に、国際障害者の日(12月3日)や、世界精神衛生の日、人権の日など、特別な機会に継続的に声明文を出す。

・中心となるアクター(政府関係、市民社会)、特に障害者団体(大小問わない各障害者団体や関係団体、草の根的な団体、女性障害者代表等)を開拓し、最初から助言を求め、参加型のプロセスを確立させる。

・ベースラインを作るため、既存のUNDAFや開発チームの公式ドキュメントにどの程度障害が入っているか監査する。

・各国連諸機関が障害問題の担当者を1~2人配置する。担当者はシニアレベルの職員で、ある程度決定権があること。彼らは、メインストリームと調整を担当する。

・国レベルで、国連諸機関の代表で構成された「障害と開発課題のグループ」を形成する。このグループは障害者団体など関係者と協力し、実際にUNDAF作成や事前調査を担当する。グループは、HIV/AIDSや環境問題など、他の同等のグループとも協力する。

・国連組織内で、職員を対象に障害問題に関する意識訓練を行い、組織としての意識とキャパシティーを向上させ、組織環境を変化させる。

・開発活動のモニタリング・評価やレポートに関して、障害に関する活動を報告することを義務づける。

・将来的には、ジェンダーの成功をお手本として、多国の国連開発チームが現在使用している、「ジェンダー平等点数カード」(チームの業績評価)と同じようなものを作る。

・国連組織としてのアクセシビリティ(物理的環境、手話、点字、電子情報など、情報のバリアフリーを含む)を整備する。

国連開発チームのグッドプラクティス

ザンビアの国連開発チームは、2008年に実施されたUNDAFの中間評価の勧告に従って、次期のUNDAFに障害を組み込むためのターゲット、具体的な活動目標を設定するために、障害課題タスクチームを形成した。

アルメニアの国連開発チームが作った、2010―2015年度の新UNDAFの前文には、「政府のインクルーシブ教育に関するコミットメントや障害者の就業の困難さ(障害者の92%が失業)」が明記されている。

エジプトの国連開発チームは、UNDPのリーダーシップの下、その他の機関が参加し、政府の権利条約実施をサポートするための総合的な共同障害プロジェクトを開始した。活動内容は広範囲で、国会議員など立法分野のキャパシティー構築、条約を国内法に反映させるための政策アドバイス、国家障害者政策作成への支援、NGOと協力したコミュニティーレベルの障害当事者のキャパシティー向上、マスメディアを対象にした、国民の障害者に関する意識の向上などを含む。

プロジェクトやプログラムにおけるメインストリームの戦略

・事前調査として、現段階で各機関がどれくらい障害に関係のある活動を行っていたのかマッピングする。また、障害分野の人材の専門性も調査する。

・援助を受ける国側が障害を国の調査や統計に統合しようとする過程をサポートする。また、国側の調査を補うものとして、国連開発チームとして独自の調査も行う。

・国の障害に関する調査や統計の質を分析する。また、障害や障害者の根本的な問題や状況を分析する。

・国の障害者法や障害者政策を集め分析し、これらが権利条約と内容が一致しているか調査する。

・国に存在する障害者支援組織、障害担当の公的な組織(人権委員会、中央政策審議会等)や制度を調べる。

・UNDAFに障害をできる限り組み込む。その際、国内の障害者団体やNGOと協力し、障害を組み込んだ国連開発政策として、UNDAF作成の過程をも重視する。最終的には、国の政府担当者の意識を向上させ、責任を持たせるようにする。

・各組織の個別の活動(WHOならCBR活動など)のほか、開発チーム全体として協力できる分野を発掘し、複数の個別の国連機関が協力し、「障害に関する共同プロジェクト」を計画、実施する。

・UNDAF実施の成果を図るため、モニタリング・評価に障害の項目を組み込む。

障害者生活向上のインパクトから見たメインストリーム化に関する項目

・障害者に対する一般の国民の意識の向上を図る。

・援助を受ける国の政府が発行する「国家開発計画」に障害が重要課題として組み込まれるように、国連チームとして共同で提唱する。

5 今後の挑戦

権利条約の発効は、グローバルガバナンスの中でも、人権条約(国際法)に含まれ、国際的な規範の中でも一番格の高いものである。したがってそれ自体は、歴史的なことで喜ばしいが、いつまでも喜んでばかりはいられない。それは、30年以上前に、女性差別撤廃条約ができたジェンダーの分野でも、クロスカッティングな課題として確立するまでに多くの時間と努力を費やしたからである。同じ人権条約でもジェンダーには、当初から、資金源として、国連UNIFEM2)が創設された。子どもの権利条約に関しては、資金もキャパシティーもあるUNICEFが実施機関となってリードした。

一方、障害者の権利条約にはこのような後ろ盾や特別な国連ファンド組織は何もない。国連NY本部の障害課も、ESCAPなどの障害セクションも特別な資金もなく、数人の熱心な職員の努力と献身だけで成り立っているに過ぎない。ジェンダーや子どもと比べてのキャパシティーも資金力も比較にならない。現段階では、資金のある既成の国連組織(UNDP、WHO、ILO、UNICEF、UNESCOなど)の個別の活動に頼り、国ごとの国連開発チームに頼るしかない。そのため国連組織内部でのアドボカシーも必要である。障害のメインストリームにも資金と政治的支援は必要なのである。

また、一般的に見ても、インパクトとして権利条約は、ジェンダーより弱いかもしれない。女性は人口の半分であるが、障害者は約1割で、その差は大きい。したがって、これを補うためには、障害分野こそ、その他の人権分野や老人福祉問題、開発一般の分野の活動家と協力する必要がある。当初から、欧米政府の強力な支援があったジェンダーでさえ、確立までには30年ほどの年月を費やしたのだから。

私たちの前には、長期的なチャンレジがあることを覚悟し、毎日の地道な積み上げが必要であることを理解したい。それはやりがいでもある。その実現のために障害当事者と専門家や開発ワーカーとの連携、協力も不可欠である。今回まとめられた国連開発チームへの指導要綱(ガイダンスノート)もその地道な積み上げの一つになってほしい3)。日本政府も近い将来、国内の法律・政策の準備が整い、権利条約を批准した時、一締約国の義務として、そして国際社会の一員として、権利条約32条「国際協力」を推進することになるだろう。

(ながたこずえ 国連NY本部開発協力政策課上席経済担当官)


1)“Including the Rights of Persons with Disabilities in United Nations Programming at Country Level: A Guidance Note for United Nations Country Teams and Implementing Partners” by United Nations Development Group/InterAgency Support Group for the CRPD (UNDG/IASG/TT) & “Appendices and Toolkits for the Guidance Note”, July 2010.

2)ジェンダー平等や女性のエンパワメントを実施する国連諸機関、政府、NGOなどに資金とテクニカルアドバイスを提供するため作られた、国連のファンドの機関。UN Womenに統合された。

3)ガイダンスノートとその付録は、よくできたドキュメント(英語)なので、今後、組織として障害を組み込もうとする日本の団体には参考になる文献であろう。

(筆者は国連NY本部、経済社会理事会サポート事務局の上席経済担当官であるが、本稿の一部に反映された私的な見解は、筆者個人の長い開発協力経験に基づくものであり、国連のスタンスではない。)