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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年10月号

ワールドナウ

障害者の権利条約第3回締約国会議

長瀬修

締約国会議とこれまでの経緯

9月1日から3日までニューヨークの国連本部で、障害者の権利条約の第3回締約国会議が「障害者の権利条約の実施を通じた障害者のインクルージョン」をテーマとして開催された。大多数の締約国代表と、多くのNGO代表が積極的に集う機会に筆者は幸いにも、出席の機会を得た。同条約の締約(批准)国は、会議の時点で90か国であり、署名数は146に上っている。締約国会議は条約の第40条に規定があり、「この条約の実施に関するいずれの事案をも審議するため、締約国会議を定期的に開催する」とされている。

第1回締約国会議は、2008年10月31日と11月3日に国連本部で開催されている。同会議では障害者の権利委員会の12人の専門家の選出が行われた。この委員会は、締約国から提出される報告書の検討を行うという国際的モニタリングの中心的な役割を担う存在である。人権の道具としての条約とミレニアム開発目標という世界の貧困撲滅への取り組みとの関連についてのパネルディスカッションが開催された。

第2回締約国会議は、2009年9月2日から4日までやはり国連本部で開催された。条約実施のための法的方策がテーマとして掲げられ、「アクセシビリティと合理的配慮」、「法の前の平等、法律へのアクセス、支援と意思決定」、「条約実施への国連システムからの支援」それぞれに関するパネルディスカッションが開催された。また、市民社会の参加を得て、非公式のセッションが「世界的経済危機、貧困、条約の実施」に関して開催された。

障害者の権利委員会の専門家選出

第3回締約国会議の主要な議題の一つは、障害者の権利委員会の専門家の選出だった。第1回締約国会議で選出された12人のうち6人は2009年1月から通常の4年間の任期であり、残りの6人は2年の任期である。

今回の締約国会議では締約国から指名のあった23人の候補者から、合計12人が選出された。まず、前述の第1回締約国会議で選出された専門家のうち、今年末で任期が切れる6人の後任の選出がなされた。オーストラリア、韓国、ケニア、チュニジア、ドイツ、メキシコの6人であり、4年間の任期を務める。

次に、批准国数が80を超えた段階で追加される新たな6人の専門家がアルジェリア、エクアドル、グアテマラ、セルビア、デンマーク、ハンガリーから選出された。この6人の半数3人は4年の任期であり、残りの3人は2年の任期である。したがって、次回の選挙のある2012年以降は2年ごとに9人ずつの選出が行われる。

第1回締約国会議で選出された専門家は4分の3が障害者であり、今回、選出された専門家も圧倒的多数は障害者であり、“Nothing about us without us”の精神はここでも活かされている。今回はこれまでのケニアに加え、ハンガリーからも精神障害者である専門家が選出されたことは心強い。また、条約交渉に大きく貢献したドイツのテレジア・デゲナーや、隣国の韓国の金亨植の選出は特にうれしく思った。

教育と地域生活のラウンドテーブル

第2日(9月2日)には、2つのラウンドテーブルと呼ばれるパネルディスカッションと1つの非公式フォーラムが開かれた。

午前に開催された、インクルージョンと教育の権利に関するラウンドテーブルでは、世界銀行の代表者から、教育を受けていない途上国の子どもの3分の1は障害児という推定が示され、教育を受けていない子どもの状態の把握がないことが課題であることも明らかにされた。また、8割を越す子どもが学校に通っている場合、通っていない子どもには知的障害がある子どもが多いという指摘もあった。世界ろう連盟のマルク・ヨキネン会長からは、手話がろう者のすべての権利の基盤であること、9割のろう児が教育を受けていないこと、バイリンガル教育が有効であるなどの発言があった。障害者の権利委員会の専門家であるアナ・パレーズ(スペイン)からは、インクルーシブ教育に向けた政治的、経済的な措置と国際協力でのインクルーシブ教育の実施の重要性の指摘があった。

次に開催された地域生活に関するラウンドテーブルは、欧州議会議員であるアダム・コサが議長を務めた。コサはハンガリーのろう者である。障害者の権利委員会の専門家であるヨルダンのモハメド・アル=タラワネは、地域での生活の権利と、生活の形態を選択する権利の重要性を指摘し、選択を可能とする環境の確保のための国家の役割を強調した。米国のデラウェア大学のスティーブン・アイデルマンからは、知的障害者の入所施設を閉鎖したニュージーランドや一部のカナダの取り組みの紹介があった。

今回の3日間の会議で拍手が最も大きかったと感じたのは、東欧のクロアチアのサナダ・ハリルセビッチの発言だった。少し長めに紹介させていただく。

現在は本人活動協会の会長であるハリルセビッチは、知的障害者として自らが子ども時代を過ごした施設生活を振り返った。養護学校高等部を卒業後、自宅に帰ったが仕事も見つからず、施設に戻った時、地域生活をしている若い知的障害者を見ると、自分はなぜできないのかと思ったという。仲間との付き合いを自由にしている地域生活者たちをうらやましいと感じたのだった。職員からは「あなたの暮らしはまるでホテルで、ちゃんと屋根がある暮らしなのよ。何の心配もいらない」と言われたという。知的障害者の生活支援を得て地域生活をするようになって今は3年半が過ぎた。最初は大変だったが、新しいことを学び、いつでも助けてと言えるようになった。最初は多くの支援が必要だったが、今は家事面で最小限の支援が必要なだけになった。助けがどれだけいるのか、自分が決める。今も施設にいる多くの仲間を考えると、条約の実施が課題だと感じている。特に第19条の実施が欠かせない。「私の人生は30歳から始まりました。施設を出たその日から始まりました」と締めくくった。

出席していた多くの締約国からは、教育と地域生活に関する自国の取り組みの報告と、パネリストへの質問があった。他には、チリからの視覚障害者の読書権との関連での世界知的所有権機構(WIPO)の動きに関する発言があった。

2つのラウンドテーブルの終了後、締約国会議としては終了し、国連公用語の通訳はなくなったが、「危険な状況及び人道上の緊急事態」(第11条)について非公式のフォーラムが開催された。

国連システムとしての取り組み

第3日(9月3日)は午前だけのセッションであり、国連システムとしてどのような取り組みが条約の実施に向けてなされているかの報告が国連の各機関からあった。国連事務局統計部の大崎恵子からは、障害に関する統計の不備により利用可能性、信頼性、比較可能性のどれも十分でないという現状とともに、途上国を含め、次第に多くの国で障害に関する統計が整備されている報告があった。人権高等弁務官事務所からは、条約の国内実施に関する仕組みの構造と役割に関する研究の報告があり、パリ原則に則って独立した監視機関の重要性が指摘された。また、次の研究は、国際協力に関するもので、来年の3月に公表予定とされた。国連人口基金からは、特に障害女性の妊娠や、産科フィスチュラ(瘻孔(ろうこう))のある女性の深刻な問題に関する報告があった。世界銀行からはWHOと協力して準備中の世界障害報告は本年遅く、もしくは来年はじめに発表予定であるとされた。

障害者の権利委員会の現委員長であるロバート・マッカラム(オーストラリア)からは、同委員会の動きについて、これまでに3回開催された同委員会では、委員会規則や報告ガイドラインの策定を終え、本年10月4日から8日までの第4回会期では、すでに最初の定期報告書の提出のあったチュニジアとの対話を行う予定であり、また、10月7日には、アクセシビリティの権利に関する一般的討議を公開で行うとの報告があった。

国際協力に関する市民社会フォーラム

この締約国会議に関連して、前日の8月31日午後に、国連本部で国連事務局経済社会部(DESA)と国際障害同盟(IDA)が主催する、国際協力に焦点を当てた市民社会フォーラムが開催され、障害とミレニアム開発目標(MDGs)との関連が強調された。

第32条の国際協力について基調講演を行った、国連の社会開発委員会の障害に関する特別報告者であるシュアイブ・チャルクラン(南アフリカ)からは、開発協力をはじめとする国際協力での障害の重要性について指摘があった。大変うれしかったのは、国際協力機構(JICA)がアフリカで自立生活センターの支援を始めようとしている例を特に挙げ、こうした障害者運動と政府の協力を「JICAモデル」という表現を使っていたことである。

国連事務局の経済社会部(DESA)で条約事務局のチーフを務める伊東亜紀子と共に共同議長を務めた国際障害同盟の会長であるダイアン・リッチラーからは、次回以降の締約国会議においても市民社会との連携を深めるための、このフォーラムの継続的開催の提案があった。

今後の日本の動き

条約交渉が終了してから国連本部を訪問する機会もなくなり、久しぶりに国際的な動きに現場で触れる機会だったが、締約国会議は、各国がその取り組みを国際的に共有する機会として機能していることが分かったのは一つの収穫だった。

会議では、締約国だけでなく署名国も発言の機会があったが、残念ながら日本政府の発言はなかった。昨年12月の「障がい者制度改革推進本部」、本年1月の同本部の下の「障がい者制度改革推進会議」それぞれの発足、本年6月の同会議の「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」策定、同意見に基づく「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」の閣議決定という、条約の批准(締結)そして肝心の実施に向けて真剣な取り組みを行っていることを政府の発言で国際社会にアピールする重要な機会だった。来年はぜひ、日本政府に参加、そして発言をしてほしい。

国内での制度改革、そして、特別報告者からも賞賛された日本の政府開発援助での障害の取り組みを伝える努力が日本政府からいっそう必要である。さらに、日本の批准は少なくとも2011年の障害者基本法改正、2012年の障害者総合福祉法制定を受けてからになると思われるが、批准のあかつきには、日本の障害者代表をぜひ、障害者の権利委員会に送り出したいと強く思った。(文中敬称略)

(ながせおさむ 東京大学大学院経済学研究科)


*第3回締約国会議については、以下の国連のウェブサイトを参照していただきたい。

http://www.un.org/disabilities/default.asp?id=1532