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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年10月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

「SOSボード」の取り組み
(こんな人がいたら…こんなふうに接してください)

田中洋子

安永健太さんの死を教訓に

2007年9月25日の出来事は、私にとって忘れることができません。朝のテレビニュースでそれを知った時、傍らに寝ているわが子と重なりました。同じ年齢、そして知的障がいをもつ安永健太さんは、息子と良く似ていたのです。テレビから聞こえてくるその内容と健太さんの様子を思い浮かべるだけで涙がとめどもなく流れて、とても辛い朝でした。

私の中で、気持ちのやり場のない状態が続く中、ニュースから2か月が過ぎた頃に親の会を立ち上げる動きがあり、私は参加しました。第1回目の定例会で、今まで一人受け止めていた出来事、佐賀県で警察官に取り押さえられて死亡した安永健太さんの話をしたのです。障がい者の親は皆憤りを感じ、その思いは同じでした。会が終わると、すぐ地元の警察署を訪ね、「この町の警察官は大丈夫ですか。障がい者に対して、適切な対応がとれますか」と切々と訴えました。しばらく話をする中で、警察の方も「普段から接する機会があるとよいのだが、あまり交流の機会がない。何か方法はありますか」と話してくださり「お母さん、心配しないで」とまで言ってくださいました。帰り道、「このままではいけない、何かしなければ」との思いから出来上がったのが「SOSボード」です。

SOSボード
図 SOSボード拡大図・テキスト

4つの対応方法が載ったSOSボード

SOSボードはたった4つの対応方法が載った黄色いA4判の紙ですが、これには、親の思いが盛り込まれています。一人で行動する障がい者にとって、自分の思いを相手に上手に伝えられずトラブルになる。誤解を受けても釈明できない。警察に一人連れて行かれ不安な時を過ごす。そんな時、どんなに助けを求めたいだろうかと思うのです。そして、早くその人が一番安心できる場所へ帰れるようにとの親の願いも込められています。

SOSボードには職員が24時間常駐している入所施設が2か所、連絡先として載っています。連絡がきたらすぐに対応できるようにと職員全員に周知されています。自分の仕事だけでも忙しいのに、とても有り難く思いました。SOSボードにはその他、協力施設も記載されています。

まずは警察署に持参

試行錯誤しながら出来上がったSOSボードは、言うまでもなく、最初に警察署に持参し、配布をお願いしました。「外部からのものは配布できない」としながらも、生活安全課は、題目は「知的・精神障害応対要領」として、大事な4項目はそのまま生かして、内部資料という形で作成して管内および交番に配布してくれたのです。また、SOSボードは市内の商店街の人にも見てもらおうと、町田市商店会連合会の事務所へ持参し協力を仰ぎました。会員のお店では、独自で会報の裏に刷ったSOSボードをお店に貼ってくれたところもありました。それぞれの会長さんの温かいご協力と応援には、配ってよかったと心癒されました。

SOSボードより一部抜粋
図 SOSボードより一部抜粋拡大図・テキスト

反響と地域との交流

お店の方々からは「早くこういうのがほしかった。先日も座り込んでいる子を見たのだが、どうも障害をもっている様子。でも何と声をかけてよいか困っていた」など、障がいのある本人だけでなく対応する人にとってのSOSボードになるかもしれないと感じました。警察に連絡するまでもないが、連絡先が載っているということが、地域の人にとっては好評でした。

商店会連合会では、イベントに使用するティッシュに広告を入れたり、風船の下の部分に紙の重りを付けたり等の仕事をこれをきっかけに作業所に回してくださいました。仕事の速さにびっくりされて「障害者がこんなに早く仕事をこなせるとは思わなかった。ごめんなさい。またお願いしますね」といううれしい言葉もいただきました。知らなければ仕方のないことで、「障がい者だって立派に仕事ができるんだ」と知ることになってよかったと思っています。

私たちサファイア・クラブのメンバーもお願いするだけでなく、協力をしてくださった所には少しでもお返しをしたいと、商店会会員の増員のため、施設関係者や親の会に宣伝をしたり働きかけました。このような交流があってからは信用をいただき、イベントの協力依頼や作業所への仕事の依頼など、以前にも増してたくさんいただくようになりました。

新聞掲載で大きな反響

人と人とのつながりは、持ちつ持たれつで、良い関係が成り立っていきます。高齢者施設の方からも、地域での見守りや助け合いということでは、「制度は違っても、抱える問題は同じです。一緒に考えていきましょう」と協力の手を差し伸べてくださいます。民生委員の障がい者部会の皆さんも勉強会に呼んでくださり、私たちの活動の報告を受けて自分たちにできることはないかと問いかけてくださいます。

こうした動きを新聞各社が取材して掲載してくれました。それからの反響は大きく、他市からの問い合わせは40件を超えました。そのたび私は、有り難く受け止め、1件1件にSOSボードと安永健太さんの事件の記事も同送させてもらっています。

警察学校や市で活用

これだけ多くの方々に巡り会えたのも、安永健太さんのお蔭と思っています。なかでも関東管区警察学校の教官から問い合わせをいただき「ちょうど今、障害者の対応について講義するところで、ぜひ参考にしたい」とのこと、喜んで送らせてもらいました。

町田市からも「本来、これは市がやらなければならないこと。せめて、公共施設には配布させてもらいましょう」と障がい福祉課を通して配ってもらいました。また、市が推進している「心と情報のバリアフリー部会」の委員として私も参加させていただき、そこでもSOSボードの活用法を一緒に考えてくれています。

町田市といっても広く、3年経ってもまだまだ目立つほどの普及はされていませんが、以前配布した場所も含め、一歩一歩、配布に回らねばと思っています。

着実な広がりとこれからの課題

昨年初めて、SOSボードを貼ってくださった理髪店からボードに記された施設に連絡がありました。「店の前の信号が青にはなっているが、何度も渡ってはその繰り返しをしている子がいるのだが、見ていて気になるし危険では…」ということでした。理髪店がたまたま施設の近くだったこともあり、すぐに職員が駆けつけて注意し、収まりました。地域の皆さんがこうして気にかけてくれる、見守ってくれる、それだけでも大変重要なことで有り難いのです。

現在、連絡先として記載されているのは2か所です。今、始めたばかりですが、各障がい者施設を回り、自分たちの施設の周りの商店等に配布する場合、連絡先として、施設の電話番号を入れてほしいというお願いをしています。当然、職員の仕事は増え、職員全員に徹底しなければならなく大変です。でも、南北に長い町田市では、各地域に数か所の施設が有り、地域の皆さんから支援していただくためには施設の協力は欠かせません。私たちも、バス会社、消防署と、まだまだ回る所は尽きることはありません。

警察、行政、福祉施設、商店、交通機関、学校、会社、医療機関等、どれも皆が関わり、必要とする所です。一般の方にも同じことが言えます。理想を言えば、これらが横のつながりを持ち、情報を共有してこそ、障がいのある人が安心して暮らせる町になるでしょう。

しかし、現実から目をそらしては何も生まれません。自分たちでできることから少しずつでも働きかけていれば、声をかけてくださる人がいる、分かってくれる人もいる。やらないよりはやった方が、知らないよりは知っていた方が、の思いで、このSOSボードを配り続けていこうと思います。そして、本当の意味での「心のバリアフリー」が皆さんの中に広がっていくことを願っています。安永健太さんの死を無駄にしないためにも歩き続けます。

(たなかようこ 町田サファイア・クラブ世話人代表)