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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年11月号

ILセンターで避難訓練

篠原由美

私の住む国立市では、高齢者・しょうがいしゃ(国立市ではひらがな表記)の災害に関するワーキンググループがあり、地域保健福祉計画策定に提言書を出している。私自身もここ2~3年は、市が行う地域の防災訓練に参加するようにしている。災害など「何か」あったときのためにいろいろな取り組みを仲間と一緒に行ってきたが、震災等の大きな災害時、地域で暮らす障害者はどうなるのだろうか? 一人ひとりが築いてきた生活はどうなるのか? 障害者は病院や施設に一時避難させられ、そのままになってしまうのではないか、等の不安は残ったままであった。

そして私自身、この漠然とした不安をどうすればよいのかわからなかったが、私の勤めているCILくにたち援助為センターでは、障害者スタッフ、健常者スタッフが各々仕事を分担し、協力して運営しているので、事務所で避難訓練をやれば何かのモデルになれるのではないかと考えた。

避難訓練は、市の防災課・福祉課、町内会に協力を得て行った。私のアパートが事務所と同じ町内だったため、私が町内会の人に自宅のアパートから助け出されるという設定で行った。

アパートの大家さんも参加

参加してくれた町内会の方のうち一人は大家さんだった。それまでは隣に住んでいるとはいえ「何か」があっても大家さんに助けを求めることはもってのほかだった。アパートを借りる際、それこそ「何か」あったらどうする?等の会話はあったように記憶している。だから大家さんに「何か」があって助けを求めようものなら、私は住む場所を失ってしまうかもしれないのである。その大家さんが訓練とはいえ、私を助けにくるのだ。

そのアパートには10年ぐらい住んではいたが、危ないからやはり引っ越してくれと言われたらどうしようと、内心びくびくしながらの避難訓練の決行であった。しかし、実際に手動車いすを組み立てて押して歩いてみたせいか、また私の事務所の仲間を見て安心したせいか、はたまた大家さん自身も2級ヘルパーの資格をとったこともあってか、訓練の最後には「何かあっても篠原さんのところには僕が行ってあげるからね」とまで言ってくれたのである。もう一人の町内会の方も、打ち合わせをしていくうちに私のアパートと1分もかからないところに住んでいることがわかり、避難訓練後は何かと声をかけてくれるようになり、何となく私も地域で一人前に暮らしているという気持ちになれたものである。

10年も住んでいればそれなりに人のつながりもできるのかもしれないが、私にとっては、10年かけてやっと…という感じであった。障害者は施設等で育てば近所付き合いの経験もあまりないということもあるが、周りに迷惑をかけまいとする意識が邪魔をして、障害者自身が人とのつながりを妨げていることも確かである。

“お互い様”を実践するために自分たちの存在を知らせる

よく何かあったら“お互い様”という言葉があるが、障害者との近所付き合いの中では、それはないのである。障害者の方もそう思わされていて、助けてもらうこと=お世話になる、迷惑をかけたという意識になってしまうのである。大家さんや近所の人に迷惑をかけたということになると、その障害者はせっかく見つけた住み家を失ってしまうかもしれない、という恐怖をいつも抱いているのである。

しかし、台風や大雨、ゲリラ豪雨、火災、地震のような災害はいくら気をつけていても起こるし、防げるものではなく、迷惑をかける、かけないという問題でもないのである。そこにいる人みんながどう助け合い、生き延びるか、その方法を日頃から考えておくことが必要なのである。

災害時は、障害者が便利に使いこなしている電動車いす等は役には立たない。電話やファックスも駄目だろう。動けず、起き上がることもできず、情報もなく、こんな状況の中で何を思うのだろうか。やはり、人を待つと思うのである。「だれか私を思い出して!私が居ないことに気づいて!そして早く助けに来て!」。そう思うと、できるだけ多くの近くに住む人たちに自分の存在を知らせておくこと、何かあったときに「あの人はどうした?どこに居る?」と、気になる存在になることも大切なのである。

今年度、当センターでは、ILP(自立生活プログラム)として「防災プログラム」を行った。ILPとは、障害当事者がリーダーを務め、障害者が地域で暮らす上でのノウハウを伝え、一緒に考えていく場である。

今回は災害時、障害者の私たちがどう生き延びるかを仲間と考えていきたいという思いから企画したものである。だれもが災害時の恐ろしい状況など考えたくもないと思っていること、恐怖で固まっているのは自分だけではないということ、これらを共有した上で、そこから生き延びることを考えることに取り組んだ。この取り組みは、障害者が自立生活に挑むときの状況と似ており、そして障害者が地域で暮らすとき、人とのつながりは重要なものの一つである。

災害は恐ろしいものだが、だからこそ人と人とがつながるというところに挑戦することは、地域で自立生活をする者の醍醐味ではないだろうか。

(しのはらゆみ CILくにたち援助為センター)