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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年11月号

フォーラム2010

精神疾患を三大疾患へ
こころの健康を守り推進する基本法の実現を求めて

増田一世

はじめに

2010年4月3日、都立松沢病院講堂で長妻昭厚生労働大臣(当時)も出席し、「こころの健康政策構想会議(以下、構想会議)」の発足式が行われた。長妻大臣は「広く国民的議論の中で提言をまとめていただきたい、提言をしっかり受け止め政策の中に反映させたい」と発言された。発足式から約2か月、こころの健康政策のあり方を厚生労働大臣に提言することを目的に、毎週土曜日に、当事者・家族、保健・医療・福祉の関係者が一堂に集まって検討を重ねた。構想会議は長妻大臣が、わが国の精神保健福祉施策の立ち遅れを取り戻すために、松沢病院の岡崎祐士院長に政策提言を求めたことに端を発している。

この集まりには、いくつかの特徴がある。一つは、当事者・家族の声を中心に提言をまとめること、一つはそれぞれの団体を背負って参加するのではなく、個人の立場で参加すること、さらにすべて手弁当で参加することであった。

1 止(や)むにやまれず動き出したこころの健康政策構想会議

わが国のこころの健康が危機的状態にあることは多くの読者が実感するところであろう。12年連続で自殺者が3万人を超えていること、国民の40人に1人が精神疾患で受診していることなど、こころの健康問題は身近な問題となっている。

WHO(世界保健機関)が疾患の政策的重要度の指標として用いている健康・生活被害指標(DALY)によると、日本でもOECD諸国でも精神疾患ががんおよび循環器疾患に並ぶ三大疾患の一つとなっている。DALYは、病気によって失われる命と障害により損なわれる健康生活を合わせて換算した指標である。

多くの国民に影響を及ぼしているにもかかわらず、わが国の精神科医療は低水準(医師数は他の診療科の3分の1でいいといういわゆる精神科特例)で、社会的入院(長年の隔離収容政策によって、さまざまな理由で退院できず、入院治療の必要はないにもかかわらず入院が長期化している)が大きな問題になっているのである。

自殺、ホームレス、いじめ、虐待、DV、ひきこもり、薬物汚染などが社会問題化しているが、いずれも背景に精神疾患の問題があるのではないかと言われている。さらに、職場や家庭で増え続けるうつも含めて精神疾患の問題に適切に対応できずに、問題を深刻化させているのである。

構想会議が生まれた背景にはこうした現状があり、関係者の何とかしなければという止むにやまれぬ思いが、構想会議を動かしてきたのである。

2 提言書の作成過程

提言書をまとめるにあたって3原則が掲げられた。原則1…当事者や家族をはじめ国民のニーズを主軸に据えた改革、原則2…高質と効率の双方を重視したサービスモデルへの転換、原則3…数値目標およびその期限と達成戦略を明確にした手法、である。

具体的な検討は、10のワーキングチーム註1に分かれて進められたが、24人で構成された当事者・家族委員会は、それぞれのニーズを明確に伝え、検討された内容について、当事者・家族としての意見を述べるという役割を果たした。提言起草委員会は、各ワーキングチームと当事者・家族委員会からの報告を受けつつ、提言書をまとめていった。

各ワーキングチームは、仕事が終わった夜間、あるいは休日を利用し、それぞれの課題について検討を重ね、報告書づくりを進めていった。短期間で集中した作業が行われていったのである。

筆者は、精神保健改革と家族支援のワーキングチームに参加し、提言起草委員会のメンバーでもあったため、4月、5月の休日・夜間はこの取り組みに没頭することとなった。それぞれの専門性を持つ人たちが、立場性を越えて議論し合うという経験を重ねることになった。ことに当事者・家族委員の人たちとのさまざまな対話は、筆者にとっての大きな財産になっている。

なお、当事者・家族委員の多くからは、なぜ福祉的な支援のあり方について議論をしないのかという声が上がった。当然の指摘であるが、福祉的な支援については、同時期に、内閣府に設置された障がい者制度改革推進会議の議論が進められていたため、福祉的な支援は推進会議に委ねていくという方針があったためである。

3 提言書の内容

40ページからなる提言書の大きな特徴は、漫画解説のページがあることであろう。自らも精神疾患の家族をもつ漫画家の中村ユキさんがボランティアで作成してくださったものだ。精神疾患を罹患した人や家族が、どのような困難を抱えているのか、どんな問題があるのかを分かりやすく表している。

提言は、精神医療改革・精神保健改革・家族支援の三つの柱で構成されている。アウトリーチ(届ける)医療や精神科医療の一般医療化と病床削減、市町村が主体となって進める地域こころの健康推進チーム(仮称)の創設、家族支援専門員制度の創設など、切実なニーズがあっても応えられていない現状を改革するための内容が盛り込まれている。そして、提言書を実現するために「こころの健康の保持及び増進のための精神疾患対策基本法案(仮称)」の制定を求めて、法案・要綱案の試案を提案している。

提言書やワーキングチームの報告書は、http://www.cocoroseisaku.org/からダウンロードできる。

4 提言の実現に向けてー構想実現会議のスタート

5月28日、構想会議は厚生労働大臣に提言書を提出し、その役割を終えた。そして、9月26日に構想会議を解散し、新たに、こころの健康政策構想実現会議がスタートした。

2011年度の通常国会で「こころの健康を守り推進する基本法」の制定を目指している。法律制定に向けて新たな動きが始まっている。実現会議の役割として、まず、この提言書の内容を多くの人たちと共有していかなくてはならない。提言をまとめてきたメンバーが、研修会に招かれて説明したり、全国各地で学習会を開くなどの動きが始まりつつある。そして、学習を進めながら、多くの国民の賛同を得るために100万人署名運動が始まった。2011年度通常国会の会期中に超党派ですべての国会議員に紹介議員をお願いして、請願署名を提出するために動き始めている。

精神疾患や精神障害に関係する団体から労働界・経済界にも協力を求め、各地域ごとでも署名推進に向けて動き始めている。

提言をまとめる過程と同様に、当事者・家族を中心にしながら、医療・保健・福祉の従事者が協力しながら、提言書の内容を多くの人に伝え、基本法制定の必要性を訴えていくことが、それぞれの地域のつながりを強めていくことにもなっていくはずである。

専従の事務局員をおけるような財政的基盤もないため、100万人署名推進の拠点は、やどかり情報館(精神障害者福祉工場)に置かれている。100万人署名推進の下支えを精神障害のある人たちが担っているのである。

おわりに

10月3日には「こころの健康国民フォーラム」を開催し、イギリスからPaul McCrone博士をお招きし、三大疾患である精神疾患がもたらす社会経済損失をテーマにお話しいただいた。McCrone博士は、フォーラムの席上、100万人署名の取り組みを知り、英国に戻り、ぜひ多くの人たちに署名のお願いをしたいと、力強い応援もいただいた。

構想会議が主催した「こころの健康国民フォーラム」の実際の準備や当日の運営は、東京都世田谷の家族会の人たちが中心となって進めた。会場には500人近くが集まり、こころの健康推進を日本の基本政策に据えていくことの必要性を確認し合った。欧米諸国からの50年とも60年とも言われている遅れを一挙に取り戻すための「革命」が求められているのである。

署名にご協力いただける場合は、やどかり情報館(電話048―680―1891)までご連絡ください。また、やどかりの里HPに、100万人署名推進コーナーがあり、署名用紙がダウンロードできます。

(ますだかずよ 社団法人やどかりの里常務理事)


註1)10のワーキングチームとは、1.精神保健改革、2.アウトリーチ精神医療、3.多職種チーム精神医療、4.入院医療、5.専門精神医療、6.介護者(家族)支援、7.人材育成・研修・認定、8.サービス評価、9.法律に関する整備、10.自殺対策