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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年12月号

ワールドナウ

障害者の権利条約の国際的モニタリング始動へ

長瀬修

障害者の権利条約の国際的モニタリングが始動している。2010年10月4日から同8日まで、障害者の権利委員会の第4会期がスイスの国連ジュネーブ事務所で開催された。参加したNGOの数は限られていたが、筆者は、インクルージョン・インターナショナル(国際育成会連盟)理事という立場で参加する機会を得た。

同委員会は、障害者の権利条約の第34条に基づいて設置され、同条約の国際モニタリング機関として位置づけられている。なお、障害者の権利条約は英語では、頭文字をとって“CRPD”と表記されることも多い。

今会期では、最初の審査の対象となる、チュニジアの報告書への質問事項(list of issues)作成が主に進められたほか、特定のテーマを取り上げる「一般的討議」ではアクセシビリティが取り上げられた。

障害者の権利委員会の現在の構成

20か国の条約締結を受けた2008年5月の条約発効を経て、同年9月に開催された第1回締約国会議において、障害者の権利委員会(以下、「委員会」)の委員が締約国による投票で選出された。委員は、当初は12人の専門家とされ、その後、締約国数が80に達した段階で、6人の専門家が追加されると規定されている。

委員は個人の資格で職務を遂行するものとされ、締約国によって指名される。指名に当たって締約国は、障害者との協議と、その積極的関与を求めた条約の第4条3項の考慮を求められている。締約国はさらに、選出に当たっては1.地域的バランス、2.異なる文明体系と主要な法体系、3.ジェンダーバランス、4.障害のある専門家の参加、を考慮するものとされている。

当初の2年間の専門家は、カタール、ヨルダン、チュニジア、バングラデシュ、チリ、ハンガリー、オーストラリア、ケニア、スペイン、エクアドル、スロベニア、中国から選出されている。

筆者が把握している範囲では、12人のうち約3分の2が障害者である。視覚障害者が最も多く、肢体不自由者と精神障害者もいる。女性は5人であり、男性は7人である。

2008年の選挙の際には、条約交渉に積極的に参加したタイのモンティエン・ブンタン(上院議員)が意外にも落選した。このことに示されるように、障害分野での「能力と経験」(条約第34条)に基づくのではなく、各国政府間のさまざまなポストに関する駆け引きの一環として、この委員会の委員も選出されている面がある。たとえば、ある関係者は、自国は国連安全保障理事会の非常任理事国に立候補するので、各国に「貸し」を作るために、数年前から、この委員会を含め、すべてのポストへの立候補を停止していると述べた。

サイドイベント

委員会は冒頭と閉会、それに一般的討議以外は公開されなかった。そのため、2日目の10月5日のランチタイムに開催されたサイドイベントは、貴重な機会となった。

このサイドイベントは、国際障害同盟(IDA)による「市民社会ブリーフィング」として位置づけられ、すべての委員が出席した。司会を務めたのは、世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(WNUSP)のティナ・ミンコウィッツとIDA事務局長のステファン・トロメルである。

当初、今会期ではチュニジアの報告書の審査が行われるという情報があったが、チュニジアの障害者組織からのカウンターレポートの提出や委員会への出席予定もなかったため、IDAが市民社会としての立場で、質問事項の提案を行ったのである。IDAからは、次回の第5会期以降、委員会が審査対象国のNGOからの意見を積極的に求めるようにという強い要請があった。

チュニジアからは委員会に専門家が選出されているが、こうした際に自国の報告に関しては沈黙を守るのが通例とされているにもかかわらず、自国の取り組みを擁護する観点からの発言があったのは、公式の委員会の場ではないにしても、異例に受け止められた。

委員会の決定

委員会は最終日の8日に、以下の19項目の決定を下した。

  1. 第3会期の報告書を採択する
  2. 公共交通と航空会社のアクセシビリティに関するワーキンググループを設置する
  3. チュニジアの国別報告者として、カタールのアナ・アリ・アル・スワイディを指名する
  4. 国連の平和メッセンジャーであるスティービー・ワンダーとコンタクトする
  5. 各会期の早い段階でのNGOによるコメントや発言の機会を確保する
  6. 各国の報告書は可能な限り、提出順に審査する
  7. 第5会期では、チュニジアの審査を2日間行うほか、スペインへの質問事項の作成を行い、第6会期では、スペインの審査を行う
  8. エクアドルのヘルマン・ザビエル・トーレス・コレアがスペインの国別報告者を務める
  9. 国別報告者の氏名は公表する
  10. 各締約国のイントロダクションは20分から30分間とする
  11. 会期間の委員への講演招待などについては、事務局が窓口となる
  12. 次回会期では、締約国会議を議題として取り上げる
  13. ロン・マッカラムとアナ・アリ・アル・スワイディを法的能力(第12条)のワーキンググループに加える
  14. チュニジアへの質問事項を採択する
  15. 2011年の国連総会へ報告を提出し、各会期の2週間への延長と、会期前作業部会予算を要請する
  16. 国連難民高等弁務官事務所が障害者に関する決定(Conclusion)を下したことを祝福する
  17. 新たに選出された委員を祝福し、退任する委員に謝意を表明する
  18. 12月3日の国際障害者デーに関する時宜を得た協議を要請する
  19. 社会開発委員会の障害に関する特別報告者を第5会期に招聘する

委員会の経緯と今後の動き

第1回委員会は、2009年2月に第1会期を開催した。そこでは、委員へオリエンテーションや、役員の互選が行われた。第2会期は、同年10月に開催され、報告書作成のためのガイドラインや第12条の法的能力に関する公開の一般的討議が行われた。第3会期は、2010年2月に開催され、報告ガイドラインの作成が進められた。次回第5回の委員会は、2011年4月11日から15日まで開催される。その後、第6回は、9月7日から9日までの締約国会議の後、9月19日から23日まで開催予定である。

すでに報告書を提出したのは、チュニジアとスペインに加えて、アルゼンチン、オーストリア、中国、コスタリカ、ハンガリー、パラグアイ、ペルーである(2010年11月4日現在)。

最後に―推進会議の意義

「遅い批准ほど良い批准」と、ある国際的な障害NGOのリーダーが漏らした一言が印象的だった。それは、実質的な変化が批准前も批准後もなかなか起きていない多くの国の現状の分析に基づくものだろう。

その意味で、日本の障がい者制度改革推進会議という条約の批准に向けての真剣な取り組みは、国際的に見て注目に値する水準にある。日本よりも条約の実現に近い国はある。しかし、条約をもとに、2011年の障害者基本法改正、2012年の障害者総合福祉法制定、そして2013年の障害者差別禁止法制定という大改革を進めようとしている例は他国に見られない。これは、9月の国連本部での締約国会議、そして今回の委員会という、国際的な条約実施の取り組みを把握するには格好の機会に実際に出席して強く感じていることである。

(文中敬称略)

(ながせおさむ 国際育成会連盟理事、東京大学大学院経済学研究科特任准教授、内閣府障がい者制度改革推進会議構成員)