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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年2月号

日本、欧米大衆文学におけるハンセン病と優生学

田中キャサリン

優生学は1820~30年代を中心に、アメリカや日本だけでなく、世界的に流行した思想でした。日米両国の優生学には類似点もありますが、重要な相違点もあります。

最初に優生学を提唱したのはイギリスの人類学者フランシス・ゴルトンでした。ゴルトンの研究以後、優生学派は積極的優生学と消極的優生学の2つの方向性を提案してきました。前者は優生学的に望ましい人々の結婚と出産を促進し、後者は望ましくない人々の出生を防止することでした。アメリカでも日本でも、ハンセン病に対しては消極的優生学が採られました。

優生学的政策は、アメリカでも日本でも病気の統制として使用されていました。特に梅毒などの性病は優生学的政策の指標を作るきっかけになりました。その他、糖尿病、結核、一部の精神病をコントロールするために優生学的政策を利用してきました。ハンセン病もこれらの政策の一環として取り込まれていくことになります。

日本のハンセン病に対する優生学的政策は、諸外国と比べて意外に厳しいものであったと思います。特に、強制的な断種手術は消極的優生学を踏み越えた感すらあります。

アメリカのハンセン病療養所での断種手術は強制的なものではありませんでした。ベッティ・マーチンやスタンリー・スタインの自伝によると、断種手術は患者自身の判断に基づいていました。カービル(ルイジアナ州)の療養所でも結婚は原則として禁止でしたが、実際は療養所の中にある教会で許されていなかっただけで、入所者の中には外出して結婚し、再び戻って来る人々も多かったようです。ベッティ・マーチンも自伝の中で、ハリー・マーチンと療養所を抜け出し結婚したと書いています。その後、カービルに戻った際には罰を受けましたが、最終的に二人は結婚生活を許されました。

アメリカの療養所の中では、結婚は許されないという規則はあったものの、実際には黙認されていたことになります。また、日本のように子どもを産んではならないという制度はありませんでした。しかし子どもが生まれた際には、療養所外の家族や知り合いに預けたり、あるいは養育費を負担する責任もありました。アメリカの場合、子どもを産む産まないは個人の判断で決めることができました。一方、日本ではその判断の自由すら政策によって全く与えられていなかったのです。

日本のハンセン病に対する優生政策と言えば、断種手術と強制中絶を思い浮かべる方が多いと思います。それらに関する記事や書籍も出ており、比較的認知されているためです。しかしアメリカの場合は、ハンセン病と優生学の記事や書籍は見当たりません。

ハンセン病に対する優生政策の違いは、それぞれの国の人種観や民族観に関係があるのではないかと考えています。欧米では、この病気は移民や植民地の民族と結びつけられることがしばしばありました。それが正しいかどうかは別にして、アメリカでは、ハンセン病は「他者」の病気だったのです。ですからこの病気を管理するには、人種的な問題として理解すれば良かったのです。

日本では、ハンセン病の恐れが高まりながらも、日本人は同一人種という認識があったので、日本にとっての「他者」とは日本人自身であったのです。そのため、健康な人とそうではない人の区別が容易ではなかったのです。アメリカでは隔離政策だけで十分でしたが、日本では隔離だけでは足りなかったのではないかと思っています。

アメリカでも日本でも、対ハンセン病政策はいわゆる帝国主義医療に基づいていました。この議論は、さまざまな研究者たちが調査しています。たとえば、ロッド・エドモンド氏の論文「Leprosy and Empire」(癩と帝国)は、植民地の民族とハンセン病の関係を述べ、その恐怖が文学の中でどのように描かれていたのかを分析しています。

ハンセン病をテーマにした文学は、20世紀前半にアメリカでも日本でも流行していました。これらの小説(特に探偵小説)や紀行文を読むと、その時代の優生学の考えやハンセン病に対する社会の考えがよく分かります。

英文学の中で、一番有名なのが「シャーロック・ホームズ」シリーズの中の“The Adventure of the Blanched Solider”(蒼白の兵士)ではないでしょうか。ボーア戦争から帰ってきた兵士ジェームズ・ドッドの友人、ゴドフリー・エムスワースは家族の荘園で隔離されていました。ドッドは友人が隔離された理由を知るためにホームズに相談に来ました。もちろんホームズは「ハンセン病だ」と思い、熱帯医学者と一緒に荘園に行きました。エムスワースの話を聞き、彼がボーア戦争でけがをして、一晩をアフリカの「癩病院」で過ごした事実を知りました。ホームズの推理によりハンセン病ではなく、魚鱗癬だと最後に分かるのです。

この短編小説から、欧米においてハンセン病がどのような病気と把握されていたのかが良く分かります。すなわち、ハンセン病とは植民地でかかる病気、つまり「未開の地」における「他者」の病気だったのです。日本のハンセン病体験者自身の手による膨大な小説、エッセイ、証言等の中にも戦争に行ってハンセン病にかかって帰ってくる兵士の話は少なくありません。このように、ハンセン病は戦うためのシンボルに祭り上げられているのです。

「蒼白の兵士」の小説の中でも、ハンセン病に対する政策がはっきり描かれています。病気になったエムスワースには、2つの選択肢しかありませんでした。家で隔離されるか、ハンセン病病院に隔離されるかのどちらかでした。しかし荘園で隔離をすると決めた以上、家族は絶対に秘密を守らなければなりませんでした。ですからドッドに隔離をしているということを知らせなかったのでした。この作品から当時、隔離はハンセン病に対する十分な対策だと思われていたことが分かります。

優生学の一番の標的は性病だったと前に述べました。ハンセン病も優生学の標的となって以来、性的な病気だと考えられるようになってきました。

英文学の中で、一番いい例はチャールズ・ワーレン・ストーダッドの短編「Joe of Lahaina」(ラハイナのジョー)だと思います。男性の作家である「私」がジョーというハワイの美少年と恋に落ちます。キリスト教では同性愛は罪だという考えから、「私」は悩みながらもジョーの面倒を見ます。ある時ジョーは「私」のお金を盗んで逃げてしまいます。「私」はジョーを忘れるための旅に出て、最終的にモロカイ(ハワイ)にたどり着きます。そのモロカイにあるハンセン病療養所の中で最も病が進行した患者が以前、恋人だったジョーであると知ります。この作品の中では、「異常」な性的欲望の罰としてのハンセン病というイメージがはっきりと描かれています。

ストーダッドの小説では、同性愛とハンセン病はつながって考えられがちですが、日本の場合は男女の不義の小説に現れる場合の方が多いのです。「新青年」や「ぷろふぃる」という雑誌の中で、男女の不義の結果として病気になる小説は少なくありません。この場合にも、ハンセン病は不義の罰だと描かれています。この小説の中にも、ハンセン病を管理するために、性的な行動も管理しなければいけないという価値観が強く描かれています。

このように、欧米や日本の大衆文学の中に、それぞれのハンセン病のイメージと優生政策における類似点・相違点が見て取れます。ハンセン病がなぜ優性政策の主たる対象とされてきたのか、文学という見地から考えることも意味のあることではないでしょうか。

(シカゴ大学)


【参考文献】

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