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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年4月号

神奈川県地域生活定着支援センターの現状と課題
~職能団体としての特徴を生かして

山下康

はじめに

神奈川県地域生活定着支援センター(以下、神奈川定着センターという)は平成22年12月1日に事業を開始した。神奈川県より私たち神奈川県社会福祉士会(以下、県士会という)が委託を受け運営している。

この間、各種の研究や実践から矯正施設(刑務所・少年院等)の中には福祉的な支援を必要とする「罪を犯した障害者・高齢者」が大勢存在することが明らかになってきた。矯正施設退所後に福祉的な支援がないことが累犯障害者等を生む原因になっており、刑務所が安住の地になっている現在、刑務所が福祉のセーフティーネットになっている現状が事実として明らかになってきた経過がある。「こんな生活をするなら刑務所の方が良かった」「安心できる刑務所に帰してくれ」こういった声は、私たちも複数の方から直接聞かされた。この原稿を書いている今も、まさにこの言葉を浴びせられたばかりである。

この方は刑務所を出たのち横浜の簡易宿泊所で生活しているが、身体障害と知的障害があるが故に一人で暮らすことや風呂に入ること、食事を確保することが大変であり、「刑務所であれば職員が手伝ってくれる」(実際は受刑者が手伝うが職員と思いこんでいる)「ご飯は3回食べられる」などと厳しい・苦しい気持ちをぶつけてくる。この本音に対して、私たちが何を用意できるのか、どういう支援ができるのか、表面的な「福祉のネットワーク」という言葉だけではなく、本当に安心して住める地域づくりが求められている。

県士会の取り組み

刑務所や少年院に多くの障害者がいることに気づかなかった、または気づいてはいたが何もできていなかった現実があり、社会福祉士として見落としてきた課題にきちんと向きあう必要があった。また、これまで司法と福祉はほとんど接点がなく、新たな仕組みづくりが必要とされてもいた。

司法と福祉をつなぐ仕組みづくりに国家資格を持つ専門職集団としての特徴とネットワークが生かせるのではないか。私たちは、県士会としての積極的な取り組みを実現しようと、平成21年3月の(社)神奈川県社会福祉士会総会において、「罪を犯した障害者・高齢者」の社会内処遇を支援する地域生活定着支援事業に積極的に取り組むことを、22年度の重点事項に盛り込んだ。そしてまず手始めに、保護観察所観察官から司法の仕組みを教わった。

しかし、本当に司法と福祉との間には距離が余りにもあった。事前の打ち合わせでも言葉がかみ合わない。「施設」という言葉をお互いに使っていてもイメージがそれぞれ違う。司法サイドは刑務所等の「矯正施設」を思い、福祉サイドは障害者や高齢者の「入所施設」や「通所施設」などを思う。司法サイドの「更生保護施設」と福祉サイドの「更生施設」の違い、それぞれが普通に使っている専門用語の理解や仕組み、刑務所のA・Bの違いや少年刑務所と少年院の違いなど…。「犯人逮捕で終わる刑事もの」のテレビドラマで見られないその後の展開を具体的な手続きを含め聞かせてもらいながら、より身近に司法の知識を得ていく作業を開始した。

その後は、実際に刑務所の見学や刑務官等との意見交換、弁護士から「障害者や高齢者の犯罪」の背景を学び、医療少年院のスタッフからの話、他県の定着支援センターの実際など連続した学習会を開催し、県内の支部ごとの学習会なども行ってきた。特筆すべきは、刑務所に配属されている社会福祉士や刑務官と出前方式で地域に出向き、講演会を行うという方法がとれたことである。

神奈川定着センターの事業について

神奈川定着センターは、県内の矯正施設から退所する特別調整対象者(障害・高齢・釈放後の住居が無い・福祉サービスを受けることが必要と認められたもの等)と支援の必要な一般調整者を対象とし、保護観察所から依頼を受け県内の帰住調整を行い、他都道府県に帰りたい場合は当該都道府県の定着支援センターと協働し支援を行っている。また、県外矯正施設から神奈川へ帰りたい人の受け入れを他都道府県センターと協働で行う(センター業務については、文末パンフレット参照)。

神奈川定着センターは昨年12月から事業開始しているが、現在まで12件の調整の依頼を受けている。その内容を紹介する。

(1)年齢

平均年齢は47歳・最年少19歳・最高齢74歳(全員男性)

(2)障害等

○知的障害者…7人(高齢知的含む)
○身体障害者…3人(高齢含む)
○精神障害者…1人
○高齢者…1人

障害が重複している場合や、知的障害が疑われる場合もあるが、このうち手帳保持者は3人(療育手帳2人、身体障害者手帳1人)であった。

(3)学歴

○小学校卒…1人
○中学校卒…5人
○高校卒…2人
○高校中退…1人
○養護学校卒…2人
○大学中退…1人

(4)入所度数(回数)

平均は5回・最少は初犯・最多は14回

(5)年金受給

1人だけ(障害基礎年金2級)

(6)犯罪名

窃盗(コンビニでの万引き・賽銭(さいせん)泥棒・バイクを盗む・電車の網棚から取る)、わいせつ行為、傷害(喧嘩(けんか))、殺人未遂(家族)等

*件数は少ないがこの数字から、1.学歴の高低、2.手帳の有無、3.犯罪の繰り返し、4.福祉制度や社会保障制度に乗らないまま高齢化してきていることなどが読み取れ、今後の対応策に反映できる内容となっている。

具体的な事例

(1)事例1

Kさん51歳男性、今回で6回目の服役である。今回の直接的な罪名は窃盗(神社の賽銭泥棒)。他県の刑務所に服役中だが、神奈川県出身でもあり神奈川への帰住を希望。他県の定着支援センターより、調整依頼が入ったものである。知的な障害はあるが療育手帳は持っていない。担当スタッフは遠路、事前に本人に2回会いに行っている。本人の希望を聞きながら支援計画を立てた。行政に生活保護の相談に行き、住居を決めて療育手帳の申請や昼間の居場所探しなどの内容である。

行政担当とは、事前に本人の情報を伝え相談に乗ってもらっていた。23年○月○日が満期出所である。その翌日、他県センター職員に付き添われ来県。当センター職員が衣類などの購入に付き合い、当日はビジネスホテルに宿泊。

翌日、行政に相談に行くため朝9時に待ち合わせした。しかし、約束の場所に行くも本人が現れず。荷物はホテルにすべて残したままであった。5日後、本人から連絡あり。食べる金もなく困っている、昨日の夜は野宿したという。

本人と会い、事情を聴くと、知り合いから呼び出され飲み屋で朝まで飲んで、それからはシャブ(覚せい剤)のやり取りに巻き込まれ、逃げていたという。事実は不明。今後の支援について話し合うも、本人は組関係者の所に行くと譲らず、支援は打ち切ることとなった。

(2)事例2

Yさん51歳男性。今回で10回目の服役。コンビニでの万引きである。精神科の通院歴があり東京出身である。東京都は定着支援センターが未設置であり、担当スタッフが事前に現地へ赴き情報収集を行い、本人の希望を聞きながら出所後の生活を組み立てていった。3月○日満期出所。本人を迎えに行き、行政へ同行。行政には事前に相談し無料低額宿泊所を利用し、生活保護の申請手続きを行うことで了解を得ていた。その後、短期間に4回、本人面接と同行。住民票の設定や通院同行もした。現在まで安定した生活を送っている。担当への信頼は厚く、よく連絡をくれている。

(3)事例のまとめ

・神奈川定着センターの目指すこと

神奈川定着センターが目指しているのは、もちろん地域での安定した生活が送れるようなネットワークを組んだ支援ではあるが、基本は「人」と「人」の信頼関係作りと考えている。そのためには、依頼があった早い時期から矯正施設へ必ず出向き(できれば複数回以上が望ましい)、本人と直接会う中で「寄り添う人」という信頼関係を作っていくことが大事だと考える。

多くの受刑者が累犯者であり、ほとんどが障害者手帳を持たず、経済的な生活不安を抱え、支援者もいないという中で、同じ犯罪に手を染めざるを得ない現実がある。福祉サイドの関わりを前面に押し出した支援が求められている。また、再犯防止の取り組みにおいては、個々の障害特性をしっかり押さえる必要があり、十分なカンファレンスと生活歴の確認、親族調査等が大切である。

・県士会のネットワーク

県士会の特色として、会員の職場や地域が多岐にわたり、関わる分野も高齢、障害、子ども家庭、就労支援、保健医療、教育機関、行政等と幅が広いことがあげられる。また、政令指定都市を含め県内各地域に支部組織があり、地元自治体や福祉関係者との日常的なネットワークと協力関係が存在する。社会福祉士は対人援助の専門職でもあり、地域への帰住定着を目的とする定着センター利用者への援助活動に十分役立つことができる。

・成年後見人制度の利用

神奈川定着センタースタッフは全員、県士会の中の成年後見・権利擁護事業「ぱあとなあ」の後見人養成研修を受けており、後見活動も行っている。この活動を生かし、矯正施設を退所した障害者などの後見活動も展望している。もちろんすぐには難しい面はあるが、地域での生活が落ち着き、経済的な保証を確立したのちの支援として有効と考えている。また当然、対象者全員に対する後見活動は困難であり、「ぱあとなあ」組織全体での対応が必要になってくると思う。

まとめに代えて

地域生活定着支援センターは、平成21年度厚生労働省のセーフティネット支援対策等事業の一環として予算化されたが、委託金額は都道府県一律に1,700万円であり、北海道を除き各都府県1か所の設置になっている。23年1月現在、全国で39か所の設置であるが、全国での早急な設置が求められる。

その上で、ソーシャルインクルージョンを目指した取り組みということになるが、定着支援センターだけでは、対象者が必要とする支援すべてを行うことは不可能であり、現実には、地域の障害や高齢の福祉専門職や施設関係者、自治会、行政など多岐にわたる関係者の協力が不可欠である。

定着支援センターの支援対象者は、矯正施設退所者という一定の属性を持っているが、地域に帰住すれば一人の障害者、一人の高齢者である。地域の人たちの支援に支えられながら、その地域が真に安住の地と感じられるような支援のネットワークを形づくっていければと願っている。

(やましたやすし 神奈川県社会福祉士会理事、神奈川県地域生活定着支援センター相談員)

神奈川定着センターのパンフレット(表裏一面)
図 神奈川定着センターのパンフレット(表裏一面)拡大図・テキスト